発散
ああ、もやもやする。
クラスメートとは少しずつ気軽に話せるようになってきたけれど、教室以外ではまとわりつくような視線。
廊下を歩けば、こちらを見ながらのヒソヒソ話。
内容までは分からないけれど、所々聞こえてくる単語によって何を言われているのか大方見当がつく。
聖女、氷の貴公子、王家の瞳、公爵家、なんであの子と、Bクラス、格好いい、天使……などなど。
『兄は優秀なのに妹はBクラスの出来損ないなのか』
『聖女の力を持つとはいえ、王家の瞳を持つ公爵家のダグラスを護衛にしているだなんて許せない』
こんな風に言われているのだろう。
格好いいはレイヴィスのことで、天使と言うのはローズマリー様のことだろう。
人気がある彼らと仲良くしているから、やっかまれているのかもしれない。
ダグラスが近くにいるから、誰も面と向かって言ってこない。
遠くの方でヒソヒソとしているだけで、余計に苛立ってしまう。
兄が学園でバカをしようが優秀でいようが、関係なかった。
むしろ優秀で居続けたからこそ、余計に注目が集まっている気がする。
ああ、もやもやする。
昨日今日と剣術の授業がなく、体を動かしたくてたまらない。
早く鍛練場でストレスを発散させたい。
早く放課後にならないかな……
* *
「お茶会ですか……」
「うん。もう何回も断ってるのに、全然諦めてくれなくて」
レイヴィスは申し訳なさそうな顔をする。
同じAクラスのアーネットさんからの誘いを断りきれず、今日は彼女の家で開催されるお茶会に出席することになったそうだ。
「そうですか……あまり無下にできませんしね」
「一度だけ参加して、もうこれっきりにしてもらおうと思う。今日は一緒に鍛練場に行けなくてごめん」
「いえ、気にしないでください」
どうしよう、もやもやする。
早くストレスを発散させたい。
正面玄関に向かって歩いていると、前から見知った顔がやって来た。
「リアーナ様! 奇遇ですね。もしよろしかったら、今から僕と一緒にお出かけなどいかがでしょうか」
とてもごきげんそうなルーディ様。
なぜだろう。無性に殴りたい、この笑顔。
(ルーディ様は強化魔法を使えるし、体も鍛えてるし……)
彼はどこに行くとも言っていない。お出かけする場所はこちらで指定してもいいだろう。
「こんにちは、ルーディ様。それでは少しお付き合いしていただけますか」
「喜んで!」
ルーディ様は、はじける笑顔で答えてくれた。
では、ぜひともストレス発散に付き合っていただこう。
* * *
ダグラスとルーディ様と共に鍛練場へやって来た。
ルーディ様は王立騎士団の見習い服に着替えてから、着いてきてもらった。
手始めに木剣で軽く打ち合う。
荒削りだけど迷いのないキレのある太刀筋、そして力強さ。
これは思った以上に楽しめそうだ。
「ルーディ様、強化魔法を使ってください」
「はっ! かしこまりました!」
そう言って、すぐに彼は全身に強化魔法を施した。
次の一撃から重さも早さも桁違いになる。
動きは単調で真っ直ぐなままなので、難なくいなしていくけれど、なかなかの楽しさだ。
ルーディ様が滝のように汗をかき、ぜーぜーと辛そうになってきたところで、休憩することにした。
「本当に強くなられましたね。こんなに短期間ですごいです」
「いやぁ、強化魔法のおかげで筋力も体力も人の数倍つきやすくなるようでして。それでもまだまだリアーナ様にはかないませんね、はっはっは」
ルーディ様は楽しそうに笑った。
もちろん私は笑えない。
(何だそれ。強化魔法にそんな性質があったなんて……)
私とは真逆の性質だ。
求めていたものを軽々と手に入れたと知り、ふつふつと殺意がわいてくる。
「……ルーディ様、そろそろ休憩を終わりにして、次は組み手をしましょう」
私はゆらりと立ち上がり、ルーディ様を見下ろした。
「はっ? 組み手ですか? しかし、それはさすがに━━……ひいッ」
* *
リアーナ様からひしひし感じる殺気。
僕を見下ろすその顔は、美しすぎるほどの無表情。
ぞくぞく全身が震え、それなのに胸はドキドキ高鳴る。
久しぶりの感覚に興奮を覚えた。
「どこからでもかかってきてください。もちろん全力で、遠慮は無用です」
リアーナ様は右手のひらを僕に向けた。
そこに打ち込めと言っているようだ。
「しっ、しかし、さすがに大怪我の恐れが……」
「うるさい。ごちゃごちゃ言わずにさっさと来るんですよ!」
「────っ、はひいッッ!」
殺気を込めてキッとひと睨みされ、体がぶるりと震えた。
胸がキュッとなり、僕は言われるがまま、無我夢中でリアーナ様に全力で向かっていった。
強化魔法で威力を何倍にも高めた拳を、リアーナ様の手のひら目掛けて打ち込んでいた。
そして次の瞬間には、僕は背中から地面に打ち付けられていた。
「っ、カハッ」
一瞬、息ができないほど強い衝撃に襲われた。
以前の僕なら気を失っていただろう。
何がどうなったか理解できない。
俺の拳がリアーナ様を傷付けることなく、逆に返り討ちにあったということだけは分かった。
「さぁ、どんどん来てください」
無表情だったリアーナ様の口角が少しだけ上がった。
僕はまたぶるりとひと震えし、抗えない感覚に襲われる。
一年半前の胸がキュンとなった可愛らしい笑顔の欠片もない、妖艶さも混じる美しさにぞくぞくが止まらない。
僕がどれだけ全力で向かって行っても、リアーナ様には少しのダメージも与えられない。
僕ばかりが地面に打ち付けられていった。
強化をしていると言っても少しばかりは痛い。
疲労もダメージも蓄積されていく。
だけどそれが無性に堪らなくて、倒れてもすぐに向かっていった。
王立騎士団の騎士見習いになり、今日まで鍛えてきて良かった。
心からそう思った。
* *
「ふうっ。スッキリしました」
思う存分ルーディ様を投げ飛ばし、地面にめり込ませを散々繰り返し、もやもやした気持ちがスッキリした。
「ありがとうございました。おかげで気分が晴れました」
心からの笑顔でお礼を言った。
「……っっぜえっっ……っっはぁ……っっ…………そっ、それはっっ、良かっ、た……です……」
ルーディ様は息も絶え絶えで、地面にうつ伏せに倒れたまま動かない。
癒しの光を当ててしばらくすると、息も整ったようで起き上がり、その場に座った。
「何か嫌なことでもありましたか?」
全身土まみれで、おでこや鼻の上にも土をつけたルーディ様が尋ねてきた。
「……そうですね。あまりにも周りの人達がよそよそしくて、ヒソヒソと噂されているようでして、気分が沈んでおりました」
「はっはっは、それは仕方ないことです。リアーナ様は美しすぎるが故、おいそれと話しかけることもできませんよ」
暗い声で心情を吐露した私に対して、ルーディ様はカラッと晴れやかな笑顔でお気楽な返事をした。
「は? 違います、ヒソヒソされているのは優秀な兄に比べて私が劣っていて、公爵家の人間を護衛につけていて偉そうだからですよ」
「はっはっは、何を仰いますか。そんなわけありません。実際、僕のクラスでもあなたにお近づきになりたいと言っている輩が多数いますからねっ。リアーナ様を崇めこそすれど、貶めるようなことは誰も口にしませんよ」
「……本当ですか?」
まさかの想像と正反対の言葉。にわかに信じられない。
皆、私のことを悪く言っているとばかり思っていたのに。
というか崇めるって何だろう。
「本当ですとも。リアーナ様は孤高であり尊い存在。可憐に咲く花のように儚く触れることも憚られるほど、それでいて輝かんばかりの美しさに目が眩むが故、やすやすと声を掛けるだなんてことはできますまい。麗しの君を皆、遠くから見守るだけで精一杯なのですよ」
何だそれ。褒められているようだが、意味がわからない。
よくそんなおかしな言葉がスラスラと出てくるな。ぞわっとするよ。
「お気持ちはありがたいですが、気持ち悪いので今後そのようなことは言わないでいただけますか」
「……はい、ごめんなさい。二度と言いません」
ルーディ様は頭を地面にこすりつけた。
分かってくれて良かった。
ルーディ様を心底気持ち悪く思ったのは本当だけど、周りのヒソヒソ声は悪口じゃないと言ってもらえて安心した。





