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侯爵様とご対面

大きな鉄製の門を見上げて呆気に取られた。

門の向こう側には純白の屋敷が建っている。

屋敷というよりも城に近い。

さすがは侯爵様のお家。


「…………緊張するなぁ」


一度も会ったことがない殿方と結婚するなんて。

『陰険侯爵』……エルヴィス・アリフォメン侯爵はそう呼ばれている。

夜会に滅多に参加せず、参加したとしても隅の方でじっとしているらしい。

話しかけても返事をせずに消えてしまい……すごく不気味な方だそうだ。


うまくやっていけるだろうか。

私は社交の経験が少ないので、失礼があるかもしれないし。

でも決まってしまったことだから仕方ない。

そう思い直して私は足を踏みだした。


「恐れ入ります。スリタール子爵家より参りました……」


守衛に話しかけ、待つこと数分。

鉄の門が開き、向こうから紳士服に身を包んだ初老の男性がやってきた。

襟の形の整った執事服に身を包み、頭のてっぺんからつま先まで小綺麗で。

彼も貴族かしら――と直感を覚えた。


「お初にお目にかかります。私はアリフォメン侯爵家の使用人、オーバンと申します。スリタール子爵令嬢、ディアナ・スリタール様をお迎えに上がりました」


非常にこなれた、流麗な所作。

使用人の質の高さがうかがえる。


「遠路はるばるお疲れでしょう。旦那様のもとにご案内いたしますので、こちらへどうぞ」


「は、はい!」


オーバンさんという使用人に導かれ、私は大きな庭園を進む。

ああ……季節は夏、向こうに見えるのはゼラニウムとシャクヤクの花かな。

この庭園はすごくガーデニングがはかどりそう。

まるで歓迎するかのように噴水が高く上がり、虹がかかった。


「ところでディアナ様。旦那様……アリフォメン侯爵の噂はどのように聞いておりますかな?」


「ええと……よく存じ上げませんね。会ったこともないので」


「『陰険侯爵』……旦那様がこう呼ばれていることはご存知でしょう。その名のとおり、少し変わったお方です。しかし、旦那様も悪気があってそうしているわけではないと……どうかご承知おきくださいませ」


「はい……わかりました?」


陰険かぁ……陰険ってなんだろう?

暗めの性格を示しているのなら、私も似たようなものだけど。

姉と比べたら間違いなく暗い。


広い広い庭園を過ぎ、大きな屋敷の中へ。

そのままオーバンさんについていき、応接間に通される。


「旦那様。ディアナ様がお見えになりましたよ」


応接間の中央、黒い革のソファに座っていた男性。

まさに釣書そのものだった。


燃えるような赤い髪を伸ばし、目元は見えない。

だらしない髪型なのに背筋はしっかりと伸びている。

すらりと長い手足……身長は大きくて、体つきもしっかりしていると思う。

でも、うーん……表情がまったく見えない。


「……へえ。本当に来るとは驚いたな」


「お初にお目にかかります、ディアナ・スリタールと申します」


「あぁ、失敬。俺はエルヴィス・アリフォメン。俗にいう『陰険侯爵』だ」


自嘲ぎみな声色でエルヴィス様は一礼した。

とりあえず座ってくれ、と促されて私は向かいのソファに座る。


「茶は熱いものと冷たいもの、どちらが好きだ?」


「あ、えっと……猫舌なので熱いのは苦手ですね……」


「そうか、俺と同じだな」


そう言うとエルヴィス様はオーバンさんの方を見る。

私の要望を聞いてくれたのか、冷たい紅茶を出してくれた。


「…………」


エルヴィス様は無言で紅茶を飲む。

何を言えばいいのか、困った私も同じく紅茶を飲んだ。

ん……おいしい!


「この紅茶、とてもおいしいですね! 初めてこんなにおいしい紅茶を飲みました!」


「……そうか。うちには紅茶好きの使用人がいてね。俺も母の影響で茶葉にはこだわりがあるんだ。これは南方で採れたブラッドオレンジ、ストロベリー、ピーチを使っているフレーバーティーだな」


「へぇ……お母様はお茶が好きなのですね」


「もう死んだがな」


「あぅ……す、すみません……」


「いや、いい。少し昔が懐かしくなったよ」


いきなり気まずい。

もう少しお相手の家族について調べてくればよかった……。

たしかお父様が夭逝して、エルヴィス様は若くして侯爵位についたのだったかな。


再び沈黙が流れる。

話題を、話題を……どう切り出せばいいんだろう?

こんなとき、お姉様だったら積極的に話せていたんだろうなぁ。


「……デ、ディアナ嬢」


「はい」


「…………」


名前を呼ばれて顔を上げたけれど、エルヴィス様は何も言わない。

こちらを見て……いるのかな?

前髪のせいで視線がどちらに向かっているのやら。


様子を見かねたのか、そばで見守っていたオーバンさんが口を開く。


「申し訳ございません、ディアナ様。旦那様はほとんど他家の女性とお話しする機会がなかったので……緊張しておられるのです」


「あら、そうなんですね。大丈夫ですよ、エルヴィス様。私も緊張していますから」


「……こほん。オーバン、余計なことは言わなくていい。そ、それとディアナ嬢、お心遣い痛み入る」


慌てているのかな。

エルヴィス様はさらに背筋を伸ばして咳払いした。


ふぅ、とひと息ついてから彼は切り出す。



「さて、ディアナ嬢。今回の婚姻に関してだが……白紙に戻しても構わない。どうする?」

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