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想いの継承

いま、私は難しい会計書類とにらめっこしている。

エルヴィスが領主として活動を始めて約一か月。

各町村の財政を管理するとのことで、私も簡単なチェックくらいは手伝っている。


「これは……民の暮らしは改善している、のでしょうか……?」


数字を見る限り、たぶん改善している。

……はずなのだけど。

心配になって私はリアさんに尋ねた。


「ああ。私とアルバンが領地経営していたころに比して、財政は安定している。私は無理に投資を行うきらいがあったし、アルバンは防衛費に金を流しすぎていた。それに比べて兄上の経営はきわめて健全……民に寄り添った方針だというのが目に見えてわかる」


「なるほど……各地主からの嘆願書も減っているようですね。エルヴィスの経営によって暮らしが改善しているのかもしれません」


「ご明察。義姉上も数字から領地の状況を読み取れるようになってきたようだ。最近では社交の礼節も上達してきたと聞くし、本格的に侯爵家を任せていいかもしれない」


「わ、私なんてまだまだですよ……!」


色々と学ぶことが多く忙しいけど、そのぶん日常が充実している。

侯爵家に嫁いでから刺激的なことばかりだ。

最近はセレスト様の紹介を中心に、友人もたくさんできてきた。


エルヴィスが領地経営を始めて以来、ロビーでリアさんの姿を見ることも多くなっていた。

今までは執務室を訪れると大抵リアさんの姿があったけれど、いま執務室の椅子に座っているのはエルヴィスだから。


「リアさんは教師の生活に戻られるのですか?」


「……どうだろうか。私はなりたくて教師になったわけではない。近いうちに辞職して新天地を目指すかもしれないな。どちらにせよ、まもなく侯爵家を発つことにしている」


そうだ、とリアさんは何かを思い出したかのように部屋を出て行く。

そして数分後に戻ってきた。

彼女の手には一枚のハンカチ。


「これを義姉上に贈ろうと思っていた。久々に刺繍をしたので拙い出来だが、受け取っていただけると嬉しい」


綺麗な白地のレースのハンカチだ。

アリフォメン侯爵家の印章が刺繍で入ってる……!

リアさんらしく精密で綺麗な縫い目だ。


「わぁ……すごく綺麗です! リアさん、本当に何でもできるんですね……」


「昔は令嬢らしい側面もあったのだよ。本当に大昔はね。それは兄上のもつ青地のハンカチにデザインを寄せてある。いつか義姉上も兄上に贈り物をしてやってほしい。すごく不器用に喜ぶだろう」


私がエルヴィスに贈り物か……反応が容易に想像できる。

少し顔を赤らめながら、それでもすごく嬉しそうにお礼を言ってくれるのだ。

でも、領主として成長するうちにエルヴィスの恥じらいも薄れていくだろう。

未熟な彼を見られるのは今だけ……と思うと、もっと積極的に関わりたい思う。


「ありがとうございます、リアさん。私の一生の宝物にしますね!」


リアさんはそっと微笑んだ。

それから私は侯爵家にまつわること、エルヴィスの趣味や好物、領地の問題など色々と……夜まで話し合った。

話せば話すほどに、リアさんが侯爵家のことを大切に想っているのがわかって。

私もその理想を継がなければならないと感じた。



翌日、リアさんは人知れず侯爵家を発っていた。

私はその日からずっと、彼女が贈ってくれたハンカチを肌身離さず持っている。

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