赤い瞳は
最初から覚悟していたとはいえ、リアーナとクラスが離れてしまったことが辛い。
一緒の教室で学園生活を送りたかった。
(俺の目の届かないところで男子生徒と仲良くなっていたらどうしよう……デートに誘われでもしていたら……それを彼女が受けでもしたら……)
最悪の未来を想像する。うん、軽く死ねる。
リアーナに軽蔑されたくなくて、クラス分けの実力テストは全力で受けたが、手を抜けば良かったと本気で後悔している。
せめて一言聞けば良かった。
このクラスは本当に嫌だ。
リアーナがいないことはもちろんのこと、感じ悪い人や会いたくなかった人達がいて、とにかく居心地が悪い。
登校してからさっきまで、ずっと女生徒達に囲まれていた。
ひきつりそうな笑顔で何とか対応したけれど、本当に勘弁してほしい。
一部の男子生徒からは恨みを込めた目で見られている。
初等学校の頃と同じだ。
女生徒達は化粧室に行くと言い、集団で去っていった。
一時限目の授業が始まる前からもうぐったりで、頭を抱えた。
はぁーー……
口には出せず、心の中で盛大にため息を付くのはもう何回目だろうか。
義父さんに迷惑がかからないように、ここではあからさまに嫌な態度なんて取れない。
だけど二日目にして心が折れそう。
(そうだ、解放されている内に殿下に挨拶しに行かないと……)
大切なことを思い出して前を向くと、一人の男子生徒が俺の前にやってきた。
「やぁ、レイヴィス君。やっと一人になったね。私はウィルフレッド・ガルバシアだ。よろしく頼む」
屈託のない笑顔で、彼は右手を差し出した。
この国の王族は握手が好きだな、なんて思いながら立ち上がり、差し出された手を握った。
「レイヴィス・オルコットです。こちらからご挨拶に向かうべきでしたのに、申し訳ございません」
「気にしなくていい。君は昨日からずっと囲まれっぱなしだっただろう。パーティーでは挨拶できるかと思っていたのだが、こちらが囲まれてしまって身動きがとれなかったよ」
「寛大なお言葉をありがとうございます」
陛下にそっくりな気さくな笑顔と優しい言葉を向けてもらえて、心が軽くなる。
確かに初日から囲まれっぱなしで、挨拶に行こうと思った頃には殿下は帰っていて、結局挨拶できなかった。
それにしても、すぐ近くで見ると本当に息を呑むほど綺麗な人だ。
毛先まで艶やかな長い黒髪に鮮やかな赤い瞳が映えて、高貴さがより増しているように感じる。
(リアーナならきっとロズベリーの実みたいで美味しそうって言いそう。今年は一緒に摘まみ食いできないんだよなぁ……)
なんて、殿下を前にして物思いにふけってしまっていたら、殿下はふっと笑った。
俺、変な顔してたのかな。彼女の事を考えると顔が緩んでしまうから仕方ない。
「これからは、クラスメートとして気軽に接してもらえると嬉しいよ」
「はい、よろしくお願いいたします」
他の男子生徒は表面上に張り付けた嘘くさい笑顔で、上部だけの台詞を吐いてくる人が多い。
この方は思った通りのことを自然体で言っているように感じる。
不安しかないこのクラスの中で、やっと優しそうな人に出会えてちょっと嬉しくなった。
そういえば、男友達は一人も出来たことがない。というか、友達と呼べる人間はリアーナ以外いない気がする。
この学園ではせめて一人でも友達ができるといいな。
* *
昼休みになった。
昼食に行くためにレイヴィスと渡り廊下で待ち合わせをしているけれど、時間になっても彼は来ない。
昨日と同じような状態になっているのだろうか……
「ダグラス、様子を見に行きましょう」
「了解です」
どうせ中庭で時間を潰すことになるけど、彼の教室での様子を見てみたくて、Aクラスまで迎えに行くことにした。
扉の隙間からそーっと覗くと、レイヴィスは女生徒に群がられていた。
レイヴィスが会いたくなかったって言ってた人ってあの中にいるのかな……
女子達の反感を買いたくないので、邪魔しない方がよさそうだ。
しばらくまた渡り廊下で待っていることに決めて、扉をそっと閉めた。
「こんにちは。君はエヴァンズさんかな」
後ろからかけられた声に振り向くと、黒髪赤目の少年がいた。
この人は入学式で代表挨拶をしていた人で間違いない。
ちゃんと聞いていなかったし見ていなかったけど、陛下から聞いていた通りの外見だ。
「こんにちは、そうです。ウィルフレッド殿下でしょうか?」
「そうだよ、よろしくね」
そう言って彼は右手をすっと前に差し出したので、握手する。
「リアーナ・エヴァンズです。よろしくお願いいたします」
昨日は挨拶できなかったから会えて良かった。
それにしてもと、殿下の瞳をじっと見る。
(綺麗な赤い瞳だなぁ。完熟したロズベリーみたいで美味しそう。今年はレイヴィスと一緒に食べられないし、王都でも摘まみ食いできるか探そうかな……)
などと思っていると、殿下が下を向いて肩を震わせだした。
なぜか笑われている。
もしかしてよだれが出てる? 焦って口元を押さえたが、大丈夫そうだ。良かった。
「私の瞳の色が気になるかい?」
わぁ、バレていた。
「まじまじと見てしまい申し訳ございません……すごく綺麗だなと思いまして……」
そして美味しそうと思ってごめんなさい。
お腹空いたな……
「ふふっ、ありがとう。君はオルコット君を迎えに来たのかい?」
「はい、そのつもりでしたが、声をかけるのは諦めて待つことにしました」
女子の集団は怖いから。
「私が連れてきてあげるよ」
「わぁ、それは助かります。ありがとうございます」
ありがたい。殿下なら女子の反感を買うこともあるまい。
優しい人だ。陛下に雰囲気がそっくりで話しやすいし、仲良くなれるといいな。
* *
「本当に待たせてごめん」
殿下が教室から連れ出してくれたおかげで、やっと解放された。
「気にしないでください。ちょうどウィルフレッド殿下と挨拶できたので良かったです」
「そっか……殿下と会ってどう思った?」
「そうですね、陛下によく似ていました」
「それだけ?」
「あと、赤い瞳がロズベリーみたいだなと思って、今年はレイと一緒に食べられないことを寂しく思っちゃいました」
「……そっか」
ホッと胸を撫で下ろした。
あの美貌を前にして俺の事を考えてくれたなんて、嬉しすぎる。
俺と言うかロズベリーだけど。ついでだろうが全然かまわない。
「陛下が言っていた厄介ごとって、あの瞳に関連することかな」
「ああ、なるほど。王家の瞳をやたらと崇拝している人達ですか」
「この学園にも殿下の赤い瞳を否定的に思う人が少なからずいそうだね」
「そうですね。綺麗な赤い瞳の何が不満なのでしょう……殴ってやりましょうか」
リアーナは拳を握った。
王家の瞳とは、陛下やダグラスさんのような金色の瞳を指す。
王族の血を引く者が受け継いできた由緒ある色だと言われ、その瞳を持つ者しか王に相応しくないという考えを持つ人間が、少なからずいる。
確かに陛下の瞳には俺も気圧されたけれど、そんなのは最初だけ。話しているうちに緊張感も和らいでいった。
カリスマ性を感じたけれど、それは陛下自身に備わっていて、瞳の色なんて関係ないと思う。
同じ金色の瞳でも、ダグラスさんからは威圧感と殺気しか感じないし。
まだ殿下の人となりは分からないけど、とても好感の持てる人だった。
同じクラスになった以上は、厄介ごととやらに注意して過ごそう。
「そうだ。王女殿下は私と同じBクラスだったんです。びっくりしました」
「うん、それは俺も驚いた」
リアーナが知らなかったことに驚いた。
きっと自己紹介中は違うことを考えていたんだろうな。
「ウィルフレッド殿下から聞いたけど、実力テストの日は体調が悪くて全力を出せなかったらしいよ」
「……そうでしたか。何にせよ同じクラスになれて嬉しいです。とても素敵な人でした」
「そっか」
リアーナの顔が一瞬曇った。
全力を出せなかった人と同じクラスなのがショックなのかな。
リアーナの勉強が苦手なところも可愛くて好きなんだけど。
そんなことを言ったら怒らせてしまいそうなので内緒だ。





