研究室には
選択授業である魔法学は、実技授業の方が人気があり、座学を選択している生徒は少ないようだ。
実技授業は初歩的な内容だから受ける必要性はないと兄から聞いていたので、選択しなかった。
学園内で癒しの光を使って目立ちたくなかったので、魔力を使う授業を選択せずに済んでよかった。
兄のように恥ずかしい二つ名を付けられては堪らないから。
今からクロムウェル先生の魔法原理学の授業だ。
ノートと筆箱を持って移動し、途中でレイヴィスと合流した。
先生の授業は難しいけれど、それ以上に楽しい。
難しすぎて何を言っているのかさっぱり分からないことが殆どだけど、レイヴィスが一緒というだけで楽しめる。
ひたすら講義を聞いたり、班に分かれて魔物素材や道具を使って実験を行ったりする。
班員が率先しててきぱきと作業をしてくれるから、私はほぼ見ているだけだ。
なかなか細かい作業が多いので、私が手を出すと確実に失敗しそう。
何もしないのは申し訳ないが、迷惑をかけたくないので大人しく見ている。
隣でレイヴィスが分かりやすく説明してくれるので、至れり尽くせりだ。
授業が終わると、使用した道具の片付けを率先して行った。
箱に仕舞った道具はクロムウェル先生の研究室へ運び込む。
黒いカーテンを締めきった部屋には、魔物の標本や素材が壁際の棚にずらりと並ぶ。
黒板はびっしりと数式で埋め尽くされ、机の上には紫色や赤黒い液体が入ったビーカーが乱雑に置かれている。
部屋の主は全身黒づくめの顔色の悪い男性。
呪いの研究をしているとしか思えない、何とも怪しい雰囲気だ。
「先生、あの液体は何ですか?」
私は毒にしか見えない液体が入ったビーカーを指差した。
「紫色の方は筋力増強剤の試作品、赤黒い方は眠気を覚ますものだ」
「筋力増強剤……? それはつまり、あれを飲めば筋肉ムキムキに……」
「一時的にだがな。飲み続ければ筋肉が定着するかもしれないが、体に支障をきたす恐れがある」
いやいや、支障をきたしたとしても私なら癒せる。だから全く問題ない。
夢を現実にさせられるかもしれないものが目の前にあり、胸が高鳴る。
あれを飲めばムキムキに……
私はふいに手を伸ばした。
けれど、伸ばした手はビーカーには届かず、レイヴィスによって掴み止められた。
「リア、お願いだからやめて」
「体に害があっても癒せるから大丈夫ですよ」
「うん、そうなんだけど。リアが筋肉に憧れていることも知っているけど。さすがに薬に頼るのはやめよ」
「…………分かりました」
真剣な表情で真っ直ぐ見つめられ、なぜか悲しそうな声で懇願されてしまったら、嫌だなんて言えなくなる。
「どちらにせよ、あれは認可を得ていない試作品だから人には飲ませられない。癒せるとか癒せないとか関係ない。それ以前に人の部屋のものを勝手に飲もうとするな」
「……はい。ごめんなさい」
そうだよね。ごもっともな意見に反省する。
「ところで、お願いしたいこととは何だ?」
「それはですね、癒しの光を溜めて、使いたい時に使える魔具を作っていただけないかと思いまして……」
イメージは、クロムウェル先生が持っていた魔力を感知する玉や、魔力覚醒の儀式の時に手をかざした水晶玉。
あれらは魔力を吸い込んで、その性質を見るもの。吸い込んだ魔力は一時的に留まって、その後すぐに霧散するようだ。
それなら、魔力を吸い込んだまま維持し、出したい時に出せるものが作れるのではないかと思った。
「なるほど……それは面白そうだな」
先生はニヤリと笑った。
この人は基本的に、興味を抱いたことしか研究しない。
興味を持っていただけたようでよかった。
聖なる癒しの光を溜められる魔具があれば、わざわざ王立騎士団や教会に足を運ばなくてよくなる。
先生には私の自由のためにも、ぜひとも頑張ってもらいたい。
「ところで、国境の検問所できちんと取り締まっているはずなのに、なぜ大型の魔物を呼び寄せる程の魔具が国内に持ち込まれたのでしょうか。お父上から聞いていますか?」
小型の魔物を呼び寄せる程度のものならともかく、大型を呼び寄せる程の多量の瘴気や魔力を帯びた魔具は、検問所で感知されるはず。
「それはまだ調査中らしい。今後は検問所の取り締まりを強化し、町の詰所や巡回の人数を増やして様子を見るようだ」
「そうですか……」
きちんと対策をとっているなら、今後は安心かな。
だけどなんだか不穏だな。
「それはさておき、レイヴィス」
クロムウェル先生は、ゆらりとレイヴィスに近づいた。
「君が土魔法を使っていたという情報を得た。以前使っていたのは確かに風魔法だったはずだが、どういうことだ。説明してもらおうか」
「え……」
ああ、ついにバレたか。
二属性の魔力を持つことはごくごく稀にあることだから、魔力を吸い込めることはまだバレてはいなさそうだけど。
レイヴィスは先生に腕をがしっと掴まれた。
「それでは、私はこれで失礼します」
頑張れ、レイヴィス。
諦めて項垂れる背中に小さく手を振り、部屋を後にした。





