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異端の謀(ドリカside)

「はぁ……よっこらせと」


スリタール子爵家の侍女、パウラは馬車を降りた。

アリフォメン侯爵家の屋敷は近い。

なだらかな丘の先に白亜の城が建っている。

アレが侯爵家……スリタール子爵家とは大違いの規模だ。


「あたしも侯爵家で雇っていただけないかしら。わがままお嬢様と奥様にはうんざりだし」


パウラもスリタール子爵家の母娘には嫌気が差していた。

大して高くもない賃金で、雑に扱き使われる日々。

最近はストレス発散先のディアナも消えて、かなり鬱憤が溜まっていた。


「……そういえばディアナはどうなっているのかしら」


『陰険侯爵』に無理やり嫁がされた哀れな令嬢。

きっと今ごろ憔悴しているに違いない。


――そうだ。

パウラにひとつのひらめきが走る。


ディアナは内気で侍女にすら強気に出られない令嬢だ。

アリフォメン侯爵の妻となったディアナに頼めば、自分も侯爵家の侍女として雇ってもらえるのではないか……と。

少し脅せばディアナは怯え、侍女たちの言うことに従うはずだ。

スリタール子爵家でもそうだったのだから。


「そうだわ……あの貧乏子爵家から抜けだすチャンスじゃない!」


ゆくゆくはディアナを上手いこと操り、侯爵家の財産すら横領できるのではないか……パウラはそう考える。

彼女は暗い輝きを瞳に湛え、アリフォメン侯爵家へ向かった。


 ***


「スリタール子爵家からの使者、ですか。事前に言伝は預かっていませんが……」


「いいから侯爵様に会わせてちょうだい! 侯爵夫人の親戚が使者を出しているのよ!?」


困惑する守衛にパウラは詰め寄る。

こういうとき、彼女はいつも強気に出て相手を従わせていた。

こちらは貴族の使者として来ているのだ……と権力を振りかざして。


「何事か」


そのとき、一人の少女が歩いてきた。

服装から見るに貴族だろうか。

守衛は少女を見て敬礼する。


「リア様! 実は、スリタール子爵家からの使者とのことで……」


「なるほど。ごきげんよう、ご婦人。私はアリフォメン侯爵の妹、リア・アリフォメン。いま兄は出かけていてね……代理でよければ私が話を聞こう」


しめた、とパウラは心中で笑う。

『陰険侯爵』よりは妹の方がよほど話が通じるだろう。

それに相手が女性ならばパウラも強気に出れる。


「あら、ありがとうございます! 侯爵閣下の妹君にお目にかかれるなんて、光栄ですわー!」


彼女はリアに促されるまま、屋敷の中へと入っていった。


 ***


「……ということですわ。スリタール子爵家のお嬢様が、ドレスを購入するための費用がほしいと。寛大な侯爵家の方なら、もちろん快諾してくださると思いますが!」


パウラの言葉にリアは心中で苦笑いした。

もっとも表情には出していないが。

いったいどういう価値観をお持ちなのか……とひたすらに困惑している。


「なるほど、承知した。ドリカ嬢には後ほど送金しよう」


「まあ、ありがとうございます! 光栄ですわ!」


もちろん送金などしないが、ここは適当に返事しておく。

思いのほか用件が早く片づき、パウラは別の話題に移る。


「あ、そうです。ディアナ……様はお元気でしょうか? いらっしゃるのなら、久しぶりにお会いしたいのですが……」


『ディアナ』と『様』の二つの単語に切れ目があることをリアは聞き逃さなかった。

おそらくスリタール子爵家では侍女もディアナをないがしろにしていたのだろう。


「彼女は兄と共に外出している」


「あら、そうなのですか? あのどんくさいディアナ様のことですから、侯爵家の方々にご迷惑をおかけしているでしょう?」


『陰険侯爵』よりもリアにすり寄った方がいい。

パウラはそう判断し、相手に貼り付けた笑顔を向けた。

自分の意図が見透かされているとも知らずに。


「ああ、ご婦人のおっしゃるとおり。ディアナ嬢は陰気でのろまで、非常に辛気臭い。兄ともども侯爵家の面汚しと言えるだろう。もっとも……アリフォメン侯爵家の実質的な領地経営は私が行っている。あの夫婦には社交界に出ず、引き籠っていてもらえばいいさ。当家の使用人たちも、ディアナ嬢を煙たがって虐めているようだ。どうでもいいことだが」


リアは滔々と、エルヴィスとディアナに対する罵倒を述べた。

いかなる言葉を吐いても表情の変わらぬ鉄仮面は、裏で何を考えているのかわからない。


『侯爵家の領地経営はリアが行っている』……それを聞いたパウラは、露骨にリアに同調し始める。

自分の感覚は正解だったと。

やはりリアにすり寄るべきなのだ。


「あら、そうなのですね! こんなにお美しくて、賢明な方が領地を経営してくださるのなら……侯爵領も安泰でしょうね!」


「何かディアナ嬢に伝えたいことがあるのなら、手紙を書かれてはどうだろうか。形ばかりのあいさつでも、皮肉でも……鬱憤を晴らすための罵倒や命令でも構わない。私もディアナ嬢は嫌いなので、何を書いても見逃してあげよう」


「まあ……寛大なお心に感動したしましたわ! では、お言葉に甘えてディアナ嬢にお手紙を書いても?」


「ああ。兄とディアナ嬢が帰宅次第、手紙を渡すとしよう」


リアは淡々とパウラの悪意を俯瞰していた。

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