もう遠慮はしない
次の日の帰り際、アーネットさんが私のクラスにやって来た。
「……少しお時間いただけるかしら」
眉根を寄せながら話しかけてきた。
取り巻きさん達の姿が見えないので、一人で来たようだ。
話があるから付いてきてほしいと言われ、渋々了承する。
もちろんすごく嫌だ。
何を言われるのか不安だが、付き添ってくれるダグラスが睨みをきかせているので大丈夫だろう。
ティナさんがレイヴィスに伝えておこうかと言ってくれたので、先に帰ってもらうよう言伝てを頼んだ。
ついでにレイヴィスと殿下の様子を眺めて楽しむだろう。
アーネットさんに連れてこられた場所は、中庭の奥。
私と向き合う彼女の顔は険しい。やはり文句を言われるようだ。
さすがに今回ばかりは、こちらからも言いたことを言わせてもらうつもりでいるが。
アーネットさんはぐっと拳を握りしめ、下唇を噛みながら私の顔を真っ直ぐ見た。
怒声がくる。
そう覚悟した次の瞬間、彼女は頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした!」
何てことだ。
プライドの塊でありそうなアーネットさんが深々と頭を下げ、謝罪を口にした。
レイヴィスに殺意を向けられたことがよほど堪えたようだ。
気持ちは痛いほど分かる。だってすごく怖かったからね。
あれは私でも泣いてしまう。
「もう二度とあのようなことはしないでくださいね」
無表情で淡々と告げた。
許すとは言ってあげない。
元通りにしてもらえたから良かったものの、大切なものを故意に傷つけられたことは絶対に許さない。
「はい……もちろんですわ。深く反省しております……」
おお、しおらしすぎて逆に怖いぞ。
もっと文句を言ってやるつもりだったのに、あまりの落ち込みように何も言えなくなった。
アーネットさんは、私に抱いていた感情を包み隠さずに話してくれた。
王家の瞳を持つダグラスを従えていることや、私が聖なる光の加護を授かったことへの妬み。
そして、レイヴィスに初等学校の時に恋をしたこと。
「ずっと、好きだったんです……」
数年会えなかった間もずっと恋い焦がれていた。
再会できたことを喜び、それなのに彼と特別仲が良さそうな私が許せなかったようだ。
さすがに可哀想だと思った。
もし私が今から数年間レイヴィスと会えなくなり、再会した頃には別の女性が隣にいたら……
確実に泣く。辛いなんてものじゃないな。絶望だよ。
ほんの少しアーネットさんを許せた。
でもそういえばこの人、ティナさんにも嫌がらせをしていた常習犯だった。
「私に嫌がらせをした理由は分かりましたが、なぜ今までティナさんに嫌がらせをしていたのですか?」
「それは……」
アーネットさんは口ごもり、目を逸らした。
この人はティナさんには謝っていないはず。
この際だ、しおらしい内に全部すっきりとさせておこう。
「理由を教えていただけますか?」
拒否権を与えない威圧感たっぷりの笑顔で質問する。
もう遠慮はなしだ。
アーネットさんはびくっとなり、小刻みに震えだした。
私は威圧感を更に増して見つめ続けた。
言い逃れはできないと観念したようで、おずおずと口を開いた。
「……可愛いくせに地味でおどおどしていて、ムカついたからですわ」
「………………は?」
おっと、いけない。
何ともふざけた返答に、思わず低い声が出てしまい、殺気が漏れてしまった。
アーネットさんは再びびくっとなり、涙目になった。
「可愛いって、そんな理由で……はぁ」
呆れて息が漏れる。
確かにティナさんは可愛い。控えめに言って天使だよ。
でも、そんな理由で嫌がらせをされるだなんて、たまったもんじゃない。
それに、アーネットさんだって可愛いと思うのだけど。
数歩前に出て彼女の顔を覗き込み、間近で確認をする。
やはり化粧がとてつもなく濃い。
濃いが、目を特別大きく見せるようなアイラインを引いているわけではなく、長い睫毛は自前のようだ。
口紅は濃いピンクだけれど、小さくて可愛らしい口だと思う。
ファンデーションがとにかく濃いだけで、化粧をしなくても普通に可愛いのではなかろうか。
よし、確認させてもらおう。
「今から学生寮の私の部屋まで来ていただけますか。もちろん拒否権はありません」
「……はいぃ」
たっぷり威圧を含みながらお願いする。
すぐに了承を得たので、大人しく私の後を付いてきてもらった。
うん、いい心がけだ。
寮の手前でダグラスと別れ、アーネットさんを私の部屋に招き入れた。
有無を言わさず洗面所で化粧を落とさせる。
タオルで顔を拭きあげると、鏡には気が強そうだけど可愛らしい少女が映った。
私はすっぴんのアーネットさんと対面する。
うん、やっぱり思った通りだ。
「こちらの方が断然可愛いですね。ファンデーションを塗り重ねていたのは、これを隠すためでしたか」
顔のあちこちにできているニキビや吹き出物は、癒しの光を当てて綺麗に消した。
「肌が綺麗になったらいっそう可愛くなりましたね」
私は満足して笑顔を向けた。
アーネットさんは鏡の自分をまじまじと見つめ、両手で肌触りを確認した。
「こんなに綺麗に治してしていただけるなんて……感謝いたしますわ」
「どういたしまして。これでもう厚化粧する必要はありませんね」
「そうですわね…………しばらくは」
「しばらく? どういうことですか」
居間に移動して椅子に座ってもらい、説明を求めた。
彼女は今までにも何度か、治癒ポーションで肌トラブルを治したことがあったようだ。
それでも数日後にすぐにまた肌は荒れてしまうそうだ。
……治癒ポーションの使い方がおかしくないか?
価格が下がってきたとはいえ、それでも高価なもの。買いたくても買えない人達が聞いたら暴動が起こるよ。
そこは今はつっこまないでおこう。
慢性的な肌荒れか。
「ちょっと失礼します」
アーネットさんの腹部に手を当てて、癒しの光を流す。肌荒れは内臓からくるものだから、これでひとまず大丈夫だろう。
「あなたの普段の食習慣を聞かせていただきましょうか」
「え……あ、はい」
そして彼女は普段食べているものについて話し出した。
まずは朝食。ふんわりパンケーキにジャムやシロップ、生クリームをたっぷりと乗せ、飲み物は砂糖とミルクたっぷりの紅茶。
昼食は学園の食堂で。肉料理やオムレツ、パン数個。食後のデザートはプリンやチーズケーキなど。
帰宅後はおやつの時間。バタークッキーやマドレーヌなど、焼き菓子を好んでいる。飲み物は砂糖とミルクたっぷりの紅茶。
夕食はしっかりめに。肉料理とパンを数個、食後は砂糖とミルクたっぷりの紅茶。
基本的に毎日こんな感じだという。
「……えっと、野菜や果物が一度も出てこなかったのですが」
「お野菜でしたら、ハンバーグに入っている玉ねぎを食べていますわ。果物は……あっ、ジャムに入っていますわね!」
「……え? それだけですか? 野菜スープやサラダ、野菜ソテー、生の果物は食べないのですか」
「食べませんわ! 嫌いですもの」
「……魚や豆類などは?」
「食べませんわ! 嫌いですもの」
アーネットさんは鼻をフンと鳴らして胸を張る。
堂々と言い切ったぞこの人。
それだよ、それ。原因分かりきってるじゃん。
え、家族は何も言わないの?
王都の貴族の親ってバカばっかりなのか?
「アーネットさん……食事改善しましょうね」
威圧感たっぷりに、にっこり微笑みかける。
アーネットさんは小刻みに震えた後、はいぃ……と小さく返事をした。
野菜嫌いにいきなり固形の野菜を食べさせるのは難しい。
野菜と果物のスムージーを飲むことから始めてもらう。苦手でも我慢して一気飲みさせる。
その内、野菜や豆のポタージュ、煮込み料理の野菜など、少しずつ食べられるようになってもらおう。
紅茶の砂糖は大幅に減らし、食事時のパンは白くふんわりしたものだけでなく、固めのパンも食べさせた。
「肌荒れが少しでも出てきたらすぐに癒します。だから厚化粧はやめましょう」
「はいっ! わたくし頑張りますわ!」
「その意気です。頑張りましょうね」
努力する人は好きだ。
応援の意味も込めて笑いかけると、アーネットさんは頬を染めた。
やる気に満ち溢れて、気が高ぶっているようだ。
***
次の日から、アーネットさんと顔を合わせる機会が増えた。
最初は昼食時や放課後に話す程度だったのが、いつの間にか休み時間に私のクラスまでやってくるようになっていた。
「今日はドロドロのやつを飲みましたわ!」
「それはすごいですね」
緑色のどろりとしたスムージーが飲めるようになったと報告してくれたので褒める。
頑張っているようで何よりだ。
機嫌よく話しかけてくるので、普通に楽しく会話できるようになった。
日常生活で徒歩数分の距離でも馬車で移動していると聞いた時などは、やんわりと叱ったけれど。
***
今日もアーネットさんは機嫌よさそうな顔で私のクラスにやってきた。
「レタスを飲み込めましたわ!」
「やりましたね」
ついに生野菜が少し食べられるようになったと聞き、つい頭を撫でて褒めてしまった。
顔を赤くして俯いてしまったので、子供扱いして悪かったなと反省する。
恋愛小説にはまって連日深夜まで読みふけっていると聞くと、やんわり叱りながらも小説の話で盛り上がった。
その時はティナさんも楽しそうに輪に加わる。
アーネットさんはティナさんにもきちんと謝罪をしたようで、少しずつ仲良くなっている。
良かった。
アーネットさんは怒りっぽい性格もおさまって、少し穏やかになった。
すぐにカッとなったりイライラしてしまうことがなくなってきたようだ。
「あ、リアーナ様ぁ! こんにちは!」
廊下を歩いていたら、前からアーネットさんが走り寄って来た。
「こんにちは、オリビアさん。廊下は走ってはいけませんよ」
「はっ、はいぃ! 以後気を付けますわ!」
「いいお返事です」
お互い名前で呼び合うようになり、何だかんだで仲良くなれた。
それはいいが、なぜ様を付けて呼ばれているのだろう。





