女子怖いよ
学園生活二日目が終わり、寮へと帰った。
寮には私以外に一年生が一人、二年生が三人、三年生が二人住んでいて、今日は挨拶に行くつもりだ。
コンコンッ
部屋で少し休憩し、さて行こうと思ったら、誰かが私の部屋の扉をノックした。
「はい」
「あっ、あの……私、きっ、昨日からこの寮にお世話になっていましてですね、その、ご挨拶に伺いました……」
うん、すごく聞き覚えのある声と話し方だ。
扉を開けると、そこにいたのはやはりティナさんだった。
「ほえっ……エヴァンズさん? なっ、ななな、なぜ……?」
「私も昨日からこちらでお世話になっています」
「はわわわわわ!そっ、そうでしたかっ……!そうとは知らず……失礼いたしました……」
「それはお互い様ですね」
狼狽えるティナさんと一緒に、他の部屋の住人に挨拶に行った。
一度で済んだ方がいいだろう。
全員に挨拶し終えると、ティナさんと共に私の部屋に戻ってきた。
居間の椅子に座っていてもらい、私は紅茶を淹れる準備をした。
ここでは頼めば使用人が来てくれて、お茶の用意をしてくれるようだ。
だけど自分で淹れて、片付けも洗い物も自分ですればいいので、わざわざ呼ぶつもりはない。
レイヴィスとお菓子作りをしていた時も、後片付けまで全てしていたから慣れている。
「どうぞ」
テーブルに紅茶を置くと、ティナさんは縮こまってはわわわわっ、となった。
「あっ、ありがとうございます。エヴァンズさん自ら紅茶を淹れていただけるなんて……きょっ、恐縮ですぅ……」
「どういたしまして」
大袈裟だなと思いながら、ティナさんの前の席に座る。
私が紅茶を飲むと、ティナさんも紅茶を一口飲んで、ほうっと息を吐いた。
強張っていた肩の力が少し抜けたようだ。
「あの……エヴァンズさんと一緒に寮の皆さんに挨拶することができて良かったです。昨日から緊張で……どうにかなりそうだったもので……」
「ふふっ、そうでしたか。それは良かったです。それにしても、ティナさんもこの寮にいるなんて驚きました。ご実家からそんなに遠くないでしょう?」
「はい……そうです。そうなんですけど……」
ティナさんはもじもじとしながら事情を話してくれた。
実家では、内気なティナさんが人付き合いに慣れるようにと、母親がお茶会やパーティーを定期的に開催してしまうそうだ。
自分を思っての親心だと分かっていても、苦痛で仕方がなくて、だからここに逃げてきたらしい。
寮生活をしてみたいとお願いしたら、渋々応じてもらえたようだ。
「情けないことだと分かっているのですが……」
「情けなくなんてないですよ。それは逃げたくもなります。私だってそんなの嫌です」
「ほえっ? ……本当ですか?」
「はい。私も人付き合いが苦手なんです」
私にはレイヴィス以外に友達と呼べる人間はいない。
初等学校ではよそよそしくされてしまい、誰とも仲良くなれなかった。
親に付き添って家を訪ねてきた同年代の貴族の子供とも仲良くなれなかった。話が全く合わなかったから。
鍛えることにしか興味がなく、恋愛話や刺繍やドレス、お洒落に関する話題に興味を持てなかった私の方に問題があったと思うが。
『一緒に筋トレしよう』と誘って断られたことが当時はショックだったけれど、今なら当たり前だと分かる。
「そうでしたか……私はエヴァンズさんはすごく話しやすい方だと思いますが……ギラギラしていなくて、なんだか優しい空気で、ほわわとなります……」
わぁ、そんなこと初めて言われた。
「ありがとうございます。せっかく同じ寮になれたことですし、仲良くしていただけると嬉しいです。あと、良かったら名前で呼んでいただけると嬉しいです」
「はわわわわっ、恐縮ですぅ……」
また恐縮されてしまった。
迷惑だったかなと心配になったけど、ティナさんは俯きながらも目元を和らげた。
口元はもにょもにょしていて、嫌ではなさそうなので良かった。
* * *
学園生活三日目の昼休み。
食堂に行く時間までダグラスと学園の庭を散策することにした。
また遅れる可能性があるかもと言うので、レイヴィスとの待ち合わせ時間は遅らせることになった。
大変そうだ。
花を見ながら歩いていると、甲高い女生徒の声が聞こえてきた。
何事かと声のする方へ行ってみた。
***
「どうしてですの! 今までは引き受けていたでしょう」
「あの……私とアーネットさんはもう違うクラスなので……その、もう課題を代わりにすることは、でっ、できません……」
「なんですってぇ!?」
たどり着いたそこでは、赤髪の女生徒がきゃんきゃん喚いていた。
その傍らに立っている二人の女生徒は、気まずそうな顔で黙っている。
これは取り巻きというやつだろうか。さすが都会だ。
この三人は、昨日レイヴィスに群がっていた気がする。
小さな声で何とか反論し、縮こまっている赤茶色のおさげの女生徒はティナさんだ。
ただでさえ気弱なのに、三人に囲まれてさぞかし怖い思いをしているだろう。
「ダグラス、ちょっと助けてきますね」
喚いている赤髪の人が怖すぎて関わりたくないけど、さすがに放っておけない。
「ここは、俺が行きましょう。相手は侯爵令嬢のようですし、リアーナ様が行かれては後々面倒なことになるかもしれません」
おお、それはとてもいい提案だ。
とにかく怖いし、敵対心を持たれて後々絡まれることになったら嫌だなと不安だったけど、ダグラスならそんな心配はない。
「分かりました。お願いします」
ダグラスはこくりと頷いて、彼女達の方へ颯爽と歩いて行った。
「そこまでにしていただけますか?」
急に現れた背の高い目付きの鋭い男に、取り巻きの二人はびくっとなり、縮こまった。
「何よあなた! 見たところ誰かの護衛のようだけれど、邪魔しないでいただけるかしら?」
赤髪さんは動じることなく腕組みし、ダグラスに面と向かって文句を言った。
大抵の人はダグラスの威圧感に怯むのに、彼にまできゃいきゃいと言い出した。
(おお、凄いなあの人)
感心して見守っていたら、取り巻きの一人が慌てた様子で彼女に何かを耳打ちした。
「何よ、瞳が何だって言うんで…………えっ?……金色の……瞳……?」
ようやく気づいた赤髪さんの声は尻窄みになっていった。
「あっ、あなたはもしかして……プレストン公爵家の……」
「ダグラス・ローレンと申します。プレストン公爵家当主は私の兄です。そして私はそちらの女性の義理の兄です。このようなことはもう二度としないでいただけますか」
赤髪さんは真っ青になった。
よし、もう大丈夫そう。さすがダグラスだ。
「しっ、失礼しますわ!」
言い捨てるように素早く逃げて行き、取り巻きらしき二人もすぐに後を追った。
三人の姿が見えなくなったところで、私もティナさんの方に近づいた。
「ティナさん、大変でしたね」
「はわわわっ、リアーナさん……お恥ずかしいところを……」
「恥ずかしいのは彼女の方です。もしかして、彼女がいたからわざとBクラスになったのでしょうか」
「はいぃ……アーネットさんには中等学校の頃から意地悪されたり課題を押し付けられたり……断ることもできなくて……」
ティナさんは胸の前で両手を握りしめながら俯いた。
「そうでしたか。でももうこれからは大丈夫そうですね」
「はっ、はい。義兄さんのおかげです……本当にありがとうございました」
「気にするな。困ったことがあればいつでも力になる」
「はいぃ……」
ぺこぺこと何度も頭を下げて、ティナさんは食堂へ向かった。
(そういえばレイヴィスが言ってたな……裏側はドロドロしてるって……女子怖いな)
その一部を垣間見てしまった。
ダグラスのおかげで赤髪さんと関わらずに済んで本当に良かった。
しばらくまた庭を散策し、レイヴィスと待ち合わせしている場所へ向かった。
食堂まで歩きながら、ティナさんの話をした。
「……それでその人、意図的にBクラスになったんだ」
「はい。余程Aクラスになりたくなかったみたいです」
「そうなんだ……テストの手を抜いたって知って、リアはどう思った?」
「そうですね、テストを全力で受けるのも手を抜くのも本人の自由かと。ちなみに内緒ですけど王女殿下もらしいですよ、ふふっ」
おかしいですよね、と言って笑うと、レイヴィスはその場にしゃがみこんで両手で頭を抱えた。
そんなに面白かったのだろうか。
「……もし俺が実力テストの手を抜いてBクラスになってたらどう思った?」
「レイと同じクラスになれていたら、それはすごく嬉しくて感動ものでしたね」
「…………そっか」
レイヴィスはなぜか、しばらくその場から動かなくなった。
教室で女生徒に囲まれて、すごく疲れているようだ。
彼は真面目だからそんなこと絶対にしないだろうけど、もし本当に同じクラスになっていたら、私は飛び跳ねて喜んだだろう。





