女子力を上げよう
「はぁ……どちらが攻めでしょう……やっぱりそのまま……いえ、そういう時だけ主従逆になるというのも……最高ですね……」
ティナさんが窓の外をうっとり眺めながら、なにやら呟いている。
「はわぁっっ、さりげないボディタッチ……! あっ、そのままっ、そのまま指を絡めて……」
近くにいてもかろうじて聞き取れる程のすごく小さな声。
それでも興奮が伝わってくるよ。
何を見ているんだろうと、私とローズマリー様は後方から覗いてみた。
ティナさんの視線の先にはレイヴィスとウィルフレッド殿下が並んで歩く姿があった。
なるほど、美形二人が揃うと絵になって鑑賞に値する。
「あの二人、よく一緒にいますよね」
「はうっ!!」
後ろから声をかけると、ティナさんは驚いたようでびくうっとなった。
「いっ、いいい……いつからそこにっ!?」
「そうですね、どちらが攻めとか主従がどうとか言っていた時からです。何のことですか?」
「ううぅぅぅ…………」
ティナさんは消え入りそうに呻き、両手で顔を覆ってしまった。
どうしたんだろう。
「うふふ……耽美な薔薇の世界ですわね」
ローズマリー様が頬に右手を添え、何やら意味深な表情で口の端を上げた。
その妖艶さにドキドキする。
彼女はティナさんの言葉を理解しているようだ。
「よく分からないので教えていただけますか?」
「ええ、もちろん。まずは攻めというのは────」
ふんわり天使の微笑みを浮かべるローズマリー様が、私にも分かるように丁寧に教えてくれた。
ふむふむ、世の女性達は男同士の恋物語を好む人が多くいるのか。そうなんだ。
私は戦記しか読まないから、恋愛小説の流行りなんて知らなかった。
ふむふむ、攻めと受けという役割があるのか。
それで攻めと言っていたのだと納得する。
(レイヴィスが攻めかぁ……わぁ、ドキドキする)
そういえば、レイヴィスが強引なところなんて見たことがない。
どんな感じになるのだろう。
彼らは見目麗しいので、女性達が妄想を楽しむのにぴったりなんだそうだ。
なるほど、確かにレイヴィスもウィルフレッド殿下も美形だから絵になるもんね。
それは妄想されてもしょうがない。
「なかなか奥深い世界ですね」
説明を聞いてしみじみし、ふと気づいた。
恋愛小説……そうか、そうだよ。
今までそういったものを読んでこなかったから、私には女子力が足りないんだ。
そういう知識が女子力向上に必要ではないか。
そうとなったら、即実行。
ようやく顔を半分出したティナさんに頼んでみる。
「ティナさんはそういった小説をお持ちでしょうか? 私も読んでみたいと思いまして」
「ほえっ? はっ、はいぃ……! いろいろ持っています。あの……良かったらお貸ししましょうか?」
「わぁ! 嬉しいです。ありがとうございます」
「あら、いいわね。わたくしも仲間にいれていただけるかしら」
「はっ、はいっ! もちろんです!」
ティナさんがパッと顔を上げて、嬉しそうに頬を染めた。
何かいいな、この感じ。女友達って感じがする。
* *
夕食後、ティナさんの部屋にお邪魔した。
私の背丈程の本棚が壁一面にあり、ずらりと小説が並んでいた。
「わぁ、すごく沢山ありますね」
「はいぃ……一人でゆっくり本を読むのが好きなんです……」
「それは素敵なご趣味ですね」
世の女性達がこんなに沢山の恋愛小説を読むなんて驚きだ。
なるほど、私には女子力が足りないわけだと納得せざるをえない。
気兼ねなくゆっくり選べるようにと、ティナさんは離れた席で本を読み始めた。
相手を思いやる気遣い、さすがだ。
どれでもお好きにどうぞと言ってくれたので、早速選び始める。
恋愛ものより、題名に剣や騎士とつくものがやっぱり気になってしまうけれど。
おっ、『濡れた宝剣』か。すごく気になる。
努力を重ねて宝剣を手にする話かな。感動の涙に濡れるのだろう。
恋愛ものではなさそうだけど、気になるので借りよう。
おっ、『その胸板に囚われて』か。こちらも何だか気になる。
鍛え上げた身体で敵を捕縛する話かな。
これも恋愛ものではなさそうだけど、借りよう。
おっ、『聖騎士の秘め事』か。
聖魔法を使える騎士が力を隠しながら強くなっていく話かな。何だか親近感がわくよ。
これも借りよう。
題名に惹かれて選んでいき、なんだかんだで五冊借りてしまった。
ティナさんがいくつでもどうぞ! と言ってくれたので、お言葉に甘えてしまった。
* *
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
「はわっ、おおお、おはようございます。どっ、どういたしまして……」
ティナさんは朝から挙動不審で、何だか暗い顔だ。
彼女も私と一緒で寝不足だろうか。
「お借りした本はなかなか興味深くて勉強になりました。夢中になってしまって、今日は少し寝不足です」
「ほえっ、そっ、そうですか……! それは良かったです」
ティナさんはパアッと顔を明るくし、頬を染めた。
寝不足仲間がいて嬉しいようだ。
それにしても、二冊読み終えたけれど、題名から想像をしていた斜め上な内容だった。
二冊とも半裸の男性が抱き合ったりキスをしたりするだなんて思いもしなかった。
恋愛要素があって勉強になったのでよかったが、世の女性達はなかなか刺激的な本を読んでいるということを知った。
本を読んでいた時、ふとティナさんが窓の外を見ながらうっとりとしていた姿を思い出した。
そのせいで登場人物の顔がレイヴィスと殿下に見えてきてしまい、何ともいえないドキドキだった。
彼にあんな風に攻められてしまったら、殿下といえどもクラリときてしまうのではなかろうか。
一晩で女子力がぐんと上がった気がして、ティナさんには感謝だ。
「続きが気になるので、休み時間に読もうと思って持ってきちゃいました。本当に面白い本ばかり貸していただけて感謝しています」
鞄から取り出した『騎士団長と部下の秘密の特訓』を見せながらお礼を言った。
「はわわわわわ……」
ティナさんはなぜか顔を両手で覆ってしまった。
恥ずかしがり屋なティナさんが『はわわ』となるポイントは未だによく分からない。
いつものことなので、そっとしておこう。
私は自分の席に座って、本の続きを読み始めた。
それにしても、いつになったら特訓が始まるのだろう。
今のところ、やたらと敏感な部下が騎士団長にいじめられているだけである。
***
一時限目が終わった。
次は声楽の授業なので、ローズマリー様と移動する。
渡り廊下を歩いていると、前からウィルフレッド殿下とレイヴィスが歩いてきた。
二人でプリントを運んでいるようだ。
「おはようございます、殿下」
「やぁ! おはよう」
殿下は今日も朗らかで、片手をあげて気さくに返事してくれた。
次の瞬間、風が強く吹き、殿下が持つプリントの一枚がひらりと舞った。
私の目の前に飛んできたため、掴んで殿下に手渡した。
「ありがとう。助かったよ」
「いえ。では失礼します」
殿下の隣にいるレイヴィスに小さく手を振って、歩きだした。
それにしても、二人は本当に仲が良いんだな。
昨日読んだ小説が脳裏に浮かぶ。
(女生徒から、自分達が愛し合ってる妄想をされているなんて、思ってもみないだろうな)
「━━っっごほっごほっ」
後方から聞こえた激しくむせる声。振り返ると、ウィルフレッド殿下がむせていた。
大丈夫かな。風邪気味なら癒そうかな……と思いながら背中を見つめた。
でも、気遣いの塊であるレイヴィスが一緒にいるから心配いらないか。
悪化する前に彼がこっそり癒すだろう。
そんな二人のやり取りを想像する。あぁ、またドキドキしてたよ。





