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番外編① 避けられる

2024年11月1日~

竹書房さま「ガンマぷらす」にてコミカライズ連載(漫画:からあげたろう様)が始まりました。


こちらは連載開始記念に書いた番外編ですが、内容は本編最終話の続きになります。

①はレイヴィス視点、②はリアーナ視点です。



***


 王立学園に通う生徒は、家から通学することが困難な場合や希望者は学生寮に住むことができる。


 男子寮と女子寮に分かれていて、女子寮は男子禁制。

 つまり俺は、放課後になると逃げるように女子寮に帰ってしまったリアーナに会いに行けないということだ。


「さすがにやり過ぎちゃったか……」


 今朝のこと。

 俺はリアーナに想いを告げたついでに日頃から抱いていた欲望をさらけ出し、許しを得た上でキスをした。

 それから今日一日ずっと避けられてしまったわけで、朝以降リアーナの姿を見ていない。


 恥ずかしいから昼食は一緒に食べられないとダグラスさん経由で伝えられた。

 そして放課後は一緒に帰れないとダグラスさん経由で伝えられ、鍛練も行けないとダグラスさん経由で伝えられた。


 最初は可愛いなぁなんて楽観的に考えていたが、時間と共に冷静になると、自分がやり過ぎてしまったのだと嫌でも理解できる。


 勢いに任せてダメ元で欲望を伝えたらあっさり受け入れてもらえたからと、調子に乗った俺は愚か者だ。


 冷静に考えれば分かることだった。どんな要求だろうと、彼女は俺を傷つけまいと頑張って受け入れてくれるような子なのだと。


 容易に分かることだったのに、あの時は自分の感情を伝えることに精一杯で、あらゆることが我慢できなかった。


 俺を意識してくれるリアーナが可愛すぎて、受け入れてくれたことが嬉しすぎて。

 今までずっと我慢してきた反動で、理性の糸がプツンと切れた。

 もういいだろうと吹っ切れてしまったのだ。


 きちんと許可を取ったから彼女の意思にも当主様の命にも背いていない。

 だからやり過ぎてしまったわけで。


 ふと、唇を重ねた時のリアーナを思い出した。


 いつも鈴のなるような声で話しかけてくれる小さな口は柔らかく、薄紫色の瞳を潤ませながら『レイぃ……も、むりぃ……』と微かな声でお願いされて。

 可愛すぎるにも程がある。


「あの可愛さを前にして、むしろ俺はよく耐えた方では……?」


 不可抗力。さすがに仕方ないと思う。

 俺は頑張った方で、今日一日避けられても仕方ないほどの幸福を得たのだと感謝することにした。


 そして俺は翌日の朝もリアーナに避けられてしまったけれど、仕方ないと自分に言い聞かせる。

 彼女の気持ちが落ち着くまでゆっくり待とうと心に誓った。


 その日は結局丸一日避けられ、その翌日も避けられ、その翌日も…………






「…………死にそう」


 三日連続でリアーナの『おはようございます』が聞けていない俺は生ける屍となっていた。


 自席に座って机に突っ伏しながら、数日前の調子に乗った自分を脳内で繰り返し惨殺する。

 どれだけ屠ろうとも辛い現実は変わらないので気持ちは全く晴れない。


 生身でストレス発散するためにルーディさんに捌け口になってもらおうかと考えていたら、誰かが俺の肩にポンと手を置いた。


「やぁ、おはよう」


 机から起き上がって顔を上げると、今日も朝から無駄に輝きと美貌を振り撒くウィルフレッド殿下と目があった。

 無駄に眩しい。


「無駄とは失礼だね」


 心の声に反応しないでほしい。


「おはようございます。意味もなく触れないでいただけますか」

「ははは、つれないなぁ」

「はぁー……」


 いつものように軽く流されてしまい、あからさまに大きな溜め息を吐いた。


 リアーナのことを考えている時はあまり心を読まれたくないんだけど。

 俺が彼女に何をして何に悩んでいるのか全て筒抜けなのはさすがに恥ずかしい。


 ……いや、殿下の心証を気にする必要はないか。

 人のプライバシーに自ら進んで土足で踏み込んでくるような人からどう思われようと、今更どうでもいい。


 気にするだけ無駄なので、諦めてリアーナのことだけを考えよう。


「君は本当に……」


 呆れたようにボソリと聞こえたが気にしない。

 物言いたげな殿下を無視して考え事に集中していると、更に輝きを増したご尊顔が近づいてきた。

 この方はまたろくでもないことをするつもりだろう。


「君は私にとって特別な存在なんだ。だから君の全てを私は受け止めたい。どうかありのままをさらけ出してくれないか」


 殿下は俺の唇を人差し指でなぞると、無駄に色っぽい声で囁いた。まるで恋人を前にしているように。


 教室内は一瞬で熱気を帯び、聞こえてくる女生徒たちの歓喜の悲鳴。

 もう慣れすぎた。


 殿下の言葉を訳すとすれば、

 自分の能力を知る数少ない存在であり近衛騎士候補なのだから、遠慮せずに何でも相談してほしい。

 面白そうなことになってるのに、教えてくれないなんて水くさいじゃないか。

 などという意味だろう。


 それなのにわざと別の意味に解釈されそうな言い方には悪意しか感じない。

 いつもなら軽く文句を言うだけで済ませているが、今回は妙にイラッとする。

 今は本気で落ち込んでいるのだから、心を読むのではなく空気を読んでほしい。


「……すまない。悪ふざけが過ぎたようだね」


 俺の苛立ちが伝わったのだろう。殿下が気まずそうに謝ってきた。

 だけど今日ばかりは簡単に許せそうにない。

 王族にこんな感情を抱くことは不敬であり、せっかく寄せられていた殿下からの信頼は消えてしまうかもしれない。

 それでもリアーナと会えないことで自暴自棄になった俺は、仕返ししたいなぁ……などと考えてしまった。


 リアーナを頭に思い浮かべながら憂いを帯びた表情を作り出し、目の前のご尊顔を見つめる。

 目の前にいるのがリアーナだったら良いのに……なんて思ったら自然と涙が滲んでしまうが実に丁度いい。


「殿下……人前でこのようなことは、困ります」


 次にリアーナに会えるのはいつだろう。もう暫く会えないんじゃないかと思ったら絶望で目の前が真っ暗になった。悲しすぎて声が自然と震えてしまうが実に丁度いい。


「っ、二人きりの時だけでしたら、どのような申し付けにも従います……今はどうかお許しを」


 嘘は何一つ言っていない。

 人前で過度なスキンシップをされるのは本当に迷惑だが、誰の目にもつかないところでなら痛くも痒くもないので好きにしてくれて構わないという意味だ。


 言葉足らずなので、他の人たちは悪い意味に捉えるかもしれないが。

 案の定、教室内が再びざわついた。


「まぁ……! レイヴィス様は殿下から親密に触れ合うことを強要されていたということ……?」

「さすがに断れませんよね。ドキドキしますわ」

「権力で従わせる歪な愛……素敵」

「なんて背徳的なのかしら」


 同情の声が上がるかと思ったがそんなものは一切なく、違う方向に盛り上がっている。


 あぁ、もうなんだっていいや。

 今の俺にとっては、リアーナと会えないこと以外は些末なこと。

 殿下がほんの少し反省してくれたらいいなと思うだけで、後は好きにしてくれたらいい。


「君は本当に……」


 殿下がボソリと呟いたが、この時の俺は何も気にせずに潤んだ瞳で目の前のご尊顔を見つめ続けた。




 ***




 翌日。

 リアーナに会えない世界なんて滅べばいいと思いながら、いつものように朝の待ち合わせ場所に向かうと、ダグラスさんの後ろに人影があった。


 青みがかった銀色の髪が風に揺れ、朝の光を受けて輝いている。それだけでもう胸がいっぱいで目頭が熱くなる。


 ゆっくり近づくと、ダグラスさんの背中からおずおずと顔を出してこちらを見つめてくる薄紫色の瞳と目が合った。


「リア、おはよう」

「おはようございます……」


 ずいぶん小声で俺に挨拶を返しながら、彼女の視線は斜め下に移っていった。

 その後は全く目を合わせてくれず、沈黙が訪れた。


 リアーナは大きな背中から前に出てきてダグラスさんの隣に並んだ。うっすら頬を染めて、胸の前で組んだ両手を恥ずかしそうにモゾモゾと動かしている。

 可愛すぎる。ここ数日の辛い試練はこの可愛い仕草を見るためだったらしい。

 ようやく会えたことに感極まって、泣きそうになるのを堪えながら天を仰いだ。


「っ、どうしましたか?」

「ちょっといろいろ込み上げてきちゃって。大丈夫だから気にしないで」


 慌てて駆け寄ってきたリアーナに、袖で涙を拭いながら笑顔で答えた。

 彼女は眉尻を下げながら上目遣いで俺の顔を覗き込んだ。その表情には後悔の色が滲んでいる。


「ごめんなさい。ここ数日私が避けていたことで傷つけてしまいましたよね。レイのことが嫌いになったわけじゃなくて、恥ずかしくて顔を合わせられなかっただけなんです。いろいろと刺激が強すぎて、だからその」


 リアーナは俺を元気づけようと思ったのか、慌てて説明し始めた。

 避け続けていたことで俺を傷つけてしまったと勘違いしているようだ。


 彼女は恥ずかしくて逃げているのだと分かっていたから、傷ついてはいないんだけどな。

 会えない寂しさに死にかけてたけど。


 それにしても。

 必死になって俺を元気づけようとしてくれる健気さが可愛すぎて、感動してまた泣きそうになってきた。

 すでにちょっと泣いてる。


「っ、レイ、あの」


 何か言わなければと慌てるリアーナが可愛すぎる。生きてて良かった。


「本当に大丈夫だから気にしないで」


 今はもう幸福に満たされていて、生きとし生けるもの全てを慈しめるほどだ。

 この世の全てに感謝しながら正面玄関に向かって歩いていると、リアーナが俺の前に立ちふさがった。

 真剣な表情で両手をギュッと握りしめる様子から、勇気を出して何かを伝えようとしてくれているのだと窺える。


「っこの前みたいな、こと、嫌じゃありませんから」

「この前、って俺がやりすぎちゃったあの時のことかな」

「そう、です。嫌じゃないので断ったりしませんから、だからその……」


 リアーナは言い淀んで目を逸らす。すぐにまた視線を戻して真剣な瞳で俺を見つめた。


「だからですね、ウィルフレッド殿下とはもう何もしないでほしいんです……!」

「────は? 殿下と? 何を?」

「その、二人きりで触れ合ったり、親密なことを」

「親密……あー……」


 どうやら昨日の茶番から俺と殿下の噂が新たに生まれて、歪曲された状態でリアーナのクラスに広まっているらしい。


 もしかするとリアーナは、俺と殿下の関係がこれ以上深まらないように、今日は姿を現してくれたのかもしれない。


 喜んでいいのか微妙なところだ。

 嬉しいけれど危惧されたことが悲しすぎる。そんなことは可能性すらないと信じてほしかった。

 なんて落ち込んでいると、リアーナは俺の両手をギュッと掴んだ。


「……レイと親密なのは私だけにしてほしいので、だから……」


 恥ずかしそうにお願いされて、悲しさなんて一瞬で吹き飛んだ。

 何これ、可愛すぎるんだけど。

 リアーナからこんな言葉を聞けるなんて。生きてて良かった。


 もう殿下との関係をどう思われたかなんてどうでもよくなる。こんなに可愛くお願いされたことはきちんと叶えなければ。

 ほんの僅かな不安すら抱かないようになってもらおう。


 リアーナの気持ちが落ち着くまでゆっくり待たなくてもいいのだと解釈した俺は、これからは欲望に忠実に生きることにした。


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