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大家さん殺人事件《俺だけが知っている》後編

 尋ねて来た二人組の警察は紳士的な態度で、俺にあれこれ質問して来たけれど、俺は余計なことは話したくないので、大家さんが嫁の悪口を根津見(ねずみ)さんにこぼしていたことも黙っていた。


 口は災いの元だし、変に喋って恨みを買ったらバカらしい。俺には何の関係も無いのに。それに根津見さんの方が俺よか1000倍は事情は詳しく知ってるはずで、そっちから聞けばいい話だよ。


 だから、隣の根津見さんちのお母さんと立ち話していたのをたまに見掛けたことくらいしか話さなかった。昨日もしてたし。


 警察からすれば、このアパートの住人は全員容疑者のはずだ。俺も容疑者の1人になっているだろうから、気が重い。


 若い男、というだけで、俺のことを特に怪しんでるかも知れない。


 バイトながら、俺に表向きの仕事があってまだ良かった。無職だったらますます疑われる。


 俺はここでもバイト先でも、周囲からは爽やかな好青年で通ってるし、挨拶は欠かさないし、お愛想のトークもつけるように気をつけてる。


 きっと大丈夫だ。


 店では常連客からも人気あるし、店長から『ジンはバイトから社員になれよ』って誘われてるくらいだ。26で未だにバイト生活なんて、社会の底辺と揶揄される身分だけど、人間的信用度は保ってるはず。



 次の日、憂鬱な気分でバイトに出掛けて昼下がりにに戻った所、俺の部屋の隣の部屋、根津見さんの部屋にまでキープアウトの黄色いテープが張られて、警察が家宅捜索していたのでビビった。


 まさか、次は俺の部屋に来んじゃねーだろうなっ?!


 俺は自室の部屋のドアにささっと滑り込むと、素早くカギを掛けて背中をそのままドアに預けると座り込んでしまった。ドッキンドッキン動悸がヤバくて。



 ピンポーン‥‥‥


 直後にチャイムが鳴った!


「ガッ?!」


 ビクってめっちゃ変な声が出てしまった。


「小池さん、お帰りだそうですね。度々すみません。昨日お話をお伺いした警察の荒川と隅田です」



 大丈夫だ。別に俺の裏家業の事じゃない‥‥‥



 俺は深呼吸して頬を両手でパンパン叩いて顔を作ってから扉を開けた。


「はい、まだ何か‥‥?」



 そこで機密情報として聞いた話にはビックリした。



 何と! 大家さん殺しの容疑者は、根津見さん親子だって言うもんだから。


 何だよ? 嫁姑問題は関係無かったのか。俺はてっきり‥‥‥


 だっておばあさんが亡くなっていた部屋のカギは靴箱の上にあって密室状態だったことは盗み聞きで聞いてた。なら、スペアキーを使ったか、どこかに出入り出来る箇所があるしかない。


 現に嫁はスペアキーを持っていて開けたと証言してたし。



 根津見さん親子は夕べの内から逃走していた。でもってあの二人は実は親子では無いそうで‥‥‥


 しかも、二人ともそれぞれ空き巣とひったくりで捕まった前科があるそうだ。


 俺は数枚の似顔絵から、根津見さん母と息子の顔を選択するように言われた。



 嘘だろ‥‥‥隣人が実は泥棒で殺人犯になって逃走中って。


 人当たりの良い優しそうなお母さんって感じの人と、俺より一回り年上くらいのおとなしそうな男性だったのに。


 マジ、人は見かけによらないよ‥‥‥


 恐ろしい世の中だね。まさかあの人たちが俺と同業者だったとは。




 その時の警察の説明によれば、二人はネットで知り合い、以来組んで犯行を重ねて来ていたらしい。


 母親役の女が、大家さんのおばあさんと外でおしゃべりしている間に、息子役の男が天井裏から大家さんの部屋に忍び込み、現金や金目の物をバレないくらい少しづつ定期的に盗んでいた形跡があるそうだ。細く長くって盗み方だね。


 男の指紋がおばあさんの部屋のあちこちから出てるそうだ。犯行に使われたと見られる血がついた置時計からも。


 そういやあの時、外からはおばあさんたちのおしゃべり、天井からはガサゴソ音がしてうるさくて上階のヤツにもムカついてたけど、あれってあの息子役の男が天井裏を移動してたってわけだ。そーゆーことね‥‥‥


 いやはや‥‥‥もしかして俺の部屋だって留守中に忍び込まれてた可能性。


 ヤダッ、コワー‥‥‥



 この部屋には盗られる心配しなきゃいけないような高価なものは、無い。俺は現ナマ管理は完璧なんで、被害も無い。



 されど世の中、結構現金管理にいい加減な人は多いんだな、これが。


 管理能力の薄い人は全く気がつかない。現金が減っていても気のせいだとか、思い違いだってことで済ませるから。


 俺らは盗みそのものより、いい狩り場を見つけるのに一番苦労する。



 ほどなく犯人たちは捕まった。さすが街中に監視カメラが増えて来ただけのことはあるね。



 大家のおばあさん殺しの真相は報道によれば───



 俺が睡眠を妨害されてた、死体発見の前日土曜日の昼前の時間、犯人の女の方が、おしゃべりで大家さんを外に繋ぎ止めている間に、男が自分の部屋のユニットバスの天井裏伝って、同じように隣の部屋のユニットバスの天井外して盗みに入っていたそうなんだけど、大家さんが急にトイレに行きたいって部屋に急に戻ったもんだから、おばあさんは男と鉢合わせしてしまった。


 本当にビックリした時とか、恐ろしい時って人によっては、咄嗟に声さえ出せないんだろう。おばあさんの危機は誰にも知られることは無かったんだ。


 男は顔を見られたもんだから焦って咄嗟に置き時計で頭を叩いたら、おばあさんは気を失ったそうだ。そこに母親役の女が来た。二人は即座に逃げることに決めた。女はすぐに玄関ドアから102へ戻った。


 男は、おばあさんの部屋の玄関ドアのカギを内側から閉め、またユニットバスの天井から隣の自分の部屋に戻って、二人は、慌てて荷造りしてそれぞれ別方面に逃走した。


 首をコードで締めたことは否認してるらしいけど、認めたら罪が重くなるからだろうね。



 そして翌日の朝に死体となって嫁に発見された。


 根津見さん母役の女は、巧みな話術でおばあさんを部屋の外に引き留めつつ、懐事情やお金の置場所を探っていたのだろう。



 人って多面体だよな。他人のことなんて結局ほんの一面しか見られないし、わからないんだ。


 でもさ、根津見さんたち、自分の住んでるテリトリー荒らすって俺には理解出来ない。


 しかも顔見られて殺っちまうって───



 はー‥‥‥


 人の振り見て自分の未来を予測。


 俺、自分は小心者だって知ってる。


 まさか俺も───‥‥‥



 これは俺にそろそろ真っ当に生きろって、警告かもな‥‥‥



 2連で事件を引き寄せたのもどうよ?


 2度ある事は3度あるんだっけ? 俺、ヤバくね?


 あ~あ、俺まだ引っ越して来たばかりだったのに、また引っ越しかよ?



 やれやれ‥‥‥このアパートの1階は俺が越したら無人だよ。


 2階の人たちだって、怖いだろうし引っ越すかもな。マスコミやら冷やかしで来るDQNもいてウザいし。



 さて、もう寝よう。



 夜、電気を消して布団の中。すぐ横の薄い壁からボソボソと聞こえて来た会話。



 根津見さんがいた102号室に誰かいる! 空室のはずなのに。



 ‥‥あれ? これは大家の息子と嫁の声‥‥‥?



 1階に入居は最早俺だけだから、余計にいつもよりよく聞こえる。



「‥‥上手くいったわね、あなた」


「よくやった、マリ。救急車を呼ぶ前に俺に知らせたのはいい判断だった」


「驚いたわ。土曜日の午前中、私たちの本宅にお義母さん宛にお漬け物が届いたから、アパートのお部屋に届けようと思ったの。でも、相変わらず根津見さんの奥さんと外で長話してたから。どうせ私の悪口言ってるだろうし、割り込んで行くのも気まずいし、お話が尽きた頃お届けしようと思って庭のチェアに座って待ってたの」


「事件が起こる直前のことだね」


「ええ、そうよ。二人のおしゃべりの声も聞こえなくなったから、そろそろかと思ってそっと窺って見たら、根津見さん親子が大きなスーツケースをガラガラさせて出て行くじゃない。旅行にでも行くのかと思ったわ」


「そしてマリが、まさにこの場で倒れた母さんと、血がついて転がった置き時計を見て、狼狽して俺に電話をかけて来たってわけだ。そして俺が駆けつけて‥‥‥」


「でも、怖かったわ‥‥‥義母さんはまだ息があったのに、あなたったら‥‥‥」


「ククッ‥‥上手く行ったな。翌日の日曜日の朝、マリが死んだ母さんを発見した振り」


「うふふ‥‥‥根津見さんたちが罪を全て引き受けてくれたわね」


「いいさ、どうせ小悪党だったんだし自業自得だろ。母さんも実の息子の願いなんだから許してくれるさ。母さんは派手好きだったから、最期の親孝行で葬式は盛大に弔ってやろう」


「そうね、呪われても困るし、早く成仏してもらいたいわ」


「本当に頑固な人だった。こんなボロアパート、ボランティア家賃で儲かりもしないのに。早く更地にして建て替えるか売ってしまえばよかったんだ。母さんは反対して、意地になって自らこのボロアパートに住んで離れなかったからね。父さんとの思い出の場所だからって」


「残った4軒の入居者たちには、二、三十万見舞金を出せば、きっとすぐにみんな出て行ってくれるわ」


「それも懐が痛いけど仕方がないね」




 暖かい布団の中で、逆に体が冷えて行く。



 へぇ‥‥真犯人って─────


 コワッ‥‥‥

  

 

 俺は2か月後、金受け取って、黙って退去した。


 再び、事件を引き寄せぬことを祈りつつ‥‥‥




                                おしまい


 


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