エルヴィスの決意
反射的に瞳を閉じる。
どうしていつもこうなんだろう、と一瞬の間に思う。
お姉様やお母様に邪魔者扱いされて、傷を負わされて。
でも。
今日ばかりは私が傷を負うことはなかった。
絨毯に何かが落ちる音が響いた。
気づけば目前にエルヴィスが立ちはだかり、お姉様の持った燭台を叩き落している。
「他人に暴力を振るってはいけない。そんな常識的なこともわからないのか、ドリカ嬢。俺の妻を傷つけるのはやめていただきたい。……これ以上、ディアナに近寄るな」
はじめて聞いた声色だった。
エルヴィスの声にはこの上ない憤懣が宿っている。
暴力沙汰に及んだお姉様を、すぐに衛兵が取り囲んだ。
「ち、ちがっ……今のは手が滑って」
「もうよい。連れてゆけ」
大公閣下のひと声でお姉様が連行されていく。
最後まで救いようのない娘だ……とお父様は嘆息していた。
「やるじゃないか、兄上。この場に兄上は不要な気もしていたが、少しは役に立つようだ」
「……相変わらず口の減らない妹だ。ディアナ、けがはないか?」
「はい……エルヴィスのおかげで。ありがとう、ございます……」
安堵が襲ってくると同時に、私は泣き出してしまった。
悲しくて涙を流しているのではない。
こうして寄り添ってくれる人たちがいて、嬉しくて泣いているのだ。
「……もう大丈夫だ。君は俺が守るって、そう言っただろう?」
エルヴィスは優しく私の涙を拭ってくれた。
その様子を見てお父様は安心したように息をつき、お母様は依然として顔を真っ青にしている。
ふと、部屋の扉が開く。
彼は……アルバン子爵?
子爵の姿を見て、エルヴィスの表情が強張った。
「何の用だ、アルバン」
「ん……? 何やら騒ぎがあったようなので、大公閣下の身を案じて馳せ参じたのですが。ここで何があったのですか? ご令嬢が衛兵に連行されていましたが」
「……君には関係のない話だ」
エルヴィスは相変わらずアルバンさんが苦手なようだ。
彼はそつのない笑みを浮かべて私たちを出口へ促した。
「面倒なことがあったようですが、そういうことは僕やリア様にお任せを。まだ夜会の舞踏は続いていますよ。エルヴィス様と奥様も踊ってきてはいかがですか?」
たぶんアルバンさんは全てを知った上で、知らないフリをしているのだろう。
今までもそうやってエルヴィスの領地経営を代行してきたというし。
「君に任せてばかりでは面目が立たないな。……だが、今はディアナと踊りたいという気持ちも強い」
「へえ、冗談で言ったつもりですが……エルヴィス様が夜会で舞踏を披露するとは。幼少期以来ですか?」
「そうだな。ディアナ、よければ俺と踊りに行かないか? 家の事情だとか、そういう面倒な話はもういいだろう」
エルヴィスが手を差し伸べる。
私は迷わずに彼の美しい手を取った。
「もちろんです。私……エルヴィスとならいつまでも踊れる自信がありますよ!」
「では……俺たちはひと足先に舞踏に行こうか。大公閣下、スリタール子爵、失礼いたします」
エルヴィスと共に礼をすると、大公閣下とお父様は笑顔でうなずいた。
部屋を出て会場に戻る道すがら、ふとエルヴィスがつぶやく。
「なあ、ディアナ。やはり俺は……君に誇ってもらえるように、君が馬鹿にされないために、強い侯爵になりたいと思ったよ」
「エルヴィス……もう私にとって、あなたはとても強くて優しい人ですよ?」
「ああ。だが、誰が見てもディアナの誇りになれるような、そんな人間になりたいんだ。だから……」
エルヴィスが足を止める。
私もまた歩みを止めて彼を見上げた。
強い――意思が瞳に籠もっている。
「俺はもう一度、領主として経営を始めようと思う。いつかは名君として讃えられて、君に誇ってもらえるような人間に。君の明るさが俺を照らしてくれたから」
「はい。きっとエルヴィスなら、誰よりも立派な領主様になれますよ。私も全力で応援します。一緒にがんばっていきましょうね!」
私たちは笑い合い、舞踏の会場へと足を踏みだした。




