デートの準備
私の実家、スリタール子爵家に関する問題。
お父様が離縁を公表するまでには時間があるとのことで、その件に関してはいったん置いておくことになって。
きっかけはリアさんの不意な一言だった。
「兄上に義姉上。デートのひとつでもしたらどうだろうか」
「デ、デート……?」
リアさんの言葉に、エルヴィスは困惑する。
私も同様に首をかしげた。
そういえば……まだエルヴィスと一緒にお出かけしたことがないかも。
「兄上、あなたはもう少し奥方を見てはどうかな。義姉上が着ているドレスは、母上の形見だ。お美しい義姉上が何を着ても似合うことは自明だが、やはり夫の兄上からドレスは買うべきだろうね」
呆れたように言い放つリアさんに、そばに立っていたオーバンさんもうなずく。
「そうですぞ、旦那様。いつか奥様にドレスを買うとおっしゃっていたではないですか」
「あ、あぁ……忘れていたわけではないんだ。ただ、どうやってデートに誘おうか考えていたら時間が過ぎて行ってだな……」
「聞くに堪えない。言い訳を並べている暇があったら、今すぐにでも義姉上を誘うことだ」
鋭いひとことにエルヴィスは怯んだ。
たぶん、彼のことだからずっとデートに誘う口実を考えていたのだろう。
すでに性格が予想できるようになってきた。
「私はエルヴィスと一緒にたくさん思い出を作りたいです! ドレスがほしい、とかそういうわけじゃないですけど……あなたと一緒にお出かけしたら楽しそうだなって」
「ディアナ……君がそう言ってくれるのなら。ぜひ俺と一緒に出かけよう。なんなら明日にでも出かけるか?」
「はい! ぜひぜひ……あ、行き先はどこになさいますか?」
「どこがいいのだろうな。俺はまったく外に出ないからわからん」
エルヴィスの率直な言葉に、その場の全員が苦笑いした。
私自身も殿方にエスコートなんてされたことないから、似た者同士だと思う。
「無難に都でお買い物……はどうでしょう?」
「そうだな。ディアナには失礼な話だが、俺は都の店をあまり把握していない。エスコートできるか、かなり不安な点がある……」
「そこは私も同じですよ、エルヴィス。一緒に都の流行をお勉強しましょう」
「わかった。明日までにおすすめの店を使用人たちに聞いておくとしよう」
私も情報をリサーチしておかないと。
……そういうわけで。
エルヴィスと約束を交わしたあと、私はさっそく情報収集を開始した。
まずはオーバンさん。
「都のおすすめの店、ですか。最近の流行はわかりませんが、私の若いころには男女の逢瀬といえばランチが定番でしたな。貴族街には男女が会食するためのランチハウスもあり、雰囲気は間違いなくよいでしょう」
「なるほど……ランチといえば、エルヴィスのお好きな食べ物は?」
「菜食がお好きですな。旦那様は園芸の一環で野菜も育てられることがあり、野菜をご自身で調理されることもあるのです。また、肉と魚でいえば魚の方が好みなようです」
「おお……長いことアリフォメン侯爵家に勤めているだけありますね! エルヴィスの好みについて、もっと勉強しておかなければ……!」
ちなみに私も野菜は嫌いではない。
……ただ、苦いピーマンだけはちょっと。
もちろん食事を残すなんてマナーの悪いことはしないけど。
さて、お次は侍女のミレーヌ。
「旦那様と都でデートですか……それは喜ばしいですね。ただ、旦那様は令嬢がたの流行など把握していないかと思いますので……」
ミレーヌはそう言うと紙にペンを走らせた。
渡された紙を見て、私はハッと目を光らせる。
「こ、これは……!」
「最先端の流行を軽くまとめてみました。今はリバーレースとレーステープをかけ合わせたドレスが流行しているのですよ。帝国から輸入した布地を使ったものが、ご令嬢の間で特に人気ですね。殿方のドレスは黒めのフロックコートが人気のようです。旦那様の衣装選びの参考に、ぜひ」
す、すごい……!
こんなに流行を押さえているなんて。
もしかしてドリカお姉様よりも流行に詳しいのでは?
「ミレーヌさん、すごく情報を仕入れるのが早いのですね……!」
「一応、服飾で有名なネマルキス伯爵の家系に連なる者なので。最低限の流行は押さえるようにしています」
「そうだったのですね……道理で美容にお詳しいと思いました。あ、それじゃあ夜会に参加するようなときは、事前にミレーヌさんの意見を仰ぐことにしますね」
「私でよろしければお力になります。旦那様とのデート、存分にお楽しみになってくださいね」
そして、最後にリアさん。
「提案した身で恐縮至極なのだが、私は男女の逢引に関して無知なのでね。兄上と同じく、都のどこに行くべきか的確な助言ができない」
「あら? リアさんは婚約者は?」
「いない。幼くして両親を亡くしたという要因もあるが、何より私の性格が破綻していることが大きいだろう。兄上とは別の意味で陰険なもので、私は色恋の類を経験したことはないのだよ」
すごく美人なのに……もったいない。
たしかに、こんなに学者みたいな性格の令嬢は見たことないけど。
たぶん本人から恋愛を遠ざけているのだろう。
「だが……そうだな。兄上と義姉上の趣味を鑑みるに、読書や園芸の類か。デートで訪れる場所ではないように思うが、国立の図書館や博物館はどうだろうか」
「図書館、博物館……!」
私は目を輝かせた。
普通のご令嬢がデートで行くような場所ではないけど、私はすごく行ってみたい!
きっとエルヴィスとの話も弾むだろう。
そういうわけで、屋敷の方々から知識をご教示いただいた。
明日は最高のデートにしよう……!
 




