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ハッシュワード家はどうやら、王家に連なる家柄らしい。
三代前のハッシュワード家に前々王の王妹様が降嫁した。その王妹様のために、与えられたお城。
それがハッシュワード家のお屋敷。
俺みたいな奴が入ってもいいのかと躊躇していたけど、リアム様に急かされて門を潜る。
服も比較的小綺麗なものを選んで身につけてきたけど、単なる村人なので、なんていうか、周りの人の視線が痛い。
そんな中、リアム様は使用人の長みたいな人を呼んでくれて、「まかせる」と言っていなくなってしまった。
「あ、あの初めまして。メルギアです」
「ああ、アッサム斡旋所の紹介だね。確か調理見習いだったかな。ついてきなさい」
リアム様が呼んでくださった方は、使用人の長、違った家令という立場の方で、名前はゲイル。ゲイル様はメガネをかけていて、その奥の瞳がちょっと厳しそうだったけど、ゆっくりとした歩調で調理場に俺を案内してくれた。
そこで俺は、リアム様曰く、厳しけど、優しい調理長のテオ様を紹介してもらった。
「様なんて呼ぶんじゃねーぞ。調理長と呼べ」
「はい」
家令のゲイル様が用が済んだとばかり、調理場から姿を消して、後は調理長によって、一緒に働く仲間を紹介してもらった。
昼食後だったので、忙しさはひと段落して、調理人たちは多くは休憩をとっていた。見習い期間は二年。俺の他に見習いはいない。それで調理人の中で一番若いピーターが俺に色々教えてくれることになった。
ピーターはおしゃべり好きで色々なことを教えてくれた。
で一番聞きたかったこと、リアム様のことも。
リアム様はなんと王子の護衛騎士らしい。昨日は街で誰かに会う予定だったので、悪人面に絡まれた俺をその帰りに拾ってくれたらしい。拾ってくれた、はちょっと違うけど。
っていうかあの物語通りなんだな。
護衛騎士。
「リアム様はもう十八歳。そろそろお相手を見つけないといけないんだけど、色々大変そうだぜ。俺たちとしては、あまり威張りちらさない奥方様を見つけて欲しいとこだ」
奥方様。
そうか、使用人にも性別は教えてないのか。
もしかして偽装結婚とかするのか?
それはそれでかわいそうだな。
物語みたいに、王子と結ばれて幸せになればいいのに。
「ノア様がいるからって、本人も結婚する気がないみたいだしな。どっちにしてもノア様ものちのち奥方様を迎えることになるから一緒だけどなあ。今の奥様のような優しい方を迎えてほしい」
このお城にきて三日がたった。
最初、リアム様が連れてきた、ってこともあって胡散臭そうに見られてしまったが、俺がリアム様に助けれたこと、アッサム斡旋所からの紹介ってこともあって、みんな優しくしてくれた。
村で散々口が悪いとか、生意気っていわれたきたので、ここではできるだけ大人しくしている。ここで働いている人たちは十年とか二十年とか古株が多い。
まだ話したことないけど、侍女長のソフィア様は五十歳で未婚らしい。ちなみに調理長も未婚だ。だから、俺は結婚しなくても後ろ指をさされることなく、ここで働いていけそうと嬉しい。
ちなみにピーターは結婚願望ありあり、しかも職場結婚を狙っているようで、いつもメイドのことを話している。ハッシュワード家の使用人は、上から執事、家令、侍女長、調理長、庭師長、馬丁長、従者に侍女、メイド、調理人、庭師、馬丁、調理見習いがいる。見習いがいるの調理場、俺だけだ。離職する者が少なくて、新参ものは俺だけだ。
風当たりは今のところ悪くはない。
俺は調理場でひたすら皿洗い、野菜の下拵えを手伝いながら、調理人の仕事を観察している。ピーターはハッシュワード家に十年勤めているけど、それでも若手の方。だから、文句を言いながら調理以外にも俺と一緒に皿洗いとかしている。
俺が今回雇われたのは、六十歳を迎えた調理人が辞めたからだ。なんでも息子夫婦と一緒に暮らすことにしたらしい。ピーターはそれまでずっと下っ端だったから、俺がくるのが凄く嬉しかったみたいだ。
そうしてハッシュワード家で暮らして三ヶ月をすぎた。
リアム様とは最初の日に話した以来、姿を見かけるだけ。
まあ、見習いの俺が話しかけていいような相手じゃないし、俺は遠目から完璧な男装麗人を眺めていた。