プロローグ2
今回で追放までいくつもりですができませんでした。すまない追放モノファンよ。
あれから順調に『日ノ燃エル国』を取り戻していった。破竹の勢いで進んでいく行軍は、国家中部ヒメナリでの戦いから9か月でさらに北上して、国土の8割を取り戻していた。あとはこの大陸最後の地、『アオキモリ』を取り戻し、そこから海峡を渡った『エゾ』を取り戻せばひとまずの目標は達成だ。
落ち延びた武士、隠れ忍んでいた忍者と合流できたのも大きい。再び自国の軍隊を再編する光明が見えたシオリは涙すら浮かべていた。縦長な作りをしている国土なので、要所を解放すると補給路の確立が速やかに行えたのも大きい。イルシリウスが戦闘で街道を破壊したり山を崩したりしたことも少しはあったが、まあ順調だった。西の国々から派遣された正規軍、僅かでも立ち直ったシオリ率いる武士・忍者軍、そして勇者パーティ。三本の矢は折れることがない。西洋人は魔族に最初に支配された最大の国、『旧連邦』への道を開くため進み、東洋人は自国を取り戻すため戦う、その足並みは同じだった。
だからこそだろう。なんにだって団結すれば勝てる、そんな人間賛歌を止めるべく『七魔殿』は凶手を指した。山が多いこの国は、魔翁の主戦場だった。
「そろそろ七魔殿から誰か来ると思っていたぞ。七魔殿序列五位、『魔翁レフェルギムド』。大したものだ。初手から最大のピンチだぞ。」
背中に10人の忍者を従えながら、イルシリウスは魔翁レフェルギムドと睨みあう。背は丸まり、顔は皺だらけ、髪は白髪混じり、だが細目から読み取れる老獪さが違う。魔族の白い肌に刻まれた皺は深く見え、それそのものが文様の様だ。その眼光が放つのは知性というより、卑しさであり、尽きることなき渇望だった。
「ヒトの若者は儂のようなジジイも褒めてくださるようじゃ。じゃが、儂の『座標入れ替え』の我法を高速逆風魔法で踏みとどまっておきながらよく言うのう。しかも部下を10人も同様の方法で傍に置くとは。」
言葉で褒めながら舌なめずりをするレフェルギムド。乱れることなく行軍していたヒトの隊列は、座標入れ替えによりばらばらに吹き飛ばされた。勇者パーティも例外ではない。我法の行使を察知したイルシリウスだけが風属性の魔法を全力で座標移動の逆方向に吹かせることで踏みとどまった。偶然近くにいてイルシリウスの抵抗に巻き込まれた忍者たちは、状況の把握に努めている。
「その我法と同時に、結界術を起動したな貴様。逆風魔法を最後に魔力そのものが形を成さなくなっている。ヒト限定の魔法禁止といったところか。ぎりぎりで忍者どもを残せていなければ打つ手がなかった。」
「儂の結界術は卓越しているじゃろう。魔力が属性をまとった瞬間に反属性をぶつける結界。火の魔法を行使した瞬間水の魔力をぶつけ、風の魔法に土の魔力をぶつける。それが絶えず行われているのじゃ。」
「察するにこの山の木々1本1本が結界術のパーツだな。これを準備するために今までこちらに打って出てこなかったのか。これは勘だが、我法まで潰しているのだろう?」
「何もかもお見通しのようだのう。」
「なるほど、勉強になった。参考にさせてもらうぞ魔族のジジイ。」
七魔殿は基本的に、我法と魔法の両方を持つか、我法を2つ持っている。イルシリウスは魔法の理屈しかわからないので我法をどう禁止しているのか見当もつかなかったが、レフェルギムドの勝利を確信した薄目は抜け目がないことを語っていた。
「では狩らせて頂くぞい、ヒト最強の魔法使いよ。魔法を封じられていればどうしようもあるまい。」
「抜かせ、私をこの程度で殺せるとでも?」
イルシリウスは首を傾け、10人の忍者に声をかける。
「4組で味方を探しに行け、そして最高速で離脱しろと言え。私が本気を出す。確実に他の魔族もこの山に忍び込んでいる。各個撃破されたら終わりだ。」
「「「「「御意、散」」」」」
3、3、3、1、の内訳で忍者たちは散会した。レフェルギムドにはその選択が自殺にしか思えなかった。イルシリウスはこの場における唯一の勝ち筋である数的有利を手放したのだ。
「自己犠牲、儂の足止めのつもりかの?」
「善人に見られて光栄だよ。もっとも、私は他人のために何かするのは苦手でね。」
自らの長所を潰されながら、魔女は不適に微笑んだ。
「勝たせてもらう、胸を借りるぞクソジジイ」
──魔翁とイルシリウスの戦場から600m付近、砂利と岩の川辺──
「ストラくんはやらせん!」
「劣等種風情が健気なことだなあ!!」
騎士が子供を背に戦っている。我法の使用を禁止されたストラは座標入れ替えで飛ばされたあと正規軍騎士と合流するも、完全な足手まといとなっていた。スニーキングをするのが彼の強みであるのに、いきなり敵の近くに飛ばされ、我法を禁止されては何もできない。幼い自信は粉々に砕け散っていた。死の恐怖を今ほど感じたことはないだろう。今もストラを騎士が守っているものの、種としての膂力に差がある。猫が虎に勝てる道理はない。魔族の剣と騎士の剣がつばぜりあうもすぐに押し込まれていく。その有様に、騎士の雄姿よりも絶望が勝つ。
「逃げろ、ストラくん!」
「いやだッ!」
我法を使えないからまっすぐ大人を頼ろうという判断は正しい。そしてその大人が逃げろと言うのも正しい。だが子供はいつも正論を無視し、衝動を優先するものだ。
「ぼくは勇者パーティだ!」
人生で何度目の抜刀だろうか。かつての成功体験を繰り返すかのように居合を放つも、魔族はあっさりと後ろに跳ねて躱す。そして同時に剣を騎士に向かって投げつけた。
「うううぅっ」
「ガッ……!」
ストラは刀を振った重さで大きく体を崩す。正規兵は投げられた剣を丸びた騎士兜の側面ですべらせるようにして受け身を取るもその重さをそらし切れず、弾かれて岩場に激突し脳震盪を起こす。
騎士にできる選択肢では正しいほうだったしかなりの達人技だったが、達人程度では魔族に勝てない。その騒ぎを察知した他の魔族が四方から群がってくる。
「う、おおおおおお!」
「すっとろい上に軽いぞチビ。」
半狂乱で振るった一太刀を手甲で払って弾く。くひひ、と魔族は笑ってさらに告げる。
【我が吐息を火種として……】
「くうッ、わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
我法を封じられた以上、魔族の詠唱を止める手段はない。絶望から逃れたい一心で刀を叩きつけるも、腕の一払いで捌かれる。そんなストラの無様を楽しみながら、勿体ぶって溜めをつくりながら魔族は紡ぐ。
【炎よ……】
「僕は勇者パーティ、なんだァァッ……!」
なのに弱い、と叫ぼうとした刹那、その先は言わせないと闘志と殺意が飛来する。
「そうだ、俺がお前を連れてきた。」
【猛るnガバァ!」
我法を使えないと悟った勇者アーティスは4本の義手を取り外し5つあった武器から槍と刀を選んで、軽くなった体で木々を蹴り飛んで味方を回収してきた。そして空中の不安定な姿勢のまま槍を投擲する。我法を使ってはいなかったが、その槍は魔族の胸に後ろから的中した。もとより、魔王を4度退かせた内の1回目、彼は我法に目覚めてはいなかったのだから。
「油断してはならぬのは魔族もヒトも同じことと知れ」
そしてもうひとつ、静かな殺意が木々の裏から裏へ伝っていく。そのたびに魔族の首が断たれる。一人で散会した忍者の頭領、フウゲツは、体捌きだけで魔族を翻弄しながら目の前で敵を殺し、死体の陰、土地の暗がりを利用し隠密する。彼の一族に伝わる装束は完全な黒。すべての闇を凝縮したような黒そのものだ。宇宙の闇に似ているとすら言える。極まった忍者は、近接戦闘を行いながら視線のわずかな隙間を抜けて姿を暗ます。切り伏せられた魔族は影そのものが攻撃してきたと感じただろう。平野ではこうはいかないが、山で地の利があるのはこの国の現地民だ。断じて結界だけが勝敗を分かつ地理的要素にはなりえない。忍者の若き頭領はそれを証明する。
二人の強者の救援に、ストラは安堵した。しかも二人の後ろには十数人の仲間がすでに追従していた。アーティスがいれば安心だと近寄るも、修羅の勇者の顔は険しい。
「全力で離脱するぞ、イルシリウスが本気を出す。」
「そんな……!できるだけ味方を回収しないと!」
「我が部下の忍びが山を巡っていますが、伝令が間に合うか、どれだけ味方が健在かわかりません。」
絶望が過ぎれば絶望がまたひとつ。とかく苦難は連続するもの。ばらばらに飛ばされた仲間たちを結集させなければ、イルシリウスの放つ余波で死にかねない。だが緊急時の暗号はこの場では意味がない。とにもかくにも仲間を確保しイルシリウスの魔術行使から逃げなければならない。
その瞬間、遠方から何かが崩れたような大きな音が響き渡る。ドドド、っと聞こえるが、発生地点では災害が起きていることだろう。その方向を見上げると、シオリが宙に浮いていた。いや、そう見えた。実際には顕現させた不可視の城壁の上に立っているのだろう
「みなさーん、て言ってるように見えるね。」
「結界術を抜けた位置まで逃げて、城壁を出しまくって地盤を崩し、合図にしたのか。おい、あそこに集まるぞ。みんなあそこに行くだろうが魔族もそこを狙ってくるはずだ。向かいながら倒す。フウゲツの若旦那、行くぜ。」
「御意。」
この戦いが終われば、フウゲツは勇者パーティに入るかもしれないなとストラは思った。戦闘センス、隠密能力、工作活動まで行えるのだから。四天王には及ばぬ身だ、と自虐していたが、音を消すストラの我法を必要としないレベルのエリートだった。正式に勇者パーティに入らずとも、パーティに加入していた、と名義を貸すことでこの国の兵の立場を高める、くらいのことはアーティスならするだろう。そのアーティスは口を開く。
「ストラ、味方を庇って死にかけるなんて馬鹿な真似はよせ。」
「え……?」
「これからシオリを目印にフウゲツとともに戦う。外して放置した義手と武器も回収する。だが絶対についてくるなよ。命令だ。」
「うん……。」
味方を庇って責められるとは思わなかったストラは呆気にとられる。憧れの人の冷酷な側面を見た衝撃、裏切られたかのようなわずかな失望が幼い胸を刺した。去っていくアーティスの背中を、見送り……
「いけない、アーティスの命令を聞かなきゃ。アーティスみたいになれない。」
そしてケロっと、戦士の顔に切りかえた。脳震盪を起こした騎士を仲間と抱えて、歩き出した。
そんなストラと対照的にアーティスの顔の険しさは増すばかりだ。もちろん走るという行為による疲労ではない。義手がない分で体が軽いくらいだった。それは戦士の緊張というより、思い悩む一人のヒトの顔だった。
「若旦那、ストラが味方守ってるのどう思った?」
「素晴らしき勇気。感服した次第。」
「……そう、か。」
「きっとアーティス殿を見習ったのでしょうな。」
「いや、俺は……ッ、違う。責任は俺にあるのか。」
フウゲツの瞳は何一つ曇りがない。修羅の勇者アーティスを信じて疑わない。それはそうだろう、ヒトの歴史を背負う我法、勝利を求め続ける意志、最短ルートで世界を救おうとしているかのような姿に、誰もが魅せられる。アーティスはみんなの希望だ。だから、自分で自分を疑わなければならない。俺に憧れたから、さっきストラは逃げない選択肢を取ったのか?肝心の俺は……希少な我法を失わないために、仲間を見捨ててきたのに?もしストラと出会えず音を操る我法が手中になければ、捨て駒をもっと使っただろうに。
ここにアーティスを疑う者はいない、味方はみんな、彼を信じていた。絶滅戦争だから子供を利用してもいい、皮肉にもそんな考えに最初に至ったのは他ならぬアーティスだ。今さら後悔しても、もう遅い。
──魔翁レフェルギムドとイルシリウスの戦場──
「やれやれ規格外ですな。おとなしく倒れてくだされ、若者よ。」
「年を取ると笑えん冗談ばかり増えるようだなジジイ!!!《その身を薪とし火にくべろ!》《水脈の鼓動を聞け!》《天雲の摂理に逆らい、我が指先より地を奔れ稲妻よ!》」
イルシリウスは結界術の縛りの中、平然と魔法を行使していた。炎が渦巻き、水が湧き出し、収縮された雷がレフェルギムドを襲う。しかしそれを座標入れ替えで避け続ける。
「まさか結界術に利用した木々から枝を手折って魔法を操る杖にするとはのう。」
「魔法を封じるための魔法が木々には掛かっている。つまり木々そのものは正常に魔力が通っているということだろう!容易いことだ!」
否、神業だった。杖として細工、精製されていない枝を杖として扱うなど本来はできない。それは鉄インゴットを剣に打ちなおすのではなく、鉄インゴットのままで物体を斬るような無茶だ。レフェルギムドも木々を扱って結界術を構築したが、そのために数千本の木それぞれに事前準備を施した上でのこと。それもそもそも加工されていない木々には少ししか細工はできなかったからだ。すこしの細工を数千本、それは1本や2本木々が折れたところで結界は壊れないという強固さに繋がっていたが、突破されればそれまでだ。
「……弱らせて魔王様のもとに連れていき、儂に代わって魔王様に殺していただくことで、魔族に生まれ変わらせてやろうと思ったのですがな。」
「おい……笑えん、では済まないぞジジイ。気持ちが悪いことを言うな。」
「ヒトの身でありながらその才覚、魔族になればさらなる強さを得られますぞ。」
「記憶を失い欲求まで魔族になるのだろう?論外だ。」
「強い情念は残る。それで充分じゃろう?」
「私を見透かした気になるな老眼の分際で!《我が冷血が如く凍てつけ大気よ!逃れたくばその身を切り裂け!》」
氷結の魔法がレフェルギムドの足元に発生し、自由を奪う。座標入れ替えは移動経路の過程をすっ飛ばすワープであり、拘束が効く。また、発生地点から到着地点までに直線距離で壁や障害物がある場合、ルートを脳内に描けなければならない。レフェルギムドが行軍を散らすとき、山頂から全景を魔族の視力で眺めて発動したため強力な効果を発揮したが、中距離戦闘中となると話は別だ。イルシリウスは逆風魔法で我法に抵抗できたことから勝ち筋を見出していた。
「私を捕まえるつもりが逆に捕らえられるとは皮肉だな。不快だった。ハラスメントには罰を下すぞジジイ。」
「魔族の方が上等な種であるのは事実じゃろうに。」
レフェルギムドの態度は終始、盛んな孫に呆れながら教えを説くようで神経を逆なでされるだろう。しかしイルシリウスはそれで冷静さを失っているように見えて、探りを入れていた。
(この戦いで七魔殿と自分の実力差がどの程度かを測ろう。差があるといっても下は七魔殿の方だが。さて、どの程度まで私に迫ってくれるかな?)
絶対の自信は揺るがない。レフェルギムドから実力を引き出そうとしている。だからレフェルギムドが力み、切り札を出そうとしていることも見抜いている。溜息を吐いた魔翁は、気だるそうに詠唱する。
【大地とは生と死の混沌】
一言、口にするだけで地面が流動し、足元の氷結魔法が割れる。
【生み出しては死なせ、土がその肉を喰らう。双頭の蛇とはこの星を指す。】
ある地面は隆起し、あるところでは液状化する。木々はレフェルギムドに平伏するかのように倒れていく。
【愚者が言った。不死とは苦痛である、見果てぬ夢である。それは戯言。大地は不滅でありながら、猛々しく産んでは殺すを繰り返している。】
魔法の詠唱というより精霊信仰の祝詞に近いものだ。口調は気だるげだが、ある種の賞賛を大地に捧げているようにも聞こえる。
【ならばその死と再生の代行者に、我らを選ばれよ。霊長という名の冠は、死を齎すに優れた者が戴くべきだ。】
そして最後の言葉を告げる。この星は魔族に味方する。そうレフェルギムドは認識しているから。
【ゆえに劣等種、その一生を土に還せ。】
大岩混じりの土石流が、イルシリウス一人に向けて向かっていく。山そのものが地震を起こしてその頂上を自ら崩し、勢いを加速させる。それだけではなく、熊、イノシシ、鹿、オオカミ、猛禽類、ムカデ、羽虫、カエル、山の生物たちが駆け下ってくる。それは土石流から逃げているのではない。イルシリウスを殺さんと、怒れる瞳で突進してきているのだ。山岳信仰、精霊信仰、そんな人間の文化にはまるで意味がない。山はヒトを否定する。そう主張しているかのようだ。圧倒的な質量とスピード、位置エネルギーの放流を前に、イルシリウスは獰猛に微笑んだ。
「まったく腕試しにお誂え向きだよジジイ。自然が我らに振り向いてくれないと言うのなら、いいだろう。勇壮を以て惚れさせてやる。認めざるを得ないほどの力を見せよう。私の愛撫は少し痛いぞ?」
崩れる山と対照的に、イルシリウスは崩れない。格上は私だと、以前自負している。そして口説き文句を紡ぎ始める。膝をついて手にキスをするなら、老人より魔女がいいだろう、と。自信に満ちた胸の前で本来の自分の杖を掲げる。最低限の防腐処理とわずかな金細工を施された枝、使い古されているのに新品だったころより活力が伺える。それは杖として手折られてなお樹木として生き続けているかのような力強さ。その杖はイルシリウスの在り方を示していた。
《摂理を砕く理不尽、裁きを覆す大罪、法則という庇護を超える裏切り。背徳とは甘美なるもの。》
それは悪の囁きだ。まごうことなきヒトの業。
《しかして自らの命を嗤わず、使命を忘れず、死を想う。我らの全てで万象に挑もう。》
それは一生に誠実であるという決心だ。
《ここに創造を誓う。その虚ろを満たすため、真理に至るため、何度でも輪廻しよう。》
破壊と創造の繰り返しという愚かさを、苦しみながら検証する。
《許しは乞わない。ただもう一度、壊されろ。》
ただどうか、そのために、我らが払う代償となれ。
解体の光がイルシリウスを起点に迸る。その流れは川の流れに逆らい天へ至る龍のように土石流に向かっていく。直撃し、そこから物質が塵まで解体されていく。生命と物質の区別なく、その光は一切を逃さない。それは溶岩を固める雨のようであり、湖を干上がらせる陽射しのようであり、しかし土を抉る台風のようであって、風向きを曲げる崖のようでもあった。ありとあらゆる属性に対となる属性をぶつけ、反発させることで破壊を生む消滅の光は、またたくまに轟く山を吞み込んでいく。しかしその本質は破壊そのものではない。物体を解体することでその構成を知るというのがこの魔法の意味だ。今もイルシリウスは土と木と生命と石を解体しては、その膨大な情報を処理している。
「なるほど。そもそも行軍のために大量にヒトが山に入った時点で、虫はヒトの服に付着しようとしていたし、獣どもは殺気立っていたということか。その苛立ちを振動で活性化させられたと。魔族とヒトの戦争など貴様らにはわからないものな。」
伝播する解体が理由と知識をイルシリウスに与える。もし次にこの魔法を行使したとき、この情報をもとに光はさらに変質し、万象に適した解体に洗練されるだろう。
「次は生命を選んで逃がす解体にしてみせる。だから一度、お前らには死んでもらう。その命、ご教授いただく。」
つまるところ、結界を崩してまで山を操る魔法を行使したのがいけなかった。檻から獅子を解放するようなものだ。いや、獅子より遥かに屈服させ難いだろうと悟る。レフェルギムドも呆れたような仕草を一時忘れ、呆気に取られていた。
「……まあ、よいかのう。アルスーラに配備されたとは言え、一匹はすでに魔王様の手に捧げたのじゃし。采配に不満はないんじゃが、儂の顔ももう少し立ててくれれば、会議前に欲が過ぎることもなかったものを。」
解体の光が届く瞬間に、レフェルギムドは我法を紡ぐ。
【北極は我が足元にあり、遥か彼方にここはある。】
自分限定での座標入れ替えは当然、他人を複数散らすよりは簡単だ。もともとこの大地を征服し踏み鳴らしたいというエゴにより生じた我法。集中すれば広大な距離を移動できる。レフェルギムドは一瞬で本拠地の北極へと離脱した。イルシリウスは解体による情報提供の中にレフェルギムドのものがなく、代わりに北極の氷という不自然な構成物を解析し、逃げられたことを悟る。
「……無邪気に敗走させたとは言えないな。これだけ国土を荒らしておいて仕留めきれないとは、シオリにまたうだつが上がらなくなる。序列五位の時点で負けないが勝てない戦いになるとは。」
山の半径数百m、そこに存在した一切が消失してクレーターが出来ていた。死体も痕跡も何もないが、何がどれだけあったかはイルシリウスの知識となった。だから仕方ないということではない。それは本人もわかっていた。だからこそ成果を上げたかったのだが、そう簡単に七魔殿が落とせるならいくつもの国が落ちはしない。
「しかしようやっと結界から逃れ本調子になってきたところで逃げるとは恥をかかせてくれる。もう女と踊る気力は枯れたか。冗談も去り方もつまらないジジイめ。」
ただ、結界術に引っかかり味方が反物質解体魔法にかからないように時間を調節したのも事実。それがなければ戦況は大きく変わっていただろう。小競り合いで相手の情報を抜けた、と思えば戦果は0ではない。
「それに解体した木々から魔法封印の結界術の情報を知れた。学びを得たぞ。対策もできるし利用もできる。ああ……不謹慎だが楽しみだ。」
独り言で入手した膨大な情報を整理する。血沸き肉躍る感覚を味方が見抜けば不興を買うだろうから、一人のうちにそれも処理する。ヒト最強の魔法使いは、孤独も強者も恐れてはいなかった。
2.5話も挟まること考えると今回で追放は絶対無理でした。私は馬鹿です。
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