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「リアム様。メルギアの事ですが……」


 ピーターが辞めてニか月後。

 調理場に忘れ物をして戻ると調理長の声がした。 

 奥の方で話をしてるみたいだ。

 リアム様?

 私の事?

 立ち聞きは良くない。だけど気になってしまい、物陰に隠れて耳を澄ませる。


「テオ。私も何も考えていないわけじゃない。もしメルギアが私と同じ気持ちであれば、知り合いの男爵家の養子に入れて、妻にしたいと思っている」


 養子?男爵家?妻?

 リアム様は何を言っているんだ?


「そうですか。それなら。しかし嫌がらせはひどくなる一方です。早くメルギアに気持ちを伝えていただき、どうにかしてやってください」

「そうだね。メイドたちがここまで反応するとは思わなかったよ」

「当然です。リアム様は女どもの憧れなんですから」

「それは言い過ぎだ」


 どういうことだ?

 リアム様の気持ち?妻、だって、リアム様は女で。

 私は縫い付けられたようにその場を動けなかった。


「メルギア?」

「メルギア!」

「ど、どういう意味ですか?」


 話の内容が衝撃的で、盗み聞きしていたことがバレたことなど気にならなかった。


「話を聞いたんだな?」


 ドスの効いた声で調理長が聞くが、驚きが体を支配していて、何も感じなかった。


「テオ。ちょうどいい機会だ。私はメルギアと話をする。少しの間ここを借りてもいい?」

「はい。誰も入らないように見ておきます」


 調理長が裏口の扉の鍵をかけ、調理場から離れる。

 私はリアム様と二人っきりになってしまった。


「ちょうどいい、椅子がある。メルギア、座って」


 休憩用に置いてある椅子を指され、素直に従う。リアム様のその向かいの椅子に腰をかけた。


「さて、雰囲気もまったくないんだけど、誤解を生みそうなので今話すね。私は、君が好きだ。妻にしたいと思うくらい君のことを想っている」

「つ、妻?」

「そう。君は私のことをどう想っている?」

「ど、どうって」


 ど、どういうこと?

 って、リアム様は女性で。

 私はじっとリアム様を見つめる。

 初めて会ったのは二年前。

 綺麗な人、完璧な男装の麗人だと思った。

 だけど……。

 あの時より背が高く見える。顔も……綺麗だけど、男性に見える。喉ぼとけもあった。

 り、リアム様は女じゃなかった。

 男だったんだ。

 多分何度か気がつく機会はあったはずだ。特に喉。喉をみれば一目瞭然なのに。


「メルギア」


 私を呼ぶ声はとても甘い。

 いや、でも。リアム様は伯爵家を継ぐ方。のちのちは伯爵になる。そんな彼の妻なんて、絶対無理だ。


「私のこと好きか、聞かせてもらえる?」


 リアム様が立ち上がり、座っている私のすぐ近くで聞いてくる。初めて聞いた時は男性にして高すぎると思ったけど、そうでもない。彼の声で私の心臓は破裂しそうだ。


「む、無理です。無理。だって私、リアム様のこと、ずっと女性だと思ったんです!」

「え?」


 リアム様が目を剥いて、呆然としていた。

 ……ごめんなさい。

 私は立ち上がると彼の前から逃げ出す。

 走ってきた私を調理長は止めなかった。そのまま、私は自分の部屋に駆け込む。同室のメイドは私に唯一意地悪しない優しい人だ。今日は遅番だったため、まだ部屋にもどってなかった。着替えを済ませると私はベッドに潜りこんだ。

 頭に浮かぶのは近くで見たリアム様の顔と、その声。私を内部から溶かそうとするような甘い声。

 だめだ。だめだ。

 リアム様はなにか勘違いをされている。

 その日から、私はおかしいくらいリアム様に会わなかった。ほっとした反面、悲しかった。

 リアム様は、私を、俺を女の子として扱ってくれた最初の人で、女の子にしてくれた恩人だ。自信をもつきっかけをくれた方だ。 

 きっとリアム様は、私が彼をずっと女だと思っていたことに、ショックを受けているんだ。

 それはそうだよな。

 本当に申し訳ない。

 

 ピーターに誘われて断ったけど、今なら外で働くのも悪くない。

 リアム様は立派な男性だ。その身分に見合った立派な令嬢と結婚すべきだ。

 私みたいな者に足元を掬われている場合じゃない。

 ピーターの連絡先は聞いている。 

 遅すぎるかもしれないけど、聞いてみよう。


 私はピーターに連絡をとって、彼の職場で働かせてもらうことになった。

 調理長に辞めることを伝えると、残念そうな顔をされたけど、受け入れてもらった。リアム様に会いたいかと聞かれ、首を横に振った。これ以上煩わせたくなかった。

 新しい調理見習いが来て仕事を教え、一ヶ月後、私は二年半お世話になったハッシュワード家を出て行った。

 


 ☆


 ピーターの職場の食堂で、半年働いた後、私は別の職場に移った。

 理由は二つ。

 調理人の数はもう十分で、ピーターが多分無理を言って私を雇ってもらっていたこと

 二つ目は食堂の給仕の女の子が彼のことを好きみたいで、邪魔をしたくなかったこと

 自惚れかもしれない。だけど、ピーターは私に以前結婚を申し込んだ。もしかしたらまだ私のことを……。彼の態度は変わらないけど。

 もう誰の邪魔もしたくなくて、住み込みで雇ってもらえるところを見つけた。


「メルギアちゃん。こんな小さい食堂に来てもらってありがとう」

「娘ができたみたいで嬉しいぞ」


 新しい職場は、老夫婦が経営している食堂「まつば亭」だ。

 お子さんは息子さんだけ。騎士になりたいと努力して、なんと王都に出かけ、騎士見習いになったみたいだ。時折手紙が来て近況を知らせてくれるらしい。二人から息子さんの話をたくさん聞いていて、いつか会ってみたいと思う。きっといい人だろう。

 女将さんとご亭主さんは、田舎の両親を思い出させた。だから届くかわからないけど手紙を出してみた。そしたら返事がきて今度会いにくるそうだ。女将さんたちに話したら、部屋に泊めてもいいと言われてほっとした。

 三年ぶりにあった両親はすっかり老いていた。

 私の変わりぶりはすごかったらしい。

 村に戻ってこないかと誘われたが、断った。

 両親が帰った後、女将さんたちが心配そうにしていて、聞いてみると私が村に帰ると思ったようだ。そんなことはないと答えると嬉しそうに笑った。

 人に必要とされることは嬉しい。

 村にいた時は違ったから。

 ハッシュワード家では必要としてもらったけど、リアム様の邪魔にはなりたくない。あと皆さんの邪魔にも。身分を弁えるべきだ。

 

 一年後、女将さんたちの息子さんが帰ってきた。無事一人前の騎士になったから休暇が取れるようになったらしい。戻ってきたのは一人じゃなくて、女性も一緒だった。どうやら婚約者らしい。女将さんたちは何も聞いてなかったらしくて、ちょっと怒っていたけど、婚約者の方がとてもいい人でその怒りもすぐに解けてしまったようだ。

 二年後「まつば亭」のメニューを全部覚え、お客さんたちからもご亭主の味と同じだと太鼓判を押されるようになってから、女将さんたちから店のことで話があった。

 それは女将さんたちが王都に引っ越しするので、「まつば亭」の経営をお願いできなかという相談だった。私はすぐに承諾して、女将さんたちは一ヶ月後に王都に旅立って行った。

 一人になった私は急に寂しくなったけど、一人でやることは多くて、疲れが上回って寂しいという気持ちはなくなっていった。

 

 そんなある日、ふらっとリアム様がこられた。

 ちょうどお昼すぎ、人が少ない時間だった。

 偶然通りかかったということだった。




 



 

 


 

 

 







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