夫婦になった日(完)
贈り物がある。
エルヴィスにそう言われて、私は広間を訪れた。
真っ先に視界に飛び込んできたのは――純白。
光を受けて輝く純白のドレスが、広間の中央に立てかけられていた。
驚いて立ち尽くす私の手をエルヴィスがそっと引く。
「君への贈り物だ。何のドレスかは、言わなくてもわかるだろうか」
「え、えっと……ウエディングドレス、ですよね?」
夫がウエディングドレスを贈ってくれた。
その意味は、いくら鈍い私でもわかる。
ドレスのそばには小さな箱が置かれていて、エルヴィスはその箱を手に取った。
そして私のもとに膝をついて。
静かに小箱の箱を開けた。
「ディアナ。改めて俺にプロポーズさせてほしい。君を愛している。この指輪を受け取ってくれるだろうか」
きらきらと輝くダイヤの指輪。
私は震えながらも、たしかにうなずいた。
エルヴィスの顔がほころぶ。
「……ありがとう」
彼は私の指に指輪をはめた。
ああ、私が……結婚指輪をはめる日がくるなんて。
夢にも思っていなかった、人生でいちばん嬉しい瞬間だ。
「エルヴィス……その、いきなりのことで上手く言葉がでてきません。でも、すごく、すっごく嬉しいです……!」
私がまともな恋愛なんてできるわけないって、そう思っていた。
でもエルヴィスは私の人生を変えてくれて、今こうして迎えるはずのなかった瞬間を迎えている。
きっと彼も結婚なんてできるわけない……と諦めていたはずだ。
「あの、エルヴィス。私からも……贈りたいものがあるんです」
「ディアナから? ああ、ぜひ」
「一緒に庭園に行きましょう」
私は心を躍らせて、そのまま庭園へ向かった。
エルヴィスと一緒に育てている花壇がある。
その裏手に、私がひっそりと育てていた花壇も。
私はエルヴィスの手を引いて自分の花壇へと案内した。
「ここは……」
咲き誇るのは真紅と桃色の花々。
季節は夏の終わりかけ。
温暖なアリフォメン侯爵領では、この花々はよく育ってくれる。
美しく舞う花弁にエルヴィスは息を呑む。
何度見ても、花は美しい。
「いつかエルヴィスに見せようと思って、こっそり育てていたんです。屋敷の使用人たちにも秘密にしてもらっていたんですよ。ベゴニアの花言葉……たぶん、あなたならわかりますよね」
「……『愛の告白』」
「はい。さっきのプロポーズへのお返し。これが私の心……です」
博識でガーデニング好きなエルヴィスは、すぐに花の意味を悟ってくれた。
風にそよぐベゴニアの花々を眺める。
「この花たちも枯らさないようにしよう。俺にも育てるのを手伝わせてくれるか?」
「もちろんです。毎年、いつまでも美しく咲き誇れるように。二人で育てていきましょうね」
***
いま、私は長い絨毯の上を歩いている。
静謐な気に満ちた教会――入り口から最奥まで、まっすぐに伸びるバージンロードを。
隣には堂々とした足取りで歩くエルヴィス。
そして、両脇にはたくさんの人が。
アリフォメン侯爵家の使用人、セレスト様を中心とする友人の方々、そして。
「……お父様」
結婚式の参列者に、お父様の名前はなかったけど。
私が無理を言ってお父様に参列してもらった。
どうしても……晴れ姿を見てほしくて。
スリタール子爵家は荒れていた。
そんな荒波の中でも、私をここまで導いてくれた人だから。
たしかにお父様は強く人にものを言えない性格で、私にも被害が及んでいた。
それでも最も悪いのはお母様とお姉様で、お父様は振り回されていただけ……そう思うことにしている。
家を出てから、私はお父様に守られていたことに気がついたから。
お父様は瞳を潤ませてこちらを見ていた。
私をここまで導いてくれてありがとう。
もうすぐ私は『ディアナ・スリタール』ではなく、『ディアナ・アリフォメン』になる。
教会の最奥に着く。
そこで私は初めてエルヴィスと向き合った。
彼の碧の瞳がまっすぐにこちらを見つめている。
……力強い瞳だ。
いつから彼はこんなに強い意思を宿していたのだろう。
「エルヴィス……あなたに寄り添うのが、私でもいいのでしょうか」
「いまさら何を言う。俺に寄り添う人はディアナだけ、ディアナに寄り添う人は俺だけ。……そうだろう?」
「……はい。もちろんです……!」
――愛を誓う。
二度と失うことのない、永久の愛を。
私はそっとエルヴィスに身を寄せた。
温かさを感じる。
もう彼に『陰険侯爵』の面影はない。
世界でいちばん頼りになる、かっこいい夫だ。
今日、私たちは夫婦になった。
完結です。
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