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陰気な憂鬱(エルヴィス視点)

「はぁ……」


ディアナ嬢が去ったあと、大きくため息をつく。

まさか俺との婚約を承諾するなんてな。


俺としては嬉しいことこの上ない。

あんなにかわいくて綺麗で、礼儀正しい人が妻になってくれるというのだから。


だが、彼女の気持ちは?

俺みたいに気持ち悪いやつと結婚なんて……嫌に決まっている。

相手が侯爵だから断るに断れなかったのだろう。

……かなり不憫だ。


「よかったですな、旦那様。無事に旦那様も身を固めることができて」


茶を淹れながらオーバンが笑う。

よかった……か。

まあ、俺にとってはよかったが。


「俺はお飾りの侯爵だ。政治にも携わっていないし、暇さえあれば部屋に籠もって本を読むか、庭で園芸をしている日陰者。これからの日々で、ディアナ嬢を満足させる自信がない……」


「ならば政治に携わればよいではないですか。奥様にお仕事をしているかっこいい姿をお見せになればよろしいのです」


「簡単に言ってくれる。俺のような無能が下手に領地経営に手を出せば、民の生活は貧しくなる。リアやアルバンに任せていた方がずっと領地は安定するだろうよ」


それでいい。

俺に求められているのは、お飾りの侯爵位に座っていること。

そして血筋を残すことだけなのだから。


生きているだけで価値がある。

ああ、なんてすばらしいことだろう。

……自分で考えていて恥ずかしくなってきたな。


「だが、ディアナ嬢が婚姻を受け入れてくれたからには……俺は彼女を幸せにしたい。俺にできることなんて高が知れているが」


「といいますと……ディアナ様のご実家に関わることで?」


「ああ。すでにスリタール子爵とは話をすり合わせているが、いずれディアナ嬢とも話し合わなければならない。決して彼女の母親や姉に邪魔はさせないとも」


今回の縁談に際して、俺とスリタール子爵の目的はふたつ。

ひとつめはディアナ嬢との婚姻……これは簡単に叶ってしまった。


そして、ふたつめは……スリタール夫人とディアナの姉、ドリカ嬢を実家から離縁させること。

要するにスリタール夫人とドリカ嬢は、侯爵家の親族として不適格なのだ。

あの二人の悪評は俺ですら知っているし、その裏に隠された事実まで知っている。


まあ、そこら辺の小難しい話は妹に任せておけばいいだろう。

スリタール夫人にまつわる裏事情は、ほとんど妹に調べさせているからな。


「というか、リアのやつはいつ帰ってくるんだ? この前、帰宅するなんて手紙を寄越してきたが」


「数日後に到着予定とのことです」


「そうか……あいつは忙しいからな、俺と違って。有能だからな、俺と違って」


「旦那様。卑屈もほどほどに。ディアナ様の前では、もう少し胸を張っていただきますよう」


「……善処する」


仕方ないだろう。

俺が無能で、周囲が有能という事実は覆らない。

卑屈ではなく事実だ。


妹は数日後に帰ってくるらしいが……俺の従弟はどうなんだろうか。


「アルバンは? あいつにも本家に帰宅するように手紙を出したが」


「アルバン子爵は……代理人を寄越すようです。何がなんでも自分の領地からは出ないようですな」


「そうか、べつに構わん。あいつには多くの仕事を押しつけているからな。忙しいんだろう、俺と違って。自分の領地から俺の領地に口出しするくらい有能だからな、俺と違って」


「はぁ……それは色々と問題がありますよ、旦那様。仮にも侯爵が子爵の言いなりとは……嘆かわしい」


「言いなりというと角が立つ。子爵の要求を受け入れてやっている、と言ってくれ」


こういうわけで、俺の領地の事情はかなり複雑だ。

すべて俺が領地経営をすれば解決する問題だがな。


しかし……俺は動けない。

動こうと思っていても、過去が俺にすがりついて離れない。

俺がひとつ失敗すれば、大勢の民が死ぬことになるのだから。


貴族の責任は重い。

無能が頂点に立つべきではないのに、俺のような無能が侯爵家の嫡男として生まれてしまった。

だから俺は動かないのが民にとっての最善。


「今日はディアナ嬢を歓待する意味もこめて、パーティーを開くのだったか。婚姻を承諾してくれた場合にと、一応用意しておいたが……正解だったな。俺も準備を手伝おう」


ディアナ嬢の笑顔はまぶしかった。

彼女が俺に向かって笑いかけたとき……なんというか、胸が締めつけられるような感じがして。

もっと彼女の笑顔を見てみたい。


そう思うと、怠惰な俺も少しだけやる気が起きた。

早くディアナ嬢が当家に馴染めるようにがんばろう。

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