殿下の能力
朝の教室で、今日も俺はいつものように笑顔を張り付け、アーネットさんの誘いを断っている。
「でしたら来週はどうでしょう?」
「すみませんが、今後はもう参加できないとお伝えしましたよね」
にっこりと笑って答えるけど、心の中ではうんざりだ。
他の人達は、俺がリアーナにしか興味がないことを察してくれたようだけど、この人だけは全く諦めてくれない。
もう誘わないでと何度伝えても、なぜか日に日に押しが強くなっている。
学園では最低限の社交はするつもりでいたが、お茶会といっても他に参加者がいるわけではない。
彼女と俺の二人しかいないから困る。
「本当にお忙しいのね。わたくしが癒して差し上げたい……あぁそうだわ、我が家の別荘には温泉があります。ご一緒にいかがかしら?」
「お気持ちだけで充分です」
どれだけ断っても、アーネットさんには全く伝わらない。
そろそろ迷惑だとはっきりと言うべきだろうか。
事を荒立てたくないが、さすがにしつこすぎる。
……なんて思っていたら、いつもの助け船がきた。
「レイヴィス、執務室まで付き合ってもらえるかい」
「はい、分かりました。では行ってきますので、失礼します」
断りを入れて教室を後にする。
殿下と二人になると、とたんに女生徒から注目されるが気にしない。
熱の籠った視線を向けられる理由は分かっている。
一時期、リアーナが教室で堂々と男同士の恋愛小説を読みふけっていたからだ。
ほんと何やってるのかな、あの子。
リアーナが楽しく過ごせているのなら、何だっていいけど。
その影響で、今まで嗜好を隠していた人も、リアーナを見習って堂々とするようになったらしい。
だから、熱い視線の意味とどんな想像をされているかは察しがつく。
だけど気にしない。気にしてはいけない。
「殿下、助かりました」
「君も大変だな」
ウィルフレッド殿下はいつも困っている俺を助けてくれる。
この学園には殿下以上に身分の高い者など存在しないので、本当に助かっている。
「お礼に今日も何かお手伝いしましょうか」
「その言葉を待っていたんだよ」
「あはは、やっぱりそうですか」
以前、『執務がたまって大変なんだよね。誰か手伝ってくれたら嬉しいなぁ』と、俺の前でわざとらしく言われてから手伝うようになった。
殿下は選択授業は一切受けておらず、その時間を使って執務をこなしている。
学園内には殿下の執務室が存在する。
それほど重要な書類は持ち込んでいないらしく、俺が手伝っても大丈夫みたいだ。
「それにしても、君と一緒にいると女生徒からの熱い視線が増えるよね」
殿下はくつくつと笑っている。
「そうですね。困ったものです」
「そうかい? 最初は困惑したけれど、今は面白くて仕方がないよ。彼女達の期待に答えてあげるのもいいかな、なんて思うんだ。そう、例えばこんな風に────」
またろくでもないことをするつもりだな……
そう思っている内に、端麗な顔が近づいてきた。
殿下は俺の顎をクイと持ち上げる。
お互いの吐息が当たる程の距離だ。
とたんに周りからは小さな悲鳴が聞こえてきた。本当に勘弁してほしい。
元々ボディタッチが多い人だけど、最近更に多くなった。やっぱり面白がっていたからなんだな。
「ははっ、皆本当に愉快な反応をしてくれるなぁ」
「殿下……婚約者殿に言い付けますよ」
「それは困るなぁ」
殿下はわざとらしく眉尻を下げながら離れた。
本気にはしていないようだ。
殿下は婚約者に弱いみたいだから、本当に言い付けてやろう。
心の中でそう呟くと、殿下の笑顔が一瞬だけぎこちなくなった。
執務室に着くと、さっそく仕事を与えられたので、黙々とこなす。
室内には殿下の護衛の他に、二年生の伯爵家子息がいる。
将来的には彼を側近に据えるつもりのようだ。
俺から見てもすごく優秀な人だと思う。
殿下には側近になろうと近づいてくる人がたくさんいるけれど、殆どは候補にすら上がらないみたいだ。
優秀と言われている人物ばかり。周りは皆、疑問を抱いているようだが、俺は理由を察している。
決して口には出せないけれど。
* * *
日々を過ごす中でずっと抱いていた、ある疑念。
それはもう、確信に変わっていた。
殿下は人の心を読む能力を持っている。
これは間違いなさそうだ。
しかし、実体のない力は確かめようがない。
殿下はいつも俺を助けてくれて、頼ってくれる。
俺の心の内を知りながら、それでも俺を信用してくれているのなら、それでいいかなと思うようになった。
今日もやたらとスキンシップの多い殿下と次の授業に向かうため、並んで廊下を歩いている。
ふと窓の外に目をやると、遠くの方に仲睦まじい男女の姿があった。
男の人と手を繋いで歩いているのは……あれは殿下の婚約者のプレストン公爵令嬢だろうか?
心の中でそう思った瞬間、殿下が窓にべたっと張り付いた。
人前では王子スマイルと気品のある所作を欠かすことのない彼が、窓に張り付いたまま物凄い形相をしている。
すぐに殿下はホッとした表情になり、脱力気味に窓にもたれ掛かった。
俺の勘違いで、別人だったようだ。
そして殿下は、しまったという顔をして固まった。
まさかこんな形で彼がボロを出すなんて。
「レイヴィス、授業の後は私の執務室に来てくれるかい?」
「……分かりました」
にっこりしているけど、殿下の目は全く笑っていない。
今のは俺、悪くないよね。
* * *
授業の後、殿下の執務室に付いていった。
彼の護衛は扉の外で待機し、部屋の中には俺と殿下の二人だけだ。
「あの……俺、消されませんよね?」
「……当たり前だろう。私を何だと思っているんだ。ところで君は、私の能力をどの程度把握しているんだい」
「そうですね、触れた相手の心を読め、持続時間は三十分程。一度に二人まで読めるようですが、その場合は一人ずつ交互に切り替えて読んでいるのでしょうか。 あとは、相手と距離が離れすぎるとダメかと。そのくらいです」
何となく察していることを包み隠さずに話すと、殿下は長い溜め息を吐いた。
「君……本当に恐ろしいね。敵じゃなくて良かったと心から思うよ」
「敵と言うのは王家の瞳の崇拝者である過激派のことでしょうか。クラスに二名いますよね」
いつも俺達の会話を盗聴してくる音魔法の使い手の子爵家子息。
彼からは盗聴の際に気づかれない程度に、魔力を頂戴していた。
それを使って逆に盗聴し、彼の動向を探った。
そうして、空き教室に数人で集まり、王女こそが次の王に相応しいと熱く語り合っていることを知った。
殿下によると、今は過激派の情報と犯罪の証拠をこつこつ集めている最中のようだ。
国境の検問所にて不正をし、魔物の呼び笛を国内に持ち込む手引きをした貴族や、ならず者を手引きしている貴族の子息達が、この学園に数人いるという。
「ああ、そうそう。君はいつもエヴァンズ君が襲撃されるところに居合わせているようだね。あれも妹を次期女王に担ぎ上げたい者達の仕業なんだ。ローズは緑の癒し手だから、それ以上の癒しの力を持つエヴァンズ君は邪魔な存在のようでね」
「…………王家の極秘情報をそんなさらっと言わないでいただけますか」
「ははは、もう今さら何を知ろうとも構わないだろう」
「……そうですね」
確かに、もうこの上ない秘密を知ってしまったからな…………はぁ。
それにしても緑の癒し手か。
リアーナの癒しの光の次に希少で貴重な能力だ。
魔物の襲撃により民が傷付いた時こそ、治癒ポーションの出番だろう。
その有り難みを実感させ、王女殿下が緑の癒し手だと公表すれば、彼女を女王にと望む声が一気に増えるに違いない。
辺境伯家の騎士団で一番の実力者であるダグラスさんが、リアーナの護衛に付くわけだ。
「それでは君の能力について詳しく聞かせてもらおうかな。どんな魔力でも吸い込めるのかい? 癒しの光も使えるようだね」
「……え?」
魔力を吸い込めることはともかくとして、癒しの光を使えることをなぜ知っているんだ?
殿下の前では一度も考えたことはないはず。
それなら考えられることは一つしかない。
「…………殿下、リアの心を読みましたね」
俺だけならまだしも、彼女の心を読んだ?
それはダメだ。そんなの許せるはずがない。
彼女を穢されたような気がして、抑えきれないない憎悪が湧き上がってくる。
「ははっ、君はそんな顔もできたんだね。この前プリントを受け取った時に手が触れてしまったが、わざとじゃないんだ。今後はもうしないと約束するから、その殺気を引っ込めてもらえるかい」
その言葉にはっとなり、冷静さを欠いていたことに気づく。
「…………殺気?」
もしかして今、俺は殿下に殺気を向けてしまったのだろうか。
そんなはずは……いや、向けた気がしてきた。
うん、向けた。
思い切り睨んだ気もする。
どうしよう、やってしまった。
「本当に申し訳ございません。あの……俺、消されませんよね?」
「ははっ、だから大丈夫だと言っているだろう」
「寛大なお心に感謝いたします」
良かった。
この国の王族の心の広さに心から感謝した。
不敬罪で処刑なんて笑えない。





