聖女様と呼ばないで
魔物討伐の翌日。
食堂で料理長に、そのうち美味しい魔物のお肉が届くはずだと知らせると、とても喜んでもらえた。
「二本の捻れた角を持った、火を吐く魔物がいました」
「それはおそらくサラマンドスという魔物でしょう。私はまだお目にかかったことはありませんが、書物によると、トロトロになるまで煮込むと美味だとか」
「わぁ! それは食べてみたいです」
料理長は私よりも魔物に詳しいため、特徴を話すとすぐに分かるようだ。
「首が長くてひとつ目の魔物はその場で焼けちゃったので、もう食べられません」
「それはおそらくイビルジラフという魔物でしょう。スジばっていて旨味もなく、食用には向かないようです」
「そうですか。それなら良かったです」
美味しいお肉が無駄にならなくてよかったと、心から安心した。
「あとですね、猫のような耳にまん丸な巨体で上を向いた鼻が突き出ている魔物です」
「それはキラーチャビーですね。一度だけ食べたことがありますが、絶妙なサシが入っていてステーキにすると最高でした」
「わぁ! それもぜひ食べてみたいです。卸してもらう種類を指定したかったのですが、知らない魔物ばかりでしたので……『美味しいもの』と頼んでおきましたが……」
「それなら大丈夫でしょう。いやあ、楽しみですな」
「本当に楽しみです!」
料理長の話を聞いていたら、早く食べたくなってきた。
熟成した魔物肉が届く日が待ちきれない。
ちなみに本日の魔物料理定食は、私達が食堂にくる前に完売したらしい。
もっと設定数を増やそうかなと、料理長はごきげんだ。
私は今日の昼食は野菜が多めの定食を少なめに注文をした。
昨日、夕食の後にもお菓子を沢山食べてしまったからだ。
すぐにお肉が付くこの体が憎い。
レイヴィス、ダグラスと食事を運んで席につくと、クロムウェル先生がふらついた足取りでやってきた。
眉間にシワが寄っている。これは小言が始まるな。
「……リアーナ、サラマンドスを討伐したそうだな。あの角は私の研究対象だ、なぜ持ち帰ってこなかった。稀少な素材が手に入る機会だったというのに。王立研究所に先を越されてしまったではないか。あとグールジャガーの瞳もそうだ。変異種の黄色い瞳があったそうではないか。あれを使ってやりたいことは山ほどあったというのに。あと────」
「あーはいはい。そう言われても困ります。王立騎士団の管轄で勝手なことはできませんから」
「………………チッ」
これ以上言っても無駄だと諦めてくれたようで、先生は舌打ちして去って行った。
(良かった。あの人の小言、長いんだよな)
クロムウェル公爵家当主である先生の父は、陛下の側近なのですぐに情報が入ったのだろう。
先生は長男だけど、人間に興味がなく社交性は皆無だ。
公爵家を継ぐことは弟に押し付けて、学園の研究室で好きに過ごしているようだが、英断だと思う。
さあ、食べよう。
そう思ったら、今度はルーディ様がやってきた。
「やあ、皆さんこんにちは」
「こんにちは、ルーディ様」
「こんにちは」
「リアーナ様、今日の放課後はお暇しておりますか。もしよろしければ僕と────ひうっ」
ルーディ様はビクッとなった。
レイヴィスがすさまじい殺気を飛ばしたからだ。
どうしたのだろう?
昼休憩が終わる前に食事を終えないといけないのに、邪魔ばかり入って怒ってしまったのかな。
「今日は予定があります」
「そっ、そうですか……ではまたの機会に────ひうっ」
またレイヴィスが殺気を飛ばしたのでルーディ様はビクッとなり、そして去って行った。
レイヴィスがこんなに怒るなんて珍しい。よほど空腹だったのだろう。
今日は予定があるのは本当だ。
学園が終わると、私服に着替えて王都の教会へと向かった。
学園の敷地内は部外者は立ち入り禁止である。
王都では、辺境伯家で町の人を癒していたように、怪我人に直接出向いてもらえない。
そういうわけで、王都の教会に集まった人達を癒すという、まるで聖女のようなことを定期的にすることになった。
不本意だが、困っている人達を無下にはできない。
もちろん、事前に町の診療所で診察を受けることだけは徹底してもらっている。
あと、お金持ちや貴族は癒さないと決めた。
お金を持ってるんだから、治癒ポーションを買えば済む話だ。
もちろん目の前で誰かが怪我をしたり、癒したい人がいたら別だけど。
力を使って人々を癒すことは了承した。
だがしかし、姿を晒してなるものか。
町を歩いていて『聖女様だ!』なんて言われるようになるのは嫌なので、教会に着くと黒いローブを目深に被った。
白ではなく黒なのは、せめてもの抵抗である。
ダグラスは目立つため、私服に眼鏡装着で端の方で待機してもらう。
どちらにせよ目立つけど。
レイヴィスも一緒に来てくれたので、ダグラスと反対側で見守ってくれている。
怪我人に紛れて襲撃者が潜んでいるかもしれないと、ダグラスから注意を促されているので、自分の体を光の膜で覆った。
教会には大勢の人が集まっていた。
長蛇の列を前から順番にささっと光を当てて癒していく。
早く帰りたいので、一人数秒ほどで済ませていく。
「おおっ、傷がなくなった!さすが聖女様だ!」
「聖女様、ありがたや、ありがたや」
「聖女様の奇跡の光を間近で見られるなんて……」
癒し終えた後ろの方から聞こえる声はもちろん無視だ。
聖女様じゃないからね。
威圧を込めてそう言いたいけれど、姿を隠している以上は声も出さない方がよさそうなので我慢だ。
黙々と手早く癒していき、残りあと十人。
やっと帰れる。
次の男性に右手で触れようとした瞬間、男性が懐から素早く何かを取り出した。
天窓から漏れる日の光がキラリと反射する、小型ナイフである。
男性は躊躇うことなくその切っ先を私の首に向けた。
本当に怪我人を装ってくるなんて。卑怯な真似を。
光を纏わせた左手で刃を掴み、そのまま腕を捻り上げた。
そして股間に力いっぱい膝蹴りをくらわせる。
「ぐぅっっ……!!」
男性は悶絶してうずくまる。
すぐに駆け付けたダグラスが首の後ろに手刀をお見舞いし、男性を気絶させた。
ざわつく人々。
教会の関係者は騒ぎにならないように人々を落ち着かせ、気絶している襲撃者を引きずって外に連れ出した。
私は何事もなかったように残りの治癒を終えて、裏手へと下がった。
すぐにダグラスとレイヴィスも来たので、ローブを脱いで裏口から早々に立ち去った。
「さっきの人、私のこと殺す気満々でしたね」
首を狙ってきたからね。切られていたら普通に死ぬ。
命を狙われているから気を付けるようにと、常々言われていたけれど、気を引き締めるためだと思っていた。
襲撃者は聖なる光の力を独占する目的で、私のことを拐いたいのだと思っていた。
「そうですね。詳しくは言えませんが、リアーナ様を亡き者にしたい輩も存在するんですよ」
「そうですか……」
詳しく言えない。つまり王族や高位貴族がらみのことだろう。
ゴタゴタに首を突っ込みたくないので、話してくれない方が助かる。
「リア、ちょっとじっとしててね」
そう言ってレイヴィスは私の前でしゃがんだ。
そして私の膝に水をかけて、風で乾かし、癒しの光を当てた。
「これでよし、と」
レイヴィスは満足気である。
「あの、今のは一体?」
「汚れてたから綺麗にしたんだよ」
「そうでしたか、ありがとうございます」
「どういたしまして」
全然気づかなかった。
さすがレイヴィス、細やかな配慮に感心する。
最後に癒しの光を当てたのは、擦り傷でもあったからだろう。
ダグラスはなぜか眉をひそめてレイヴィスを見ている。
私のことを甘やかしすぎるなと目で訴えているようだ。
レイヴィスは女子力の塊で気遣いの達人のような人間だから、仕方ないことなのに。





