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幸せに導いて

夜会の前日。

私はこの上なく緊張していた。

久々にお姉様とお母様と会うことが怖くて、そして明日どうなるのか不安で不安で。


深夜、眠ることもできずに屋敷の中をふらつく。

気づけば屋敷のいちばん東、書斎にたどりついていた。

本がたくさんあると落ち着く。

私の孤独を紛らわしてくれるのは、いつも本という友達だったから。


「あら……?」


人影が見えた。

あれは……エルヴィス?

こんな深夜に何をしているのだろう。


盗み見れば、本を熱心に読んでいる。

読んでいるのは――領地経営の指南書。

表紙がすごくボロボロになっていて、今にも頁が抜け落ちてしまいそうだ、


「……エルヴィス」


「!?」


声をかけると彼はビクリと肩を震わせ、慌てて本を後ろにしまった。


「あ、あぁ……ディアナか。こんな深夜にどうしたんだ?」


「明日の夜会に緊張して、眠れなかったんです。エルヴィスも?」


「そうだな。俺も緊張していて寝つけなかった。その……うまくやれるか、かなり不安だ。もちろんディアナを落胆させるような結果にはしない。大丈夫……大丈夫だ」


自分に言い聞かせるように、エルヴィスは何度も『大丈夫』と唱えた。

その様子を見ていると、あまり大丈夫ではなさそう。


「領地経営の本を読んでいたんですね」


「……なんだ、見られていたのか」


エルヴィスは苦笑いしながらボロボロの本を見せた。


「子どものころに読んでいた指南書だ。こういうときには、こう対処する……なんて綴られているが。あまり参考になるものではないな。理論と実践は違うんだ」


彼の言葉には実感が籠っている。

ひたむきに歩んでいた過去は、大きな失敗によって否定されてしまった。

私は漠然としか知らないけど、その傷心は察するに余りある。


「また……領主様としての活動を?」


「…………いや。俺のような無能が政に携われば、待っているのは民の滑落だ。懐かしさを感じて読んでいただけだよ」


「エルヴィスは……無能なんかじゃありませんよ」


エルヴィスは無能じゃない。

日常の節々で豊富な知識を見せてくれた。

私や使用人の方々を思いやる優しさがあった。

広大な庭園で花々を枯らさないように気を配る管理能力があった。


「俺は民を救えなかった。俺が領地を治めるよりも、他の人が治めたほうがいい。それでも無能じゃないと……言えるのか?」


「私、エルヴィスに出会えて本当によかったと思います。たとえエルヴィスが自分を無能だと思っても……私はあなたに救ってもらったから。私にとっては、誰よりも頼れる夫です。きっとエルヴィスなら立派な領主様になれるって、そう思うんです」


「…………俺が、ディアナを救った?」


民を救えなかったとしても。

私のことを救ってくれた。

それに例の疫病は話を聞く限り、エルヴィス以外の人が領主でも打つ手がなかったはずだ。


単なる不幸……といっては亡くなった方々に失礼だけど。

エルヴィスのせいでは決してないのだ。


「そして、明日にはお父様のことも救ってくれます。それから私をもっと幸せにしてくれて、もっともっと救ってくれます。使用人のみなさんもエルヴィスに感謝しています。それに、庭園で生きる花々だってエルヴィスに感謝しているに違いありません。きっと気づいていないだけで、あなたは本当にたくさんの人の支えになっているんですよ」


「……誰かの支えになれたことなんて、役に立てたことなんて……ないと思っていた。ただ引き籠っているだけで、邪魔になっているだけで」


「それでいいんですよ。エルヴィスはエルヴィスらしく、自分の思うがままに振る舞っていればいいと思います。領主様の仕事がしたければしてみればいい、ガーデニングや読書に耽りたいのならばそうしていればいいのです。私はそれだけで、幸せにしてもらっていますから。これまでみたいにデートして、一緒に花を愛でて、好きに生きましょう」


「……好きに、生きるか」


エルヴィスは困ったように瞳を伏した。

ええと……私の想いを正直に伝えすぎて、困らせてしまったかな?


「ご、ごめんなさい。その……いま言ったことは本当ですけど。あまり気にせず、心の片隅にでも留めておいてください」


「いや……心の真ん中に留めておくよ。ありがとう、ディアナ」


今までに見たことのないような、晴れやかな笑みでエルヴィスは笑う。

そんな彼の笑顔を見ていると、不安も和らいできた。


「そろそろ寝ますね。おやすみ、エルヴィス」


「ああ、おやすみ」

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