王女の温室
今日の放課後は、ローズマリー様からお誘いを受けているので、レイヴィスと鍛練場へ行くことはできない。
恥ずかしくてまともに顔を見れないので、ちょうど良かったのかもしれない。
だって本当に恥ずかしかったから。
マダムめ、許すまじ。
学園が終わると、制服のままローズマリー様と同じ馬車に乗せてもらった。
抜群の乗り心地とふかふかのクッションを堪能しているうちに、王城前に到着した。
(わー……立派だな)
白くそびえ立つ壮観な建物。
初めて目にする王城にしばし感動し、そして王城には入らず隣接する温室にやって来た。
ローズマリー様が所有する温室のようだ。
「わぁ……!」
さすが王女殿下の温室。見たことのない植物ばかりだ。
樹木から小さな草花まで種類豊富で、どれも生き生きとして、力強さに溢れている。
観賞用の花より、実を付けた植物や薬草類が多いように見受けられる。
「ローズ様は薬草にお詳しいのですか?」
「そうね、一通りの知識はあるかしら。栽培から調合までこなせるわ」
「凄いですね。それではこの温室はご自身で管理されているのですか」
「ふふっ、わたくしを含めて数人で管理しているのよ。さぁ、あちらに座りましょう」
ローズマリー様に勧められ、温室の中心にあるテーブル席に座る。
すぐにメイドが温室の入口までワゴンを押してきたので、ローズマリー様の護衛が受け取った。
テーブル横にワゴンをつけると、そのまま下がっていった。
温室内にいるのは私とローズマリー様の二人だけだ。
彼女の護衛とダグラスは温室の外に待機している。
今日のローズマリー様は、なぜだかいつもと雰囲気が違う。
笑顔が少し儚げで、ふとした瞬間に寂しげな暗い表情をしていた。
「あなたはどんなお茶が好みかしら」
「そうですね、花の香りが強すぎなければ、どんな種類でも好きです」
「そう、それじゃわたくしのお薦めにさせていただくわ」
そう言って、ローズマリー様は慣れた手つきでお茶を淹れてくれる。
目の前に置かれたティーカップからは、爽やかな香りが漂ってきた。
一口飲むと、ハーブの香りと柑橘系の香りが鼻を抜ける。絶妙な美味しさだ。
「美味しい……本当に美味しい……さすが王族のお茶……」
あまりの感動に思わず呟いた。
「ふふっ、気に入ってもらえて嬉しいわ。わたくしの手作りなの」
「えっ? 凄いですね」
まさかの手作りだったよ。
凄いなぁ。何でも作れるんだね。
「ここで育てたもので、茶葉や薬、治癒ポーションなんかも作るのよ」
「それはすご────…………え?」
ローズマリー様はいつものようにふふふと笑いながら、さらりと凄いことを口にした。
治癒ポーションって言ったよね。
それは、特別な魔力を持つ者にしか作れないものだ。
そんなものが作れるということは、つまり……
「ローズ様は緑の癒し手ですか!?」
そう問いかけると、彼女は目元をふわりと和らげた。
これは肯定と捉えてよさそうだ。
「そうでしたか……私、初めてお会いしました」
緑の癒し手。それは植物に魔力を注げる能力を持つ者である。
癒しの光の次に貴重とされる能力だ。
本来ならば、ごく限られた地域でしか栽培できない希少な植物を育てることができ、その成長を促し、効能を大幅に増やすことができる。
治癒ポーションは緑の癒し手にしか作れない。だからこそ貴重で高価なものだ。
ローズマリー様はこの温室で材料となる薬草を育てながら研究を続け、治癒ポーションの量産を実現させたという。
「ここ最近、教会の治癒ポーションの在庫が潤って、庶民でも何とか手が出せるくらいになったのは、ローズ様のおかげだったのですね」
「ふふっ、これは機密事項だから内緒よ。と言っても、一部の貴族の間では情報が広まっているのだけれどね」
この国ではもうすぐ、ウィルフレッド殿下の立太子の儀が執り行われる。
彼は古くから王族の証と言われている金色の瞳を持っていない。
その一方で、ローズマリー様は王家の瞳を持つだけでなく、緑の癒し手でもある。
彼女を崇める派閥の動きが活発化しているようだ。
魔物の呼び笛による襲撃事件も、過激派と呼ばれる貴族が手引きしているという。
治癒ポーションが必要になる状況を意図的に作り出し、その有り難みを国民に再認識させる。
そしてそれを作り出すことのできるローズマリー様の偉大さを称えたいようだ。
さすが過激派。思考がぶっ飛んでいる。
何としてでもローズマリー様を女王にしたいようだが、他人を犠牲にしてまで目的を達成させようとするなんて。
殴りたいな。
「……あぁ、そういうことでしたか。こちらに来てからやたらと襲撃が多いのは、私が邪魔だからなのですね」
癒しの光を使って怪我人を全て私が癒してしまったら、彼らの行動が何の意味もなくなるからね。
ふむふむ、なるほど。何だかスッキリした。
「ええ。わたくしの力を誇示させるためには、わたくし以上の力を持つ癒し手の存在が邪魔なようね」
ローズマリー様以外にも、国内には二人の緑の癒し手がいるらしい。
彼らはここで一緒に働いているそうだ。
今までは王立研究所にいたけれど、そこも安全とは言いきれない。
確実に目が届く王城内で暮らしてもらい、信頼の置ける者に守らせているという。
「生活に制限をかけてしまって申し訳なく思うわ。早く過激派を一掃して、自由に過ごせるようになってほしいのだけれど……」
「そうですね。ふざけた連中は全員まとめて殴ってやりたいです」
拳を握りしめながらそう言うと、ローズマリー様はふふっと笑った。
そしてまた少し寂しそうな顔になる。
「……癒しの光を持つあなたの存在は特に疎ましく思われているの……だから、あなたが命を狙われているのは全てわたくしのせいなのよ。本当にごめんなさい」
「?? なぜローズ様が謝るのでしょうか? 悪いのは勝手にローズ様を崇拝している人達です。それに襲撃者はダグラスが全て返り討ちにしているので全く問題ありません」
いつも貴重な時間を奪われてかなり煩わしいが、ローズマリー様が頭を下げる必要などない。
「……そうだ、一つだけ困ったことがありました。ダグラスの騎士服が何回もボロボロになってしまいました。特別な生地を使っていて高価なので、本当に勿体なかったです」
しみじみそう言うと、なぜかローズマリー様は目を丸くし、下を向いて体を震わせた。
「服……そう、服ね、ふふっ……困りごとはそれだけなのね……ふふっ」
顔は見えないが、どうやら笑っているようだ。
ひとしきり笑い終えると、ローズマリー様は顔を上げた。
「それは申し訳なかったわ。では服代は王家に請求していただけるかしら」
「それは助かりますが、悪いのは過激派です。捕らえた時に彼らに請求していただけますか? そうだ、迷惑料もたんまり上乗せでお願いします」
「ええ、わかったわ。ふふふっ」
強張っていたローズマリー様の表情が柔らかくなり、いつものふんわりとした雰囲気に戻った。
やっぱりこちらの方が癒されて落ち着く。
(あれ? もしかして今の話を私にすることに緊張してたのかな……)
わぁ、そうだとしたら可愛いすぎでは。
キュンとしちゃった。
ときめいていると、ローズマリー様が新しくお茶を淹れてくれた。
一口いただくと、ふんわりベリーの香りがする。
ほんのり甘くて優しい味だ。
「ローズ様のお茶は本当に美味しいです。自分で淹れたものは恥ずかしくて、人には出せなくなりそうです」
「そう。気に入ってもらえて嬉しいわ」
もっと美味しく淹れられるように頑張らないと。
それはさておき、ローズマリー様お手製の茶葉がすごく欲しい。
言ったら貰えそうな気がするけれど、さすがに図々しいよね。
売ってくれないかなぁ……
これ絶対に高く売れるよ。なかなかいい商売になるのでは……
ぼんやりくだらないことを考えながら、お茶を味わう。
美味しいな。
たわいもない話をしながら、温室内ではゆったりと時間が流れる。
ぽかぽかと暖かな日差しが差し込んで、目の前には穏やかに微笑む天使。
こんなお茶会ならいつでも大歓迎だ。
ローズマリー様は国を統べる女王より、聖女の方が似合うな。
私よりも確実に聖女っぽいと思う。





