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番外編② 逃げ場はない

 今日は学園は休みだ。

 私はレイヴィスとダグラスと共に、王立騎士団の本拠地である第一鍛練場の前までやってきた。


 ここで癒しの力を使い、治癒ポーションが必要なほどの怪我を負っている騎士団員を癒すことが本日の勤めである。


 それが終わったらすぐに第四鍛練場に行くつもりなので、私とレイヴィスは紺色の騎士服姿、ダグラスはいつものように黒い騎士服姿だ。


 隣を歩くレイヴィスを横目で窺うと、彼はすぐに視線に気づいて目元を和らげた。


「~~っ」


 恥ずかしくなってすぐに目を逸らしてしまった。

 人には言えないような、あんなことやそんなことを思い出してしまうからだ。


 レイヴィスからの凄まじい攻めにはいつもたじたじになってしまう。実に恥ずかしいが、一度逃げて傷つけてしまっているのでしっかり向き合っている。


 今日は久々に第一鍛練場に来たので、レイヴィスが一緒だと心強いという気持ちの方が大きい。

 敷地内に足を踏み入れると、休憩中の人たちだけでなく、集団で一斉に素振り中の人たちまでもがこちらに顔を向けた。


(うわー、めちゃくちゃ見られてる……)


 ただでさえ辺境伯家の騎士服は王立騎士団と色が違って目立つのだが、剣術大会の半月後ということもあり視線がいつも以上に痛い。

 私とレイヴィスは女子の部と男子の部でそれぞれ優勝したからだろう。


「想定はしてたけど、ここまで見られるのはさすがに嫌だね」

「同感です」


 鍛練場には数百人の騎士や騎士見習いがいるが、ほぼ全員から注目されている状態だ。

 以前ここに来たときのような余所者を珍しがって観察するような視線や悪意が込められた視線ではなく、好意的な視線だと思う。


 女の人の中にはレイヴィスを見つめながら頬を染めている人が多数いる。


 ただでさえ金色の髪に青紫色の瞳を持つ美少年なのに、見目麗しいだけでなく強さを兼ね備えていると周知された。

 その上優しくて頭もよくて何でもそつなくこなしてしまう有能ぶりまで知れ渡ったらどうなるのやら。


(あらためて考えるとレイって本当にすごいな……)


 完璧すぎる少年の隣に並ぶ自分が彼と同じように注目されているのが居たたまれなくなってきた。


「リア、大丈夫?」


 俯いていると心配そうに声をかけてくれたよ。気遣いまで兼ね備えているなんて、もはや神の域である。


「はい。大丈夫ですがさっさと帰りたいので手早く済ませますね」


 心配する必要はないと分かるように、顔を上げて明るい声で返事をした。

 卑屈になってはいけないと気持ちを切り替える。

 レイヴィスほどではないにしろ、私だって優勝者なのだから十分すごい。そして本当かどうかは定かではないが、ローズマリー様の話によると、私の実力はここにいる女性騎士たちより上らしい。


 堂々としていよう。平常心を保ちながら歩き、余裕アピールのために目が合った見知らぬ騎士の男性に微笑んでみせた。


「っっ……!」

「おい見たか? 微笑んでくれたぞ」

「今のオレにだよなッ!?」

「違ぇよ俺だっつーの」

「やっべぇ。マジ聖女様」


 微笑みかけた騎士とその周りにいた数人が、なせか興奮気味に声を上げた。すごく嬉しそうだ。

 聖女様という言葉は聞き捨てならないが、他所様の騎士と揉めるわけにはいかないので我慢する。


 剣術大会の優勝者はこんなにも評価されるものらしい。

 それは嬉しいが、鼻息荒く異様な熱気を発しながら盛り上がられるのは怖すぎるので、もう笑いかけないでおこう。


 さっさと帰るため早足で歩き、きっちり一列に並んで待つ怪我人たちの下に到着した。


「リアーナ様、ご足労いただきまして誠にありがとうございます。本日もよろしくお願いいたします」

「お待たせしました。では順に癒していきますね」


 副団長のモーリスさんと軽く言葉を交わしてから、怪我人たちに向き合う。

 初めてここに来た時は立って待っていた怪我人たちは、二回目からは座って待ってくれるようになった。


 ダグラスからモーリスさんに『座って待っていてほしい』と私の気持ちを伝えてもらい、聞き入れてもらえた結果だ。

 少し渋られたようだが、ダグラスが金色の瞳を鋭く光らせながら威圧してくれたので無事に了承していただけた。


 さてと、私は一番左端に座る怪我人の前に立ち、手のひらから癒しの光の玉を出した。

 ゆっくり歩きながら光をポイポイッと放ち、座った状態で治癒を待つ怪我人にぶつけていく。


 もう数回目ともなれば慣れたもので、あっという間に最後の一人まで癒し終えた。


 よし、帰ろう。


「では私はこれで失礼します」


 モーリスさんに挨拶をして、さっさと踵を返す。

 ダグラスとレイヴィスと三人で鍛練場の出口に向かって歩いていると、前方から見知った男女がやってきた。


 大きく手を振っているルーディさんと、その隣にいるのは剣術大会の決勝戦で私が戦ったルイーズさんだ。


「リアーナ様たちは今から第四鍛練場へ向かわれますよね? ぜひご一緒させてください」

「アタシも行っていいか! っと、じゃなくて、いいですか?」

「構いませんが、あなた方はここで騎士団の訓練に参加しているのでは……?」

「僕たちは今日は休みなんです。リアーナ様が来られると耳にしたものでお待ちしていました」

「そうでしたか」


 休みなのにわざわざここに来て待っていてくれたらしい。そんな人たちを突っぱねてしまうのは心苦しいな。

 鍛練の相手は多い方がいいし、断る理由もない。


「ねぇレイ、お二人も一緒でいいですよね」


 レイヴィスは反対しないだろうが、勝手に決めるわけにはいかないので隣に声をかけた。


「もちろん。お二人ともよろしくお願いします」


 いつもの爽やか笑顔で快諾してくれたレイヴィスは、二人に挨拶しながら一瞬だけルーディさんに殺気を飛ばした。ルーディさんはビクッとなり『ひうっ』と声を漏らした。


 前にも食堂でこんな光景を目にしたな。あの時は食事中に邪魔ばかり入ることに怒っているようだったが、今回はなぜだろうと理由を考える。


(レイってもしかしてルーディさんが苦手なのかな)


 ルーディさんは陽気で暑苦しくて少々ウザいが、基本的には優しくて良い人だ。

 剣術大会で彼と手合わせしたレイヴィスは、何だか生き生きとしてすごく楽しそうに見えた。

 だから二人は仲良くなったのだろうと勝手に思っていたが、そうではないのかもしれない。


「あの、もしかしてルーディさんのことが苦手ですか?」


 第四鍛練場に向かいながら、レイヴィスにだけ聞こえるように彼の耳元にコソッと小声で話しかけた。


「そんなことないよ。ルーディさんは気さくに話しかけてくれて優しい人だよね」

「ですがよく殺気を飛ばしていますよね。あまり交流したくないのでは……」

「つい反射的に飛ばしてしまうだけだから気にしないで」

「それを気にするなと言うのはさすがに無理があると思いますが」

「ふふっ、それもそうだね。だけど本当に嫌いとか苦手とか、そういうのじゃないから」

「……そうですか」


 意味ありげな含み笑いに曖昧な返事。もう聞かない方がよさそうだ。

 誰にだって言いたくないことはあるだろう。


「レイヴィス君、今日は素手で手合わせしてもらえるかい」

「いいですが手加減しませんよ?」

「もちろんだとも」


 後ろにいたルーディさんから陽気に話しかけられたレイヴィスはすんなり快諾した。

 その後は第四鍛練場に着くまで男子二人で楽しそうにお喋りしていた。パッと見はどこからどう見ても仲のよい男友達である。


(あれ? 普通に仲良しだな)


 この二人の関係性がよく分からないが、私が口を挟むことではないので黙って見守ることにする。


 第四鍛練場に着くと、レイヴィスとルーディさんはさっそく素手で手合わせを始めた。


 レイヴィスの方が格段に強いため、ルーディさんは顔面から地面を滑り、宙を舞い、地面にめり込みを繰り返している。


 レイヴィスはとても楽しそうだ。笑顔が可愛い。


 数十回目の回し蹴りを受けた後、ルーディさんはうつ伏せに倒れたまま起き上がらなくなった。

 右手をプルプルと上げて降参したところで、二人の手合わせが終わった。


「ちょっと癒してきますね」


 ルイーズさんと木剣で打ち合いをしていた私は一時中断を申し出て、ルーディさんに駆け寄った。


 派手にやられた割には打ち身と鼻血程度なのはさすがの頑丈さだが、すでに疲れきって動けないようなので、体の内側からしっかり癒すことにした。


 両膝をついてルーディさんの右手を両手で包み込み、癒しの光を送り込む。

 これで疲労感も消えたはずなので、また鍛練を再開できるだろう。


 まぁ再びレイヴィスにボコボコにされるだけだろうが。

 そう思いながらすぐ横に立つレイヴィスを見上げると、彼はなぜかまたルーディさんに殺気を飛ばした。


 レイヴィスはほんの一瞬だけ眉根を寄せて、不機嫌さを露にした。

 その表情から読み取れた感情を私は知っている気がする。


 少し前、彼とウィルフレッド殿下が親密だという噂を聞いた時、私が抱いたものだ。


(……あれ? もしかして……)


 思い起こせば、今までレイヴィスが殺気を飛ばしていたのはルーディさんが私に話しかけた時だった。


 それはつまり────


「独占欲……?」


 レイヴィスの顔を見ながら、考えがつい口から漏れ出た。


 私を誘うルーディさんに苛立ったり、私がルーディさんに触れることに嫌悪感を抱いてくれている?

 爽やかな笑顔の裏でレイヴィスが何を想っていたのか想像すると、胸の奥がキュッとなり、嬉しさと恥ずかしさで顔が熱くなってきた。


 レイヴィスはといえば、大きく目を見開いて口元を手で覆いながらプルプルと震えだした。


「すごい……まさかリアが気づいてくれる日が来るなんて……」


 何やら感動している。

 まさかと言いたいのはこちらの方だ。なぜ先ほどのたった一言で私の考えを理解してしまうのか。


「うわー……感動しすぎて耐えられない……耐えなくていいんだよね……?」


 レイヴィスは何やら小声でブツブツ呟きながら、ダグラスの方を向いた。


「見られない場所で少しの間リアーナといます」

「ほどほどにな」


 なぜこれで二人の会話が成立するのかといえば、もう同じようなやり取りを何度もしているからである。

 ほどほどと言うが、果たして本当にほどほどなのだろうか。

 些か疑問だが比較対象がないので分からない。


 私はレイヴィスに手を引かれて、皆から離れるように移動した。

 ここは野外で何の建物もない鍛練場。誰からも見えない場所は存在しない。


 どこまで行くつもりなのだろうと考えていたら、足元が軽く揺れ、地鳴りと共に地面が隆起した。


「わ、わわっ」


 何事かと驚いているうちに、私たち二人を囲んで高く聳え立つ土の壁が完成していた。


 狭い空間に二人きり。

 他の誰にも見られない場所をレイヴィス自ら作り出したのだと理解してすぐに唇を塞がれた。


 逃げ場は存在しない。

 そもそも逃げるつもりはないけれど、一歩後ずさることしかできないほど狭い空間で、まともに立っていられないほどの独占欲をたっぷり受けることになってしまった。


 土の壁が消えると、その場にへたり込んでしばらく動けなくなった。

 全く慣れる気がしない。これで本当にほどほどなのか?


 ルーディさんとルイーズさんが生暖かい目でこちらを見ている。

 全てを悟ったような顔は止めてほしいと心から思った。




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