入学記念パーティー
青いドレスを身に纏い、パーティー会場である学園の大ホールへやって来た。
薄化粧を施してもらい、髪型は何でもいいのでお任せしますと頼むと、上部を複雑に編み込んで毛先はサラサラにしてくれた。
何とも鮮やかな手つきの早業だった。
さすが使用人のプロだ。
唇に艶々キラキラしたものを塗られそうになったけど、なんだか嫌だったので遠慮させていただいた。
すごく残念そうな顔をされたけど。
できるだけ注目されたくないので、入場してすぐに端の方へと移動した。
壁に背を向けて、前にはダグラスの壁を設置する。
これで、こちらをちらちら伺っている人達は近づいてこないだろう。
社交? そんなものは知らん。
高い天井には大きなシャンデリア。無数に取り付けられた宝石は光を反射しながらキラキラ輝いている。
綺麗だけど、いったい総額いくらなんだろうと気になった。
入学式の時は点灯していなかったけど、これが点灯するだけでがらっと雰囲気が変わった。
パーティーに来た! という感じがして、そわそわする。
ホールの真ん中には見上げるほどのシャンパンタワー。高く積み上げる意味は知っているけれど、崩れないかひやひやする。
誰かがぶつかったら大惨事だ。
長テーブルにはずらりと料理が並び、その周囲では色とりどりの華やかなドレスを纏った少女達が楽しそうにお喋りをしている。
視覚的には何ともきらびやかな空間である。
私の隣には、正装姿の金色の髪の少年。
すらりと長い足に程よく引き締まった身体には、ダークグレーのスーツがよく似合う。
格好良さが数倍に跳ね上がっている。
しかし、私にはときめいている余裕はない。
会場に充満している、むせかえる程の臭いに耐えるのに必死なのだ。
(もうやだ……帰りたいよう……)
華やかな会場に不釣り合いな、涙目で吐き気と戦う私。
どうして皆、平気そうな顔でいるんだろう。ここには猛者しかいないのか。
もう何の臭いなのかも分からない。
ひたすら気持ち悪くて吐きそうになり、癒す。
それをずっと繰り返している。癒しの力を授かって本当によかった。
「リア、何で泣いてるの!?」
隣のレイヴィスが涙目な私に気づき焦りだした。
「レイ、私はもうダメです……気持ち悪い」
「そっか、香水と料理の混ざりあった臭いにやられたんだね。ちょっと待ってて」
そう言って、彼は両手を見つめながら何やら集中しだした。
どうしたんだろうと見ているうちに、気持ち悪い臭いが無くなった。
これってもしかしなくても……
「どう? 気持ち悪くなくなった?」
「はい。ほのかな花の香りになりました。何をしたのですか?」
「外の空気をリアが吸い込めるようにしたんだ」
「なるほど? ありがとうございます」
「どういたしまして」
レイヴィスは満足げに目元を和らげた。
風の魔力を使って、何やらいい感じに空気の流れをどうにかこうにかしてくれたんだろう。
彼がどんなことをしても、もう驚かない。
何はともあれ感謝だ。
とはいえずっと彼に頼るのも悪いので、パーティーが始まったら早々に帰ろう。
出席さえすればいつ帰ってもいいそうなので、始まった瞬間に帰ろう。
そう決心しながら、遠くの方の人だかりに目をやった。
ここでは殿下達に挨拶しようと思っていたけど、多分あの人だかりの中心にいるんだろう。
ちらりとも姿が見えないし、今日はもういいかな。いいよね。
(そう言えば、レイヴィスは殿下達と同じクラスだから、もう挨拶済みなのか)
どんな人達だったか聞いてみよう。
そう思ったら、前から顔見知りの男性がやってきた。
ふらついた足取りから察するに、相変わらず不健康な日々を送っていそうだ。
手にはぼんやり光る小さな玉を持っている。
「……魔法を使っているのは君か? 風魔法のようだがここまでずっと途切れることなく繋がっていた。まさか管状になっているのか? 会場内に風を起こすことなくどうやって操っている? そもそもなぜ魔法を使用している?」
男性はレイヴィスを見下ろしながら、挨拶をすっとばして本題だけをぶつけた。
(変わってないなこの人)
呆れながら見上げた。
そしておそらく、私には気付いていないだろう。
「もしかして、会場内は魔法の使用は禁止でしたか?」
つま先まで全身黒ずくめの男性に頭上から見下ろされ、レイヴィスはたじろいで魔法の発動を止めたようだ。
ああ、また気持ち悪くなってきた。
「いや……人に危害を加えるものでなければ問題ない。何をしていたんだ?」
「彼女が会場の臭いに体調を崩してしまったので、外の空気を運んでいました」
レイヴィスがそう答えると、男性は私の方をちらりと見た。
「…………ああ、リアーナか。久しぶりだな」
「お久しぶりですエドガーさん。ちなみにダグラスもいますよ」
エドガーさんはダグラスの方もちらりと見た。
「……ああ、君もいたのか」
「お前は相変わらずだな」
二人は同級生で、昔馴染みだ。
しかし、本当に人間に興味がないのだな。ダグラスなんて、とにかく背が高くて目立つというのに。
……あ、また気持ち悪い臭いが消えた。
また外の空気を運んできてくれたようだ。レイヴィスよ、ありがとう。
「リアのお知り合い?」
「この方はエドガー・クロムウェルといって、私の母方のいとこなんです」
エドガーさんの父と私の母は兄妹だ。
エドガーさんは灰色の髪にアイスブルーの瞳を持ち、整った顔立ちをしている。
だけど研究に没頭すると食事も睡眠も忘れがちになり、虚ろげな目の下に深い隈が染み付いている。
常に顔色が悪く、何とも近寄りがたい雰囲気である。
彼は昔はよく辺境伯領を訪れては、魔の森への調査に出掛けていたけれど、学園の教師になってからは一度も来ていない。
最新の道具が揃っている学園の研究室に入り浸っているようだ。
「クロムウェル公爵家の方でしたか。私はレイヴィス・オルコットと申します」
「そうか。ところで、今使っている魔法のことを詳しく聞きたいのだが────」
エドガーさんが前のめりにレイヴィスに迫ったところで、学園長による挨拶が始まった。
長々とした挨拶はもちろん無心で聞き流す。
なぜこんなに無駄に長いのだろう。
学園の生徒としての心得なんて、入学式の時にも話していた気がするのに。
入学時に渡された冊子にも書いてあったし、もういいだろう。
明日は鍛練できるかな、なんて考えながら、十数分経過した。
それでは皆さまごゆっくりお楽しみください、と挨拶が締め括られ、ようやくパーティーが始まった。
よし、帰ろう。
「レイ、ありがとうございました。私は帰りますが、楽しんでくださいね」
「あっ、それじゃ俺も────」
「君はまだ帰さないよ。さて、話をしようか」
レイヴィスは、エドガーさんにがしっと腕を掴まれた。
「えっ……あの……」
「エドガーさんは魔法原理学の教師をしていて、魔法オタクなんです。諦めて付き合ってあげてください。ではお先に失礼しますね」
「えっ……」
口をぽかんと開けたレイヴィスを残し、ダグラスと共にその場を後にした。
エドガーさんに興味を持たれてしまったら、逃れることなんてできない。
彼の気が済むまで解放してもらえないだろう。
(私が癒しの光の力に目覚めた時も、長時間付き合わされたな……)
逃げ隠れしたところで無駄で、エドガーさんはどこまでもしつこく追ってくるし、すぐに見つかる。 その執着はすさまじいものだった。
レイヴィスには諦めてもらう他ない。





