もちろん承諾で
「さて、ディアナ嬢。今回の婚姻に関してだが……白紙に戻しても構わない。どうする?」
……うん?
唐突な提案に私は面食らった。
小首をかしげてエルヴィス様に尋ねてみる。
「どうしてですか? これはお父様とエルヴィス様、両者の合意の上で決められた婚姻ですよね?」
「そうだ。だが……いちばん重要なのはディアナ嬢の意思だろう。お、俺はディアナ嬢との婚姻は嫌じゃないけど……ディアナ嬢は俺みたいな『陰険侯爵』と結ばれたくないんじゃないか?」
正直びっくりした。
普通、貴族の婚姻というものは親が決めるものだ。
今回だって家族の意向で一方的に決められたものだし、私に意思なんてなかったのに。
「婚姻を白紙に戻すことに関して、気後れする必要はない。一応すでに婚姻関係にあるわけだし、手切れ金も出せる。君のお父上……スリタール子爵には申し訳ないことになるが」
「そもそも……どうして私の姉に縁談を持ち込んだのですか? そして、どうして代わりに妹の私が来てもお断りしなかったのですか?」
エルヴィス様は悩まし気にうなった。
それから長い赤髪の中に手を入れて、頭を悩ませて……
「……最初からディアナ嬢が嫁いでくることは決まっていたんだ。まあ、この話はそのうちするさ」
「へ?」
「で、どうする? どうせ他に好きな殿方がいるのだろう?」
卑屈にエルヴィス様は言い放った。
むしろ婚姻を破棄してほしそうな調子で。
たぶん私のことが嫌なのではなく、私を心配して言ってくれているのだ。
返答は決まっていた。
私はなんだか、彼のことがもっと知ってみたくなったのだ。
「もちろん婚姻を承諾させていただきます……!」
「あぁ、そうだよな。結局俺なんて……ん? 今なんて言った?」
「私、エルヴィス様と結婚させていただきますと」
「……おいオーバン、これは想定外なんだが。どうしたらいい?」
「すぐに私に尋ねるのはご遠慮くださいませ、旦那様。それよりもやるべきことがあるのでは?」
オーバンさんが笑顔で、それでいてなんだか怖さを秘めた表情で言う。
エルヴィス様はハッと顔を上げて居住まいを正した。
「あ、あぁ……ありがとう、ディアナ嬢。俺も……まぁ、及第点の夫くらいになれるように努力する。長いこと馬車に揺られてお疲れだろうから、君に用意した部屋で休むといい」
「はい、わかりました」
及第点の夫……自己評価の低いお方だ。
そこら辺も相まって陰険呼ばわりされているのかも。
ただ、思っていたよりはしっかりしているし、仲よくなれば話せそうな方ではある。
私は席から立ち、こちらへどうぞと案内してくれたメイドに続く。
応接間から出る直前……言っておくべきことがあるのだと思い出す。
くるりと踵を返してエルヴィス様に向かって頭を下げた。
「エルヴィス様。私を妻として認めてくださり、ありがとうございます! 侯爵夫人として立派な振る舞いができるよう、これからがんばりますね!」
「あ、あぁ……お礼を言うべきはこちらの方だ」
再び部屋の出口へと戻り、応接間を後にする。
去り際に『あの礼儀正しすぎる令嬢はなんだ?』『俺にはもったいない……』などと聞こえてきて、なんだかこそばゆい気持ちになった。