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私の心

その夜、私はリアさんのもとを訪れた。

実家からの使者がどんな話をしていたのかもう少し知りたかったし、何より非礼を謝罪するべきだと感じて。


「義姉上。眠れないのか?」


「ええ……そうですね。リアさんとお話ししたいこともあって」


「入ってくれ」


促されるまま部屋に入る。

リアさんの部屋は小綺麗に整えられていた。

几帳面な性格がうかがえる。


窓は開け放たれていて、涼やかな夜風が吹き込んでくる。

机の上に置かれているのは領地経営に関する書類だろうか。

リアさんは書類を片づけてお茶を淹れてくれた。


「ありがとうございます」


「スリタール子爵家からの使者に関する話だろうか。答えられる範囲でよければ答えよう」


「お見通しなんですね……その、当家の使者が大変な失礼を。申し訳ありません……」


「アレは義姉上ではなく、ドリカ嬢の使いだ。謝罪するべきはドリカ嬢だろう。あなたが頭を下げる必要はない」


そう言われても、責任を感じてしまう。

実家の使用人たちの礼節のなさは知っているから、どれだけ無礼だったのかは容易に想像できる。


「使者が変なことを……言っていませんでしたか?」


「変なことしか言っていなかった。だが、一般的感性を逸脱した者というのは普遍的に存在する。特に不快感は抱いていない。珍獣を見た気分だった」


ち、珍獣……どの使用人が来たのか知らないけど、なんとなく想像できる。

お姉様の命令を聞いて来たということは……パウラあたりだろうか。


「エルヴィスとは何をお話していたのですか?」


「スリタール子爵は、近いうちに大公閣下に対して夫人とドリカ嬢との離縁を公表するという。ドリカ嬢と血のつながりはなく、夫人が浮気して身ごもった子だという事実とともに。私と兄上も、その夜会に参列することとなった」


「……!」


話を聞く限り、お父様はよほど急いでいるらしい。

このまま放置していたらお母様とお姉様が悪評を流布し続けて、アリフォメン侯爵家に迷惑がかかるかもしれないし。

それに……財政もどんどん苦しくなっている。

お父様としては一刻も早く片をつけたいのだろう。


「わ、私も……その夜会に参加することはできますか?」


「スリタール子爵は、義姉上に離縁する場面など見せたくないと語っていた。しかし肝要なのは義姉上自身の心だろう。スリタール子爵家の一員として顛末を見届けたいのであれば、私たちにそれを拒む権利はない。エルヴィス・アリフォメンの妻として夜会に参加することも認めようと……少なくとも兄上とはそう話し合っている」


私自身の……心。

私は自分の実家の問題と向き合いたい。

これまではお母様とお姉様にいじめられて、目を背けていたけど。

今は一緒にいてくれる、支えてくれる人たちがいるから。


「私は……エルヴィス・アリフォメンの妻として、どんな壁も乗り越えていきたいです。目を逸らさずに、立派な侯爵夫人として育ちたい。これはそのための一歩だと思うのです。だから……私も一緒に行かせてください」


はっきりと自分の意思を伝える。

瞬間、リアさんはふっと笑った。


「やはり、あなたは当家に必要な人だ。義姉上にならば……兄上を任せてもいいだろうか。あの人が立派に、自分の足で立てるように……」


「リアさんはエルヴィスに侯爵として自立してほしいんですよね? なにか理由があるのですか?」


それはもちろん、侯爵の位に就いているエルヴィスが仕事をするべきだろう。

しかしリアさんが領地経営をしていても、取り立てて不都合があるわけでもない。

エルヴィスの言うとおり……リアさんと従弟の子爵さんが領地を管理していた方が、民も幸福に暮らせるかもしれないのだ。


リアさんは立ち上がり、窓の外から夜空を見上げた。


「……私はみなの幸せを願っている」


「幸せを……?」


「陳腐に聞こえるかな。だが、私の友人や家族が悲しむ姿を、苦しむ姿を見たくはないんだ。兄上は……このままではずっと過去に囚われて、一生を終えるだろう」


エルヴィスの過去。

それは……幾重にも重なった悲劇が形作っている。

私も漠然とした話しか聞いていない。

それでも彼が塞ぎ込むには十分すぎる過去だと知っていた。


「己が足で立ち、幸福な未来を迎えよ。何ひとつ切り捨てることなく、望んだ結末へ至れ――これが私の淵源である。私は目的のための踏み台、犠牲で構わない」


……難しい。

私に人の生き方をとやかく言う権利はないけど。

エルヴィスも、リアさんも……なんだか窮屈な生き方をしている、気がする。


私自身もきっとそうだった。

少なくともここに嫁いでくるまでは。


「悩みがあるなら相談に乗りますよ。私に話しても解決しないかもですけど、話せば気が楽になるかもしれません!」


「……いや、悩みはない。しかし……そうだね。私の将来について、義姉上には伝えておこう。これはまだ兄上にも話していないことだが」


リアさんは窓際を離れ、再び向かいの席についた。

そしていきなり切り出す。


「私は侯爵家を出ようと思う」


「……え? 出るって……」


「そのままの意味だ。ゆくゆくは侯爵家を発ち、世界を己が目で見て回るつもりだ。そのためには兄に自立してもらわなければならない」


自分から望んで侯爵家を出るなんて。

すごくもったいない気がする……けど、それが『リアさんの心』なのだ。

彼女が私の心を尊重してくれたように、私も尊重するべきだと思う。


「――わかりました。この話、誰にも話さないでおきます。だから……私、エルヴィスが立派な侯爵様になれるように尽くしますね!」


私がリアさんの意思を引き継ごう。

そして……エルヴィスの心の支えになろう。

そう固く決意した。

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