大家さん殺人事件《またもや事件が!》前編
訳あって隣町から引っ越して来て早、ひと月が経った。
この街も以前住んでいた場所と似たようなところ。アパート、マンション、一軒家がごちゃごちゃ詰まった住宅街だ。
新たな棲みかも前のアパート同様、6畳と形ばかりのミニキッチン、ユニットバス付きで、俺ひとりで住むには十分な部屋だ。
2階建ての全6戸というのも同じで、またもや101号室というのも同じになった。
さーて、今日も仕事に出掛けるとすっか。下見が重要な俺の仕事。
玄関のドアを開けると、ちょうど隣の人がゴミ出しに出てて、出くわした。
お隣の根津見さん。60代くらい?の女の人だ。102号室で、息子さんと二人で住んでるとか言ってた。
「おはようございます。今日はいいお天気ですね。行って来ます」
「おはようございます、小池さん。お気をつけてね。行ってらっしゃーい」
俺は笑顔で会釈して駅へ向かった。
ふくよかでいつも笑顔の人当たりのよい人だ。
引っ越しの挨拶でチラッと話した時に知ったんだけど、この根津見さんの母親の方はパートの仕事をしているそうだ。息子の方は何してるか知んないけど、ずっと家にいるっぽい。在宅で仕事しているのかも知れない。ベランダで洗濯物を干しているのを見かけたことがある。30代くらいの小柄な男性。
その向こうの103には、おばあさんがひとりで住んでいる。
このおばあさんは、アパートの大家さんの井手さん。アパートのすぐ隣にある高い塀に囲まれた立派なお屋敷は、おばあさんの家族が住んでいる。
息子夫婦と中学生と高校生の孫が住んでるって、聞いてもないのに大家のおばあさんは話して来た。おじいさんは既に他界してるそうだ。
あんな大きな家がありながら、こんな小さなアパートの一室にひとりで住むなんて、お察しの家族関係だよなー。
嫁姑問題かも知んないね。
この大家さん、確かに強烈な個性の持ち主だし。足は少し悪いようだけど、その他は至ってお元気そう。おばあさんなのにメイクもケバくて洋服も派手好き。
ついでに話し好きで、うっかり彼女に捕まると、延々噂話と昔の自慢話を聞かされてしまうから、俺はなるべく顔を会わさないように警戒して自分の部屋に出入りしてる。
一応、大家さんだから、むげにも出来ないって。
お隣の根津見さんは大家さんとは仲良くしてる。
この二人はもしかして年もそこまでは離れていないのかも知れない。帰宅時、何度かアパート前の道路の隅っこで井戸端会議してんのを見掛けたし、部屋にいると、玄関先の通路でのおしゃべりが聞こえて来ることもしばしば。
帰宅時に手前の道で二人の声が聞こえると、俺は携帯を耳に当てて、通話してるふりをする。カギは事前に右手に用意し、会釈だけしてささっと部屋に入ることにしてる。
話かけられたら時間のムダだし、二人で俺のプライベートをここぞと探ろうとしてくるからな。ほんと、コワッ。
俺に興味持たれても困るし。
俺は表向きでピザ屋の配達のバイトをしているけど、本職は単独犯の空き巣だから。
あー、最近は単なる末端使い捨てバイトで強盗殺人という、この世で最も重い刑を課される罪を犯す人もいるくらいだからな、俺は全然マシな方だよ。人を傷つけることは無いし。
世間に流行ってる犯罪は、この世の歪みを映す鏡だから、詐欺やら、強盗で金持ちが狙われるってのは、世の中の不公平の表れでもある。ま、そういうことで。
***
一年で最も爽やかな気候の季節にも関わらず、人々が『5月病』という爽やかとは対局の気分に悩まされる頃、ゴールデンウィークが明けて最初の土曜日の昼下がり。
俺は疲れていて昼近くまで寝ていたが、大きな笑い声で目が覚めた。
大家である井手のおばあさんと根津見さんのお母さんの、玄関ドア前の通路でのおしゃべりによるものだ。
ったく。ついでに天井からもガサゴソ妙な音が響いて来るし、俺はすっかり目が覚めてしまった。
まさか、あれが井手のおばあさんの声を聞いた最期になるとはね───
次の日の日曜日の朝、おばあさんが部屋で亡くなっているのが発見された。
発見者は井手さんの奥さん。つまり亡くなった大家さんの息子さんの嫁だ。アパートの隣のお屋敷に住んでる。
彼女が朝ご飯用にと美味しい漬け物を届けに来て、返事もなくて合カギで入ったところ、部屋で仰向けに倒れていたらしい。
俺と言えば、その日の朝7時頃、気持ちよく寝てたのに女性の悲鳴が聞こえて目が覚めてしまって、二日連続の睡眠妨害にムカついて、そのまま布団に潜っていたんだけど、救急車の音がピポピポ聞こえて来て、それがどんどん大きくなって来て、アパートの目の前で停まったのでさすがに気になって起きた。
救急隊員が向かうのはどこの家かと思ったら、大家さんのおばあさんの部屋だったから驚いた。
密かに様子を窺っていたら、救急車は何も乗せずに帰って行った。まもなくパトカーがやって来た。
──ということは‥‥‥で、俺は察した。
多分、部屋で倒れてそのまま事切れてたんだ。年取るとそういうことだってあるだろうって思った。
外の通路では発見者の奥さんが、警察に事情を聞かれていて、所々雑音で消されてはいたけど、俺の部屋まで会話は聞こえてた。
そしたら、事件だってわかって背中がゾワゾワした。
大家のおばあさんは、頭を鈍器のような物で殴られて、首にはコードが巻かれていたようだ。
コッワ。
まさか、あの嫁が犯人なのか? 第一発見者って犯人率高くね?
大家のおばあさんは嫁についての罵詈雑言を根津見さんに話していたのを俺は知ってる。一方の話だけ聞いてると、相当な犬猿の仲でひどい嫁のように聞こえてたけど、その嫁が、美味しい漬け物を朝食にと届けてくれてたなら、そこまで意地悪な嫁ではないような? や、これはただの後付けの言い訳で、実は衝動的に殺っちまったとか‥‥‥?
「隣の102は留守か。じゃこっちね、隅田くん。えっと、ここは‥‥101小池仁さんだね」
「はい、荒川警部」
頭ん中で下世話な推察をしてたら、ドアの向こうから声がして、俺の部屋のチャイムが鳴った。
「もしもーし、ご在宅でしょうか? 警察です」
コンコンッ
俺の部屋のドアが叩かれた。
ささっと髪を手櫛で撫で付けてから、薄くドアを開けて来客者を覗く。
「‥‥‥はい、何でしょうか? さっきから騒がしいですよね‥‥‥」
俺ったら盗み聞きしてた癖にこれじゃ白々しいよねぇ‥‥‥
「小池さんは、このアパートの大家さんで管理人である103にお住まいの井手さんをもちろんご存知ですよね? ええ、実はですね─────」
103で事件が起きたため、お話を聞かせて下さい云々、と警察は有無を言わせぬ圧をかけて来た。
げっ! 俺はこれの犯人じゃないけど、周章狼狽だよ。なんで引っ越し先でまたもや事件が来んのよ?
ほんと、こういうの関わりたくないんだけど。
これって俺の名前のせい?
俺の名前、『小池仁 (こいけ じん)』のアナグラム、『じ・け・ん、こ・い』なんて、俺は全く願ってはいない。
誰だよ? 俺にこんな名前つけたやつ。
チッ、俺には家族いないから、誰かに文句も言えねぇ。
後編へ続く




