許さない
わたくしの初恋は初等学校の入学式。
その人は、新入生の中で圧倒的な存在感を放っていた。
金色の髪に青紫色の瞳の少年。
他の生徒よりも大人びた落ち着いた雰囲気を持ち、それでいて柔らかな笑顔に、一目で胸を撃ち抜かれた。
絵本の中の王子様が飛び出して来たかのようなその人は、伯爵家の子息だった。
伯爵家なら、侯爵家の娘であるわたくしと釣り合いがとれる。
こうして、わたくしオリビア・アーネットは運命の相手と出会った。
レイヴィス様と過ごす毎日は幸せそのものだった。
毎日素敵な笑顔で挨拶をしてくれて、わたくしの話を微笑みながら聞いてくれる。
頭が良く、人一倍気遣いもできて紳士的で、本当に素敵。
どんどん彼の虜になっていった。
素敵すぎる彼だから、言い寄る女の子も当然いて、それは仕方がないこと。
だけど抜け駆けしようとする人は許せない。
そんな人にはきつくお灸をすえてあげた。
もう少し大きくなったら彼と婚約をしよう。
もちろん喜んで受け入れてくれるはず。
そう思っていたのに。
中等学校に入学したばかりの頃、ある日突然彼は姿を消した。
なぜ? どうして?
グレゴス伯爵に問い合わせても、家を出ていったと言うだけ。
そんな……もう会えないだなんて。
わたくしの世界からは色が消え、何をする気力もなくなった。
それからは色褪せた日々。
お洒落も人付き合いも勉強も、何もかもが嫌になった。
そうやって辛い気持ちで過ごしているのに、周りは皆楽しそうにしている。
仲睦まじい男女も、地味なくせに言い寄られている女も、何もかもが腹立たしくなってきた。
わたくしは侯爵家の娘なのよ。
そんなわたくしを差し置いて幸せそうにするなんて許せない。
苛立つ気持ちを周りにぶつけることで発散させていった。
そして王立学園の入学式を迎えた。
自分のクラスへ向かい、教室に一歩足を踏み入れた次の瞬間、体に衝撃が走った。
窓際に座り、外を眺めている男子生徒。
その金色の髪は窓から差し込む光で更に輝いていた。
胸は高鳴り、彼の前方の自分の席へ向かった。
そこから見た横顔は、記憶の中の少年よりも大人びていて、大好きだった知的な青紫色の瞳。
……あぁ、世界が色を取り戻していく。
辛かった数年間は、この感動的な瞬間のためだったのね。
彼は侯爵家の人間になっていた。
素敵。わたくしにより相応しくなって戻ってきてくれたのね。
今まで会えなかった分を取り戻すように、仲を深めていきましょう。
そう思っていたのに。
彼の隣にはいつも、青銀の髪を靡かせる女の姿。
許せない。
そこはわたくしがいるべき場所なのに。
彼といつも一緒にいるあの女が許せない。
ちょっと可愛いからって彼を一人占めして、聖女だなんてもてはやされて調子に乗っている。
わたくしの方が彼と知り合った時期は早いのに。
再会できたときは再び運命を感じた。
それなのに、あの女のせいで彼は誘いにのってくれない。
許せない。
わたくしの方が何もかもが優れているのに、それを分からせることができない。
恥をかかせることすらできない。
常にダグラス様が側にいるから、直接嫌がらせをすることもできない。
苛々が募っていく。
どうしたら、あの女に屈辱を与えられるのかしら。
「……そうだわ!」
わたくしはいいことを思い付いた。
こうなったら、持ち物を傷つけてやろう。
ペンケースが気に入っていると話しているのを、以前耳にした。
ペンケースごときでは大したダメージを与えられないだろうけど、嫌がらせをされたら少しぐらいは悔しがるはず。
そうして、教室に誰もいない時間を見計らって、あの女の机に忍び寄り、ナイフでズタズタに切り裂いてやった。
「ふふっ、早く昼休憩から戻ってこないかしら」
本当に楽しみだわ。
* *
あの女が昼休憩から戻って来た。
しかもレイヴィス様と一緒に。本当に腹立たしいわね。
今から一緒に選択授業に行くのかしら。
女は机の中からペンケースを取り出し、そして手に持ったまま呆然としている。
さぁ、悔しがりなさい。無様に喚くといいわ。
……え、嘘。泣いている?
泣いているわあの女!
やった、やったわ。
まさか泣くなんて。そんなに大事だったのかしら。ざまぁみろね。
うふふっ、少しだけスッキリしたわ。
だけど、あまりにもポロポロと涙をこぼすものだから、レイヴィス様が駆け寄って心配そうにしている。
腹立たしいわね。
彼が一緒にいないタイミングを狙えばよかった。
…………あら、レイヴィス様と目が合ったわ。
物凄く怖いお顔。そんなお顔は初めて見る。
彼はゆっくりとこちらに歩いて来る。
「…………ねぇ、あれ君の仕業だよね」
わたくし、レイヴィス様のこんなに冷たい表情も低くて怖い声も知らないわ……
* * *
許さない。
今すぐ殺してやりたい。
でも、そんな事をしたらきっとリアーナが傷つく。
「ねぇ、君の一番大切なものは何? 壊してあげるから持ってきてくれるかな」
本当は君自身を切り刻みたいくらいだけど、リアーナに嫌われたくないから、それで我慢してあげる。
「あっ、あの……ごめ……なさい……ごめんなさいっ……」
青い顔をして泣き出した。
何で君が泣くの? 本当に目障りだ。
「謝っても許さないから。ほら、早く持ってきて」
それで我慢してあげるのだから、早くしてくれないと困る。
体の中の魔力が煮えたぎるように熱い。
熱くて苦しくて、抑えきれなくなりそう。今まで吸い込んだ魔力を全て、ぶつけたくて仕方がない。
早くしてくれないと、本当に殺してしまう。
…………それも仕方ないか。
抑えることをやめようとしたら、リアーナが俺の腕を掴んだ。
「レイっ! 私は大丈夫なので、そのぐらいで止めてあげてください」
「……リア、ダメだよ。ちゃんと報復しないと」
君がそのペンケースを大切にしているのは知っている。
泣くほど悲しいことなのに、本当に君は優しい。
だから、君の代わりに俺が報復するんだ。
これは君のためだから、止めようとしても絶対にやめる気なんてない。
「ダメです! それ以上殺気を向けて怖がらせたら、レイのこと嫌いになりますからね!」
「………………え?」
嫌い?
何それ。リアーナに嫌われたら俺死んじゃうって。それはダメだ。
「ごめん、もうしない。だから嫌いって言わないで」
泣きそうで声が震える。情けないけど仕方ない。
お願いだから嫌わないで。
必死に懇願すると、リアーナの目元が和らいだ。
「よろしい。もう言いませんよ」
「良かったぁ」
「それでは、怖がらせたことを謝ってください」
「…………」
嫌だよ、そんなの。
絶対に謝りたくない。それだけは嫌だ。
「レイ!」
「…………ゴメンナサイ」
嫌だけど、リアーナに嫌われないためだ。我慢、我慢。
「よろしい」
リアーナは吊り上げていた眉を下ろした。
よかった。どうにか許してもらえたようで、体の力が抜けた。
アーネットさんはその場にへたりこんだ。
彼女に声を掛けることなく、俺達はその場を後にする。
そのまま選択授業へ向かった。
授業中、リアーナは上の空だ。時折ぐっと涙を堪えていた。
くそ、やっぱり許せない……!
でも報復なんてできない。
リアーナに嫌われてしまったら、俺の人生は終わってしまう。
何とかできないだろうかと考えながら、手を前に出した。
「リア、それ貸して」
「……これですか?」
「うん」
受け取ったペンケースをよく観察する。
留め具はどこも壊れていない。
キルト生地は全て木綿で出来ているのかな。布の絵柄は植物から作った染料で描かれているはず。
素材が全て植物なら、あの人に頼めばどうにかなるかもしれない。
授業が終わると、さっそく行動に移した。
「ねぇリア、ローズマリー様と話がしたいんだ。呼び出してもらえるかな」
「話ですか? 分かりました」
空き教室にローズマリー様を連れてきてもらい、事情を説明した。
俺の能力を打ち明けて、魔力を分けてほしいと頼む。
「ええ、必要ならいくらでもお渡しするわ。その代わり、わたくしも見学してよろしくて?」
「もちろんです。寛大なお心に感謝いたします」
希少な力なのに何ともあっさり了承してもらえ、緑の魔力を受けとった。
預かっていたペンケースを机の上に置く。
ナイフで切った痕が多数。ひどい状態だけど、やるんだ。大丈夫、出来るはず。
大きく深呼吸し、目の前のことだけに意識を集中させる。
慎重に魔力を流して、細い糸を一本一本丁寧に繋ぎ合わせるように再生する。
加減を間違えるとただの綿に戻ってしまうかもしれないから慎重に。
少しずつ、少しずつ丁寧に。よし、あともうちょっと。
もうちょっとだけど……これはキツい。
何度か脳が焼ききれそうな感覚になる。危なかったかもしれない。
でもペンケース本体は元通りにできた。
あとは絵柄を綺麗に直して、と。
「よし、出来た」
集中すること数分。完璧に元通りにすることができた。
よし、よくやった、俺。
「リア、直ったよ!」
胸の前でぎゅっと両手を握りながら見ていたリアーナに手渡した。
「……どうやったの?」
リアーナは受け取ったペンケースを呆然としながら見つめている。
「癒しの光をベースに緑魔法を複合したり、あとはいろいろとね。うまくいって良かった」
かなりギリギリだったけど、余裕そうに笑いかけたら、リアーナの目が潤んだ。
次の瞬間には、俺の首周りはふわっと温かいものに包まれた。
「レイ……ありがとう」
俺は今、力強く抱きしめられている。
息がかかるほどの近さでリアーナの声が聞こえて、胸元には柔らかいものが当たっていて……
どうしよう。いろいろと大変で、身体の奥から熱が湧き上がってくる。
(ダグラスさん……! これはダメだって!)
慌てて目で合図を送ったら、諦めろ、といわんばかりの冷めた目で返された。
いや、あなた護衛でしょう……
守るべき少女が人前で男に抱きついているんだから、何とかしてよ。
「あらあら、まあまあ」
ローズマリー様は頬に手を当てながら瞳を輝かせている。
そんな目で見ていないで、お願いだから助けてほしい。
俺の理性が焼ききれてしまう前に。





