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「いらっしゃいませ」


 人の気配がして、そう呼び声をかけるとそこにいたのはリアム様だった。

 まさかもう一度会うことがあるなんて思わなかった。

 驚いている私におすすめメニューを聞いて、それを注文した。


「美味しかった。また来るね」


 大した話をすることもなく、鶏の香草焼きと胡桃パン、野菜の煮込みスープを平らげ、金貨を一枚置いていく。


「リアム様!おつり!」

「明日の分も一緒に」


 お釣りを返そうとすると、彼はヒラヒラと手を振っていなくなってしまった。

 金貨一枚って……。

 強引にお釣りを返すこともできたのに、私はそのまま彼の背中を見送る。

 二年半ぶりに会ったリアム様はさらに男っぽくなっていた。

 男装の麗人と思っていた自分を殴りたいくらいだ。

 私は、私は女っぽくなっているのだろうか?

 おもわずいそいそと鏡を見て、一応女性に見えるのでほっとしてしまった。

 っていうかホッとするってなんだ?


 次の日も、その次の日もリアム様がきた。


「金貨の分は食べに来るよ」


 リアム様は人が少ない時間、お昼すぎに来られる。


「お仕事大丈夫なんですか?」


 リアム様は確か護衛騎士だったはず。こんなにふらふらしていた大丈夫なのか。


「大丈夫」

「そうですか」


 はっきり答えられたのでそれ以上聞けない。


「メルギアはすごいね。一人でお店を経営しているんだね」

「ええ。でも代理に過ぎないですから」


 この店は女将さんたちの生涯の宝だ。それを私は預からせてもらっている。

 私は一生このお店を守り続けるつもりだ。

 もしかしたら、息子さんのお子さんの誰かが調理人になりたいと思うかもしれないし。

 

「ねぇ。メルギア。私がお店を手伝ってあげようか。会計のこととかお手伝いできると思うよ」

「リアム様が?!必要ないですよ。恐れ多い!」


 確かに計算は苦手だ。文字を書くのも。女将さんたちに教えてもらったけど、苦手なものは苦手だ。


「私、来年無職になるんだ。家なしなんだよね。雇ってくれない?」

「はあ?」

「護衛騎士はやめて、伯爵家は私じゃなくて弟が継ぐんだ」

「ど、どうして」

「だって、女の私じゃ無理だろう?」

「り、リアム様が?!えっ」


 以前と違ってすっかり男らしいのに。

 え?女性?


「冗談だよ」

「ひどいですよ!」

「だって、君はずっと私が女だって思っていたんだろう?仕返しだ」

「それはそうですけど」


 リアム様はずるい。

 綺麗だったから、女だって勘違いしただけなのに。

 

「君が今男装しても、きっと男には見えないよ」

「あ、ありがとうございます」


 それは私にとって褒め言葉だ。 

 女に見えない自分があの頃は恥ずかしかった。今は違うけど。

 

「メルギア。来年、雇ってね」

「それは、私では決められません」

「大丈夫。スーザンさんには話を通している」

「え?知っているんですか」

「うん。調べたから」

「調べた?」

「そう。君のことを探したんだ。ずっとどうやって話しかけていいかわからなかった。君はピーターとすら連絡を取ろうとしなかったらしいじゃないか」


 ピーター。

 彼に幸せになってほしくて、邪魔になりたくなくて、お店をやめてから連絡をとっていない。

 

「ピーターは元気ですか?」

「元気だよ。結婚して子供もいる」

「そうですか」

「ショック?」

「なんでですか?」

「いや、なんでも」


 ピーターが結婚。

 よかったあ。

 これで心配事が減った。


「そうか。なら大丈夫か。メルギア。来年は住み込みで働く予定だからね」

「え?だって部屋は」

「スーザンさんがいいって言っていたよ。だからよろしくね」

「いや、あの」


 女将さん。

 なんで話してくれないんですか?

 リアム様が帰り、店を閉めてから女将さんへ手紙を書く。

 返事はすぐにきて、リアム様の言葉が正しいことがわかった。

 最後に、頑張ってって書かれていたけど、どういう意味だろう?

 

 リアム様は二日に一度のペースでまつば亭に来た。なんだかお客さんとも馴染んでる感じがするのはなぜだろう?

 そうして年が明け、リアム様は本当に引っ越してきた。

 伯爵家は本当にノア様がついでしまったらしい。

 いいのだろうか?

 よくない。

 けれどもリアム様は楽しそうに日々を過ごす。


「メルギア。様つけはよくないよ。だって私たちは同じ職場で働く同僚だよ」

「そ、そうですけど」

「お客さんも驚いていると思うよ」

「そうですけど」


 押し切られる形で、私はリアム様、いやリアムと呼ぶことになった。


「リアム。やっぱりおかしいと思うんですよ。あなたは貴族様。しかし騎士でしたよね。こんなことをやっているのはおかしい」

「こんなこと?楽しいのに」

「だって、あなたは貴族様ですよ?」

「実は、私は貴族じゃないんだな。弟が伯爵家を継いだので、私は平民になった」

「え?それじゃあ、どうして」

「私は君と過ごしたかったんだ。そのためにどうしたらいいか、考えた。その結果がこれだ」

「そんな、私のせいで」

「君のせいじゃない。私の選択だよ」


 リアムは口元を綻ばせる。

 貴族と平民じゃ違いが大きくすぎる。

 しかも私のせいで


「私は君を男爵家の養女にして、妻にするつもりだった。考えたら横暴じゃないか?だから、私は別の道を考えた」

「どうして、そんなに」

「まあ、愛かな。君が好き。愛している。そばにいたい。だから。でも大丈夫。お金のことは心配しないで。投資をいくつかしているから、その利息で結構稼げてるから」


 投資、利息。

 よくわからないけど。

 お金はあるみたい。

 でも、やっぱり私のせいだ。


「今から貴族に戻ることはできないんですか?」

「しようと思えばできるよ。でもやらない。いい?メルギア。これは私が決めたことだ。君のせいじゃない。本当に。貴族になろうと思えば、お金を使ってなることもできるんだ。だけどあえて私はしない。私がこの生活を選んだのは私の選択。君は何も考えなくていい」

「でも、あの」

「同僚として君のそばにいる。ずっと一緒だ。だめ?」

「だめじゃないです」

「なら、この話は終わり。さあ、夕食の仕込みをしなくきゃ。メルギア。ぼんやりしてると、スーザンさんに言いつけるよ」

「それはやめてください」


 リアムはスーザンさんとかなり仲がいいみたいだ。

 彼は楽しそうに野菜を洗う。嫌な顔などせず鼻歌を歌いながら。 

 だったらいいかな。

 私はその隣で、鶏の仕込みを始める。


 男装の麗人だと思った人は男性で、盛大な勘違いをしていた。

 私の隣にいるのは、綺麗だけど、男装の麗人ではなく、美しい男性だ。彼は、私に自信をつけさせてくれた恩人だ。こんなことになって本当にいいのかわからないけど、楽しそうな彼を見ていたら、いいのかなって思ってしまった。


(おしまい)




 





 

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