結局絡まれる
翌朝。寮まで迎えに来てくれたダグラスと歩いていると、校舎に辿り着く手前でアーネット侯爵令嬢に出くわした。
燃えるような赤い髪は綺麗にくるんと巻いてあり、近くで見るとすごく化粧が濃い。
(似合ってるけどちょっと濃すぎるな……わぁ、お胸がたゆんたゆんだ)
……なんて思っていると、彼女は私を見た瞬間に黒い目を見開いた。
ワナワナと震えながら鬼の形相になっていく。
あぁ、これはダメなやつだ。
「いつもダグラス様を連れているというのは本当だったようね! あなたまさかダグラス様を護衛にしているのかしらっ!?」
アーネットさんが甲高い声で迫ってくる。
昨日あの後、取り巻きさん達にいろいろ聞いたのだろう。
ちょうど周りには誰もいないからって、朝一からヒステリックに喚くのはやめてほしい。
昨日はせっかくダグラスが穏便に済ませてくれたのに、結局絡まれるのか。
後ろで控えていたダグラスが前に出てきそうなのを手で制止する。
ここは自分で対応しないといけない。
「おはようございますアーネットさん。ダグラスは父の部下ですよ」
「んなっ呼び捨てぇっ!? それに部下ですってぇ!? 公爵家の方になんてことを……!!」
「私に言われても困ります。父に直接抗議していただけますか」
「そうね、そうさせていただくわ! あなた、どこのお家の方かしら?」
アーネットさんは興奮しすぎて顔の前にはらりと落ちてきた赤い髪を右手で払いのけ、顎をつんと前に突きだした。
すごく偉そうだ。ルーディ様と初めて会った日を思い出すな。
そしてこの人、どこの誰かも知らない相手に喚いていたようだ。凄いな。
取り巻きさん達にそこまでは聞かなかったようだ。
「エヴァンズ辺境伯家です。私はリアーナ・エヴァンズと申します」
そう言うと、アーネットさんは口を開けたままピシリと固まった。想像通りの反応だ。
この国最強と言われている父に抗議できる人間なんて、おそらくいないだろう。
解決したようなものだし、今のうちに逃げてもいいかな? いいよね。
こそっと離れようとしたら、前から癒しの少年が歩いてきた。
「リアおはよう」
爽やかな笑顔に心が潤っていくようだ。
「おはようござ────」
「まあっ、レイヴィス様っ! おはようございますぅ!」
私の前にアーネットさんがずいっと身を乗り出してきた。もう復活したようだ。
(その声どこから出してんだよ。さっきと全然違うよね)
あまりの変わり身の早さに驚く。
二人は同じAクラスだから、当然知り合いだ。
この反応からして、彼女はやっぱりレイヴィスに群がっていた女生徒の一人のようだ。
「おはようございます、アーネットさん」
「レイヴィス様ぁ、教室までご一緒してもよろしくて?」
すごい猫なで声に、ある意味尊敬する。
私の事はもう無視のようだ。
その方が助かるけど、レイヴィスとの朝のひとときが無くなってしまった。
しょんぼりしていると、レイヴィスは爽やかな笑顔をアーネットさんに向けた。
「申し訳ありませんが、ダグラスさんに用事があるので一緒には行けません」
「そうですか……」
アーネットさんは肩を落として校舎に入って行った。
「レイ、ダグラスに用事って何ですか?」
「諦めてもらうためにそう言っただけだよ。リアと一緒の時間を邪魔されたくないから」
「……そうでしたか。えへへ」
同じように思っていてくれたんだ。
嬉しくなって、顔が緩んでしまう。
「リアはアーネットさんと何を話してたの?」
「えっと……ダグラスのことを聞かれただけです」
「そっか」
鬼の形相で文句を言われていたなんてことは、彼女のためにも黙っておいた。
***
教室に入ってクラスメートに挨拶をし、席に着いた。
はぁーー……
朝から無駄に疲れた。貴族令嬢怖いよ。
しばらく机に突っ伏していると、後ろの席の椅子がカタンと音をたてた。
「あの……リアーナさん、おはようございます」
「おはようございますティナさん」
振り向いて挨拶を返す。
ティナさんなら、アーネットさんに絡まれた話をしてもいいだろう。絡まれ仲間だもの。
「ひえぇ……そうでしたか。エヴァンズ家の方に何てことを……アーネットさんはあまり人の話を聞かずに突っ走る方でして……朝から災難でしたね……」
やっぱり、私のことはちゃんと聞いていなかったようだ。
人の話を聞かない点は、私も人のことは言えないが。
「本当に怖かったし疲れました。ティナさんは今までよく耐えていましたね。彼女は昔からあんな感じなのでしょうか」
「えっとですね……私は家庭教師から学んでいたので初等学校には行っていないのですが、その頃も勝ち気な性格だったようです……聞くところによると、中等学校に入ったばかりの頃は一時的に大人しかったみたいですが……私が課題を押し付けられるようになったのは、二年生で同じクラスになってからです……」
「そうでしたか。二年間よく頑張りましたね」
「はいぃ……」
できることなら、あの人にはもう関わりたくない。
二人で大きくため息をついていると、ローズマリー様がやってきた。
「ごきげんよう」
「「おはようございます」」
ああ、天使の微笑みと穏やかな話し方に癒される。怖かった気持ちが和らいでいく。
「ふふっ、何かあったのかしら? 二人とも顔が緩んでいましてよ」
「いえ、私このクラスで良かったなと思いまして」
「私もですぅ……」
学園生活に刺激なんていらない。必要なのは癒しと平穏だ。
本当にBクラスで良かった。





