ある丘のアイス屋さん【ビタミンカラー】
こちらは【ビタミンカラー祭】企画参加作品です。
そろそろ夏が近づいたある日の昼過ぎ。
カラァーーーン!
カラァーーーン!
「橙のクマ~は、オレンジ~♪ 緑のウサギ~は、メロン~♪ 黄色いネコ~は、パイナップル~♪」
町の中心からはなれた丘の方から、鐘の音ととても奇妙な歌声が響いてきた。
カラァーーーン!
カラァーーーン!
「ピンクのアヒル~は、ストロベリ~♪ 白いペンギン~は、マスカット~♪ ………………橙のクマ~は、オレンジ~♪ 緑のウサギ~は…………♪」
どうやら『橙のクマ』から『白いペンギン』までがひとつの歌のようだ。
カラァーーーン!
カラァーーーン!
「橙のクマ~は、オレンジ~♪ 緑のウサギ~は、メロン~♪ 黄色いネコ~は、パイナップル~♪」
ガラガラガラガラ……
丘に現れたのは、人が一人入れそうな浴槽くらいの荷車で、それを黄色い麦わらぼうしを被った小さな老人が引っ張っていた。
丸い眼鏡を掛けたしわくちゃ顔が、丘のてっぺんまで来ると穏やかに微笑む。
「ふぅ~……やれやれ、今年も暑くなりそうだ……」
彼は荷車を固定し、その上に屋根を組み立て始めた。
あっという間にただの荷車は屋台になる。
その屋台の屋根には大きな看板があって
『アイスのどうぶつえん』
と書かれていた。
この老人は毎年、この時期になるとこの丘へやって来るアイスキャンディー屋である。
カラァーーーン!
カラァーーーン!
「橙のクマ~は、オレンジ~♪ 緑のウサギ~は、メロン~♪ 黄色いネコ~は、パイナップル~♪ ピンクのアヒル~は、ストロベリ~♪ 白いペンギンは、マスカット~♪」
再び、あの奇妙な歌が丘から響く。
そこから、彼は鐘をならしながら十分歌っては三分休憩を繰り返した。
すると、一時間もしないうちに町が見える側の丘への小路を、数人の子供たちが駆け上がって来るのが見えた。
「おじいちゃ~ん!!」
「やったぁ! いちばんのりだ!!」
「『アイスのじいちゃん』! アイスちょうだ~いっ!」
「やぁ、いらっしゃい。今年も来たよ、みんな元気だったかい?」
子供たちはおおはしゃぎで、この通称『アイスのじいちゃん』の元へ走り寄っていく。
「僕、クマ!」
「ネコちょうだい!」
「あたしはウサギ!」
「うんうん、今出すからちょっとお待ち」
老人は荷車の真上についているガラスの窓を開ける。
そこから拳大の『棒付きの氷』を三本取り出すと、フア~と白い冷気が周りに落ちていった。
「どれ……『橙』『黄色』『緑』じゃな……」
『棒付きの氷』を片手で持ち、もう片方の手には小さな金づち。
「橙のクマ~♪」
コツンッ!
「黄色いネコ~♪」
コツンッ!
「緑のウサギ~♪」
コツンッ!
氷をひとつひとつ、歌に併せて金づちで軽く叩く。
パキィンッ!
「「「わぁあっ!!」」」
子供たちの歓声があがる。
叩かれた氷が砕け、その下に『橙のクマ』『黄色いネコ』『緑のウサギ』のアイスキャンディーが現れたのだ。
「はい、どうぞ。お代はこちらに入れてね」
それぞれ希望のアイスキャンディーを受け取った子供たちは、丘の上の好きな場所まで移動して食べ始めた。
老人がそれを見ているうちに、丘の小路から別の子供たちが駆け上がってくるのだった。
・~・~・~・~・~・~・~・~
夕方が近付くにつれ、アイス屋に訪れる子供たちは少なくなっていく。
空の色がすっかり濃いオレンジになった頃、丘の上にはアイス屋の老人一人が立っていた。
「…………うん、残りは一つか」
屋台のガラスケースを覗くと、アイスキャンディーの素となる棒の付いた氷は一本だけになっている。
『あら? じゃあ店じまいするの?』
ガラスケースから冷気の塊が飛び出す。
それは老人の麦わら帽子の上で伸びたり縮んだりすると、フワリと小さな羽の生えた人間になった。
昨今では珍しい【小妖精】である。
姿はか細く、とても整った顔の少女のようだった。
「店は開けておくよ。まだ一人、お客さんが来る予定だからな」
『本当に? もう夕方だけど、こんな時間に誰が…………』
ピクシーが呟くように言うと、老人は遠くの丘を指差した。
「ここ三年ほど毎年、来ているだろう。ほら、あっちの丘の上の伯爵家の…………あの子、わしの歌が聞こえた時にすぐにこちらへ来ようとしていた」
町を挟んで向かい側の丘に立派な屋敷が建っている。それはここに古くから住む【魔神族】の貴族の屋敷だ。
『まだ来てないし、だいぶ時間が経ったわ』
「来ようとはしていたが、屋敷の入り口で買い物帰りの妹に捕まって、馬車いっぱいの荷物を運ばせられていたな。その後も玄関前の掃除をさせられて、少し前に終わったところだ」
『確かに玄関はキレイになっているわ…………きっと今頃へとへとよ。そんな【魔神族】のお嬢様が、本当にこっちの丘まで来るかしら?』
「いいや、あの子は来るさ。去年もその前も、遅くなっても来ていた。それなのに、ここでわしがいなかったらガッカリするだろう?」
この丘からだと屋敷も町も、人間は豆粒よりも小さく見える。しかし、老人とピクシーの会話からはまるで数十メートル先の出来事のようだ。
老人のやんわりとした頑固さに、ピクシーはとても小さなため息をついた。
『仕方ないわね。でも、太陽が沈んだら閉店よ。私とあなたの“氷と色の魔法”は光がなくなったら使えないもの。アイスが売れないアイス屋なんて、もっとガッカリされるわ!』
「大丈夫だよ。ああ、ほら。足音が聞こえてきた」
町から伸びる小路。
「おじいちゃーんっ!! ア、アイス! アイス買いにきたよーっ!!」
白いワンピースを着た少女が息を切らせながら慌てて走ってくる。
「はは……間に合ったな、ギリギリセーフ。一つでいいかい?」
「うん!」
『まったく……この時間じゃ、“橙のクマ”しか売らないわよ?』
「いいわ。最初の日はクマって決めてたから!」
頬を膨らませるピクシーに少女はにっこりと笑った。
「橙のクマ~♪」
コツンッ!
老人が歌いながら、棒の付いた氷を金づちで叩く。
「ほら『橙のクマ』だ」
「ありがとう!」
少女はお代を老人に渡しアイスを受け取ると、近くの草の上に座ってアイスを眺めた。
「夕陽と同じ色ね!」
『本当は果物の色なんだけど……私としてはこの時期、緑のウサギもオススメよ!』
「じゃあ、明日は緑にするわね!」
ピクシーと笑い合いながら夕陽色のアイスを頬張る少女に、老人は嬉しそうに目を細める。
“橙のクマ~♪ 緑のウサギ~♪”
老人の呼び込みのための歌には魔力が込められ、町の隅々まで行き届く歌声は『心のキレイな子供』にしか聞こえないようになっている。
歌を聴いてアイスを食べにきた子供には、良いことが起きるように氷にささやかな魔法を掛けてあった。
『このアイスを食べたら明日は良いことがあるのよ!』
「やったぁ!」
『ずっと食べ続ければ、雪が積もるように幸運が重なっていくの!』
「本当に!? すごい!! 絶対毎日来る!!」
商売上手のピクシーの言葉に、少女は目をキラキラさせている。素直な彼女は毎年、こうして通ってくるのだ。
「幸福をもらっているのは、わしたちだなぁ……」
この時期この土地へ老人とピクシーが来るのは、こんな子供に会えるからだ。
昼間に吹いた夏の風が、夕方の丘で心地よく吹いた。
・~・~・~・~・~・~・~・~
「おじいちゃん、バイバイまた明日ね!」
「気をつけてお帰り」
だいぶ遅くなったということで、ピクシーが魔法で少女を屋敷まで送り届けることになった。ここから向かい側の丘へ子供一人で帰るのは危ない。
魔法の光が一瞬強く煌めいて消えると、丘にはポツンと老人だけが残った。
すでに陽が沈み夜空となっているので、被っていた麦わら帽子を取る。すると、真っ白な髪の毛としゅっと横に長い耳が顕になった。
アイス屋の老人は【精霊族】に属する『水のエルフ』だ。
昔は【精霊族】の国の、大きな古い図書館で働いていたこともあるが、同い年だった館長と共に引退した。
今では一年中、暑い地域に足を運び、長年連れ添っているピクシーと『魔法の氷』で作ったアイスキャンディーを売るのを趣味にして暮らしている。
その生活をもう、五十年は続けているだろうか。
見通しの良いこの丘に来ると、恐ろしく耳と目が発達した彼は、町の全体と向かい側の丘の屋敷まで簡単に見たり聞いたりすることができた。
そしてここ三年、アイス屋が丘の上へ来る間にある少女がほぼ毎日通っている。そんな彼女を老人はこの丘からよく見ていた。
町の伯爵家の令嬢であり、毎日アイスキャンディーを買えるくらいのお小遣いはもらっているみたいだが、どうやら家族の愛には恵まれてはいない。
伯爵令嬢であるのに、着ている服はその辺の庶民の子供と差ほど変わらず、いつも朝から召し使いのように掃除や町の市場へお使いをさせられている。
両親と妹がめかし込んで馬車でパーティーへ向かっても、彼女はいつも置いてきぼりを食らって屋敷の庭で独りで遊んでいたのだ。
家族の愛情が希薄である原因は、彼女が『何もない人間』だからだろう。
この町の住民はほとんどが【魔神族】か【獣人族】だ。
見た目の特徴は耳が長かったり、頭に角や背中に羽があったり、獣の耳や尾がついていること。
彼女の実家である伯爵家は、この町では古くから続く【魔神族】の家系だ。
しかし彼女には【魔神族】である特徴が一つも見当たらない。角や羽も無ければ、耳も短く丸いだけ。
こういった人間はどの種族にも生まれるが、ほとんどは差別の対象となり幸福とは言えない人生を歩むことが多かった。
…………いつも、わしの『魔法の歌』を聞いて来てくれる。こんな良い子がなんとも不憫だ。
『いつか妹にもここのアイスを食べてもらいたいの!』
『そうかい。いつでも連れておいで』
老人は少女とそんな会話を交わしたことがある。
彼女の妹は両親、特に父親の血を濃く引いた典型的な【魔神族】の貴族の子供だ。プライドが高く、姉である少女のことも『何もない人間』として下に見るような態度をとっている。
…………本人に歌が聴こえなくても、聴こえた子供に連れて来られればその子供にも恵みを与えるが…………おそらく、あの子の妹が来ることはないだろう。
老人が物思いに耽って向かい側の丘を見詰めていると、そこから小さな光がこちらに向かってきた。
『ただいま~♪』
「おかえり。ちゃんと送ってあげたようだな」
『うん。バッチリ!』
「じゃあ、わしたちも帰ろうか」
『そうね! 明日も頑張ろーう!』
帰ってきたピクシーは荷台を引く老人の肩に座る。
「……………………」
カラカラカラカラ……
軽くなった荷台が丘の小路を下っていく。
『きっと大丈夫よ』
「うん?」
『あの子が貯めた幸福は、いつかあの子のために花が咲くものよ』
「…………そう。そうだといいが」
『私たちは一生懸命、アイスを売りに来ましょう!』
「ははは、張り切っているなぁ」
『当然!』
カラカラカラカラ……
また明日、たった一人でも来てくれるお客さんのために、彼らは荷台にいっぱいの氷を入れてこの丘へやって来る。
氷に温かい魔法を込めて。
イラストはビタミンカラーの黄色、緑、オレンジ使用。ビタミンです(強調)
お読みいただき、ありがとうございました。