地味に嫌がらせをしてくる
入学して二週間が過ぎ、ようやく選択授業が始まった。
剣術の選択授業は一年生全員が男女合同で受けられるようだ。
演習着に着替えて、ダグラスとレイヴィスと共に野外演習場へ向かった。
演習着は各自自由なので、私とレイヴィスは紺色の騎士服、その他の生徒は王立騎士団見習いの灰色の騎士服だ。
集まった生徒はほとんど男子生徒で、女子は私を含めて三人しかいない。
ここでは護衛を連れているのは私だけだった。
授業中、ダグラスは端の方に立っている。
眼光鋭く明らかに強いオーラが漂うダグラスの姿に、皆緊張しているようだ。
なんかごめんね、と心の中で謝る。
講師はなんと王立騎士団を引退したという人達。それなりの役職にいた人が多く、どんな指導を受けられるのかわくわくする。
手合わせもしてもらえるといいな。
まずは実力が見たいということで、二人一組で木剣で打ち合いをすることになった。
私はもちろんレイヴィスと組む。
「まずは軽くでいいかな」
「そうですね」
始めは準備運動がてら軽く打ち合っていく。
周りの人達も同じように軽く打ち合い始めた。
王立騎士団の騎士見習いってどの程度の実力なのだろう。
気になるのでたまに様子を窺ってみても、皆いつまで経っても軽い準備運動のまま、次に進めようとしない。
私は体が温まってきて、それでは物足りなくなる。
レイヴィスと目で合図を取り、だんだん加速していった。
全力で激しく剣を重ねていく。
レイヴィスは私にぴったり合わせてくれるから、思うがままに自由に動ける。
本当に気遣いのプロだ。
木剣がぶつかり合う音が耳に心地よくて楽しくて、思いきり打ち合った。
「────そこまで!」
講師から声が入り、二人とも動きを止めた。
周りを見渡すと全員すでに動きを止めていたようで、口を開けてこちらを見ていた。
もっと前に終わりの合図が入っていたようだ。夢中になりすぎて気づかなかった。
さぁ、今から指導が受けられる。
わくわくしながら待っていると、講師達が集まって何やら話し合いを始めた。
まだかな、なんてソワソワしながら待っていたら、話し合いを終えた講師の一人が私とレイヴィスに近づいてきた。
「我々が君たちに教えられることは何もない。これからは剣術の授業中は二人で端の方で勝手にしてていいよ」
講師は感情が全く込もっていなさそうな声と張り付けたような笑顔で言い放った。
「はい、分かりました」
「え」
何で? どういうこと?
王立騎士団所属じゃないから教えてくれないのだろうか。
授業一日目にして、まさかの指導放棄宣言をされてしまった。
そしてなぜレイヴィスは全く動じずに了承したのだろう。
そんな疑問を口にする前に、レイヴィスが喜びの声をあげた。
「やったねリア。二人で過ごせる時間が増えたよ」
「え? 二人で? ……そっか……そうですね。えへへ」
授業とは一体なんぞやと言う気持ちは、目の前の輝く笑顔と二人で過ごせるという言葉によって、一瞬で消え去った。
誰にも邪魔されることなく一緒にいられるなんて、何て素晴らしい。
でも、どうして指導してくれないのだろう。
講師に理由を聞いても、『だって教えられることはないから』と言われてしまった。
辺境伯爵家の騎士団と王立騎士団では戦闘スタイルが違うのだろうか。
言われた通り、端の方でレイヴィスと打ち合うことにした。
でもどんな指導なのかやっぱり気になるので、たまに様子を窺った。
ふむふむ、なるほど。
王立騎士団は基本を大事にするようだ。
私が数年前にやっていたようなことをしている。
確かにこれなら指導してもらっても意味はなさそう。
楽しみにしていたのにちょっと残念だ。
次の授業からも、私とレイヴィスは二人で打ち合い、たまにダグラスに相手をしてもらうことになった。
いつもと何も変わらないんだけど。
* * *
女子力を上げるため、女子っぽい選択授業を受けようと思った私は、声楽の授業を選択した。
声楽は女子っぽいということに私の中では決定した。異論は認めない。
選択授業はいくつ受けても自由なので、剣術と声楽と魔法原理学の三つを選んだ。
体を動かせる授業は剣術と体術と護身術しかなく、体術は兄流を極めるつもりなので選択しなかった。
ローズマリー様と一緒に、声楽の授業を受ける教室へ向かった。
私の後ろにはダグラス、ローズマリー様の後ろには彼女の護衛が付き従う。
王女の護衛は三人が日替わりで行っているそうで、正式な近衛騎士はまだいないそうだ。
ダグラス達とは教室の入口で別れた。
一年生の女生徒は皆一緒に授業を受けるようで、座った席のすぐ近くに目をやると、アーネットさんの姿があった。
目があった時に睨まれた。相変わらず怖い。
あれから一度も接触はしていないけれど、まだ不満に思っているみたいだ。
心の中で溜め息を吐き、すぐに隣のふんわり笑顔のローズマリー様に癒された。
「あら、あなたのペンケース素敵ね」
「えへへ、ありがとうございます。すごく気に入ってるんです」
青い鳥と草花が描かれたペンケースは、騎士達から貰ったもの。大切なものを褒められて、嬉しくて顔が緩んでしまった。
(皆さん元気にしてるかな。兄と一緒にバカやってるんだろうなぁ……)
しみじみ懐かしんでいると、講師が来た。
授業が始まると、ピアノ伴奏に合わせて全員で歌った。
大勢で歌うなんて初等学校以来だ。
私は歌は得意でない。自分では上手いか下手かなんて分からないから。
幼い頃、自信満々に歌う騎士の残念な歌を聞いてから、自分もこんなのだったりして……と不安に思うようになってしまった。
母からは『上手だから大丈夫よ』と言ってもらえたけれど、親の贔屓目だと思って信じられない。
この授業で少しでも自信をつけられたらいいな。
「では、今の歌をどなたかに一人で歌っていただきましょうか。希望者はいますか?」
全員で一曲歌いきった後、授業初回にして講師がいきなり無茶振りをしてきた。
もちろん誰も手を挙げない。
「はいっ!」
かと思いきや、アーネットさんが手を挙げた。
凄いなぁ。こういう時に手を挙げられる人は尊敬する。
「わたくしはエヴァンズさんの歌を聞きたいですわ!」
何だって!?
尊敬したのは一瞬だった。
何を言い出すんだこの人。自分が歌いたいんじゃないのかよ。
さっき横目で私の方をちらちらと見ていたから、間違いなく自信なさげに歌っていた私に対する嫌がらせだ。
(くそぅ……アーネットさんめ、このやろう)
「指名ではなく希望者と言ったのですが……そうですね、エヴァンズさん、どうでしょう?」
講師は呆れつつも強くは言えないようだ。
どうでしょうと言われても、どうしたらいい。
返事できずにいると、隣のローズマリー様がすっと一歩前に出て、意思の強い金色の瞳を講師に向けた。
「先生、初回からいきなり一人でなんてあんまりですわ。今回は二人で歌うというのはどうでしょう」
「そうですね……では二人でいきましょう」
結局、ローズマリー様と私の二人で歌うことになった。
「すみませんローズ様。私、歌は自信がなく、ご迷惑をおかけするかと……」
「あら、あなたの歌声はとっても素敵よ。隣で聞いていて惚れ惚れとしたもの」
「いえいえ、それを言うならローズ様は天使の歌声のようです」
「ふふっ、ありがとう。それならわたくし達大丈夫ね。二人で頑張りましょう」
そう言って私の顔を覗きこむローズマリー様は、本当に天使みたいに綺麗だ。
優しい気持ちに包まれて、この人が大丈夫と言うなら大丈夫な気がしてきた。
「はいっ」
ピアノの前奏を聞きながら、深呼吸する。
よし、いける気がする。緊張するけれど頑張ろう。
恥ずかしくて出だしは小さな声になったけど、隣から聞こえてくる高らかで伸びやかな歌声に引きずられるように、声を出していく。
うん、思いきり声を出すと気持ちがいい。
私もローズマリー様のようにうまく歌えている感覚になってきて、楽しい。
ローズマリー様のおかげで、何とか自信を持って歌いきることができた。
拍手に包まれ、うっとりとした顔の人も見受けられる。
微妙に顔をしかめているのはアーネットさんただ一人だ。
私は天使の歌声を邪魔することなく歌えたようで、つまり私は音痴じゃなかったということだ。
やった。
「お二人とも素晴らしい歌声で感動しました」
講師に私もついでに褒めてもらえた。
嬉しくて、ちょっと自信が持てるようになった。
嫌がらせしてきたアーネットさんに感謝だ。





