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行き倒れの少年に出会いました

 兄が王都へと旅立ってから半年経ち、私は十一歳になった。


 私の聖なる加護の光の力は公にされていないため、王城に住まい、聖女として崇められることは回避できている。


 その代わりとして、定期的に教会を訪れて、癒しの力をどの程度使えるようになったか報告することになっている。


 今日は教会にいく日なので、護衛のダグラスと共に向かった。


 教会のあるハーヴィーの町は、エヴァンズ辺境伯領で一番大きな町だ。


 自然豊かなのどかな町であるが、大通りには店が多く建ち並んでいて、そこはいつも賑わっている。

 町の人達は、町外れの農場や織物工場などで働いている人が多い。

 

 道中、人気のない路地で道の端に大きなものが転がっているのが見えた。


(何だろう……?)


 警戒しながら近づいてみると、転がっているのは人間であった。

 金色の髪をした私と同い年くらいの少年。

 見たところ外傷はなさそうだけど、行き倒れだろうか。

 私は少年の近くでしゃがみこんだ。


「大丈夫ですか? 生きてますかー?」


 声をかけたが返事はない。

 小さく呼吸音が聞こえるから、生きているようだけど。


「うーん……もし空腹で倒れてるとしたら、私の力ではどうにもなりませんが……」


 考えたところで答えは出ないので、とりあえず癒しの光を当ててみることにした。

 どこが悪いのか分からないので、彼の体を満遍なく光で包み込む。


 そうすると、体の中から黒い靄が出てきた。

 靄はすぐに空気中に散って消えたけれど、予想外の出来事に驚いてしまった。


「え? 今の何? ダグラス、今の黒いものは何でしょう?」

「魔物が時おり体から出す瘴気に似ていたように思いますが」

「そうですか……」


 私はまだ、魔物を見たことがないけれど、瘴気と呼ばれる汚れた黒い靄を放つ獰猛な生き物だということは知っている。


 瘴気が人間の体から出てくるものなのかな。


(……よく分からんが、体に悪そうだからなくした方がいいよね)


 人体に有害であろう瘴気を全て出し尽くせるように、癒しの光を当て続けることにする。


 黒い靄は出ては消え、出ては消えと繰り返し、何も出なくなったころに少年は目を覚ました。


「良かった」


 金色の髪をした少年は、青紫色の綺麗な瞳をしていた。

 整った顔立ちをしているけれど、顔色が悪く目の下には濃い隅があり、頬はこけている。

 少年はしばらくぼんやりとした後、私に目を向けた。


「……君は?」

「私は通りすがりのものです。あなたはこんな所でどうして倒れていたのですか?」


 問いかけると、少年は上半身を起き上がらせて座った。


「教会に聖水を買いに行くところだったんだけど……あれ? 何か体が軽い……」

「聖水ですか。もしかして、黒い靄みたいなやつを消すためでしょうか? それなら消しておきましたよ」

「君、そんなことができるの? あっ、もしかして町の人たちが言ってた聖女様って君のことかな」

「……え?」


 何ですと。

 辺りには私たち以外の人はいないため、この少年にだけ口止めすればいいと思って力を使ったのに。

 情報は広まっているだなんて。


 個人情報漏らしたの誰だよと、心の中で舌打ちする。

 うちの騎士達が漏らすことは絶対にないから、教会の関係者だろう。


(許さん。情報漏洩させた人、絶対に絞め上げてやる)


 復讐を心に決めながら、目の前の少年に微笑みかける。


「聖女ではありませんよ」


 そんな呼び名を定着させてたまるものかと、威圧感をたっぷり含んだ笑顔で否定した。


「そっか。どちらにせよ本当にありがとう。これ、聖水を買うための代金だったんだけど、受け取ってもらえるかな」


 彼は擦りきれた小さな袋を手渡してきたので、私はぐいっと押し返した。


「私が勝手にやったことなのでいりません。それより立てますか?」

「え……でも」

「いらないのでしまってください。しつこいのは嫌いなんです。さぁ、立てますか?」


 そう言って手を差し出した。

 彼は躊躇いながら私の手を取って立ち上がり、すぐにぐらりと後ろに傾いた。


「わっ」


 慌てて少年の肩を掴む。 

 ダグラスと共に支えたので、転倒は免れた。

 危なかった。さっきまで倒れていたのだから無理もない。

 彼にはしばらく安静にしてもらうことにする。


「大丈夫ではなさそうなので、家まで送っていきますね」

「でも……」

「でもじゃありません。また倒れられたら後味が悪いのですよ。ほら案内してください。ダグラス、お願いします」

「了解しました」


 ダグラスはすぐに少年をひょいと持ち上げた。横抱きにされている少年に、有無を言わさず案内させる。

 少年は観念したようで、困り顔で大人しく身を任せていた。


 町の宿屋に居候していると言うので、そこに向かった。




 ***




「あら、リアーナお嬢様。レイヴィスとお友達だったのですか?」


 宿屋に着くと、顔見知りのおばさんが出迎えてくれた。

 レイヴィスというのは少年の名前だろう。


「ええ、まぁそんなものです。彼を部屋に連れていっていいですか?」

「あらあら、また調子を崩したんですね。この子の部屋はそこの階段を上って右の突き当たりですよ」

「分かりました。ではお邪魔します」


 階段を上り彼の部屋の前へと着き、扉を開けた。

 何の覚悟もせずに中を見てしまった私は、目を見開き固まることになる。


 だってまさか、そこに超絶かわいい幼女がいるだなんて、そんなこと思いもしない。


 くりんくりんのミルクティー色の髪、まんまる大きな青色の瞳。ぷにぷにのほっぺ。


 …………ああ、なんてことだ。全てが愛おしい。



「お兄ちゃん、おかえりなさい……お姉ちゃんたちだあれ?」


 超絶可愛い幼女は、小首を傾げてきょとんとした。


 もう我慢できない。我慢しなくていいよね。


「私はお兄さんの知り合いのリアーナと言います。かわいいお嬢さん、抱きしめてもいいですか?」

「え? うん、いいよ」


 了承を得た私は、すぐさま抱きついた。もちろん優しくだ。

 なんだかお日さまの匂いがする。たまらない。


 お持ち帰りしてもいいだろうか。


 しばらく堪能していると、レイヴィスが言葉を発した。


「あの……リアーナさん、本当にありがとう。お金以外に何かお礼ができるといいんだけど」

「お礼でしたら今、十分すぎるほど戴いていますので。けっこうです」

「でも……」

「しつこいですよ」

「……はい」


 レイヴィスはしゅんとしてしまった。

 でも、お礼のことなんかよりも、もっと大事な話をしないといけない。


「あなたの体から出てきたあの黒い靄は何ですか?」


 私が質問をすると、彼は下を向いてしまった。


 (話したくないんだな……それなら無理に聞くのはよくないか)


 無理強いするつもりなんてない。


 話したくないならいいですよ、そう伝えようと思った矢先、彼は前を向き、ゆっくりと話し始めた。


「……俺は、瘴気を体に溜め込む体質なんだ」 

「そうでしたか。そんな体質があるなんて初めて聞きました」

「俺もです」

「うん、俺も自分以外には知らない」


 彼はその体質ゆえに、いつも体が気だるく重いらしい。


 ある程度の体の不調を取り除く効果がある聖水を飲むと楽になるそうだが、聖水は高価なものだ。

 まともに仕事ができるほどの体力がない彼には、生活費や聖水代を稼ぐこともままならないという。


 両親を病気で亡くしてからは、この宿に無償で住まわせてもらっているらしい。



「なるほど……大変な思いをされていたのですね。ところで今は体の調子はどうですか?」

「それがすごくいいんだ。こんなに体が軽いのは初めてかもしれない」


 そうか、つまり聖水を飲むよりも、私が癒した方が効果が高いということ。

 ふむふむ。

 私はしばし考え、そして両手を前でパチンと合わせた。


「分かりました。あなたは今日から辺境伯家の騎士見習いになりましょう」 

「何が分かったのかよく分からないのだけど!?」


 レイヴィスは私の顔を怪訝な面持ちで見つめている。

 それはそうか。きちんと説明しないといけない。


「私が癒せば、日常生活を難なく過ごせるようになるのでしょう? それなら私の近くにいた方がいいですし、あなたは騎士団で鍛えることができて、雑用をこなして給金も受け取れる。騎士見習いなので大した額ではないけれど、食事は寮で出ますし、妹さんと二人で暮らす分には充分だと思いますよ。私はかわいい妹さんを近くで堪能できる。皆幸せになれますね。これ以上の選択肢はありますか。ないですよね。ねぇ、ダグラスもそう思いますよね?」


 隣のダグラスを見上げて問いかけると、彼はいつものように無表情で口を開いた。


「そうですね。お嬢様は一度言い出したら聞かないので、思うままにしたらいいと思います」

「ほら」


 無理強いはしたくないけど、今の彼にとってはそれが最良だろう。

 できれば了承して欲しいので、笑顔に少しだけ威圧を混ぜておいた。


「辺境伯家って、もしかして君、エヴァンズ辺境伯家の……」

「ああ、きちんと名乗っていませんでしたね。私はリアーナ・エヴァンズと申します。それで返事は?…………と言ってもすぐには出ませんよね。無理強いするつもりは無いので、もし決意が固まったら、その時は荷物をまとめて家まで来てください。あなたには騎士団の寮に住んでいただきます。もちろん妹さんも一緒に住めますからね。それでは私は教会に行くので、これで失礼します」


 必要なことを言いたいだけ言って、返事も待たずに宿屋を後にする。


(さてと、情報漏洩した人は絶対に絞め上げてやるからな)


 心に抱いた黒い感情をスッキリさせるために、教会へと急いだ。




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『聖なる加護持ち令嬢は、騎士を目指しているので聖女にはなりません。』コミカライズ連載中です

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