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辺境伯家

 国の最北端に位置するエヴァンズ辺境伯領。

 隣国との国境を守るこの領地を治めているのは、私の父であるセドリック・エヴァンズである。


 この国で最強と謳われる父は、十七年前、隣国の脅威から国を救った英雄である。

 幾度となく侵略を試みようと攻めてきた隣国の軍を砦の内側に侵入させること無く、数少ない精鋭部隊を率いて返り討ちにし続けた。

 私の母はそんな父に仕えた騎士団の一員であり、当時の精鋭部隊の一人だ。


 進軍を続ける隣国のあまりのしつこさにうんざりした父は、『ちょっと行ってくるわ』と、ふらっと単身で敵陣まで乗り込み、愚王を討ち取って帰ってきたという。


 その後、数ヵ月間は何だかんだと波乱はあったようだが、隣国の革命軍を指揮していた第三王子が王に選ばれ、即位と共に我が国との和平が結ばれた。


 今この国が平和なのは、父や母のような立派な騎士達のおかげなのである。


 私の夢は、彼らのような立派な騎士になること。物心がついたときからずっと抱き続けている夢だ。


 それなのに、よりにもよって私の持つ力は癒しの光だった。

 数ある魔力属性の中でごく僅かな、攻撃性のない属性。


 どれだけ鍛えて力をつけても、単純な力ではどうしても男性には敵わない。

 だからそれを魔法でカバーできるようになりたかったのに、それができなくなってしまった。



(嘘だろ……なんてこった)





  * * *




 

「あっはっはっは! まさか癒しの力だなんてなぁ、予想外にもほどがあるよな! くっふふっ……いっひひひ、あーおかし」


 町の大通りを歩く私の隣でバカ笑いをしているのは、兄のマーロウ。 

 儀式の行われた部屋から出て結果を報告してからずっと、彼は笑い続けている。


 私は耳障りな声にスンとなりながら、静かに歩き続けた。

 そうして我が家に帰ってきたというのに、兄は相変わらず笑い続けている。

 家に帰ってきてもうずいぶんと経つ。そろそろ黙らせるか。もちろん拳で。


 兄は父譲りの青い髪と黒い瞳を持つ、家族の贔屓目関係なくどこからどう見ても美男子である。

 見た目だけなら品のある貴公子なのだが、中身はがさつでデリカシーのない残念な男。


「ひーおっかし。あー笑った笑った。でもまあ、別に良いんじゃね?」

「どこが良いんですか。攻撃性皆無な属性ですよ」


 私は強くなりたいのに。理想の正反対に位置する癒しの力など求めていなかった。


「いや、でもさぁ、少なくとも相手から受けたダメージは消せるじゃん。それってわりと最強じゃね?」

「ダメージを……消せる?」


 兄の言葉に首を傾げる。


「自分の怪我とかも癒せるんじゃねぇの? 体力と魔力が続く限り無敵じゃん。まぁ瞬殺されたら終わりだけどな、ははっ。……はー、鍛練前に腹筋使っちまったな。それじゃそろそろ行くわ」


 笑い疲れた兄は言いたいだけ言ってうーんと伸びをし、さっさと鍛練場へと向かった。

 日課である午前の鍛練をするためだ。



 居間に一人残った私は、左手に無数についた擦り傷を見つめた。


「これ癒せるのかな……」


 聖女様だ何だと言われたから、白いヒラヒラとした服を着て癒しの光を人々の為に使い、崇め奉られるようなイメージが勝手についていた。

 自分の為に使うという発想が抜け落ちていた。


 とりあえずやってみよう。

 さっそく右手に魔力を集めてみる。儀式を終えてから体の中の魔力を感じられるようになったので、誰にも教わらなくても何とか魔力を動かすことはできた。


 集中し始めてから一分ほど経ったころ、ようやく手のひらに癒しの光を出せた。

 ぼんやりとしたその光を擦り傷に当ててみる。


「すごい。消えた」


 いつも傷だらけの手がつるんつるのツヤツヤだ。

 何だか貴族令嬢みたいな手になった。いや、みたいじゃなくて貴族令嬢なんだけど。


 自分の力を目の当たりにして考える。


「この力を磨いていったら、どんな攻撃を受けても無傷でいられるのかな……」


 それってすごい。そんなことがもしできたら……

 


「最強かぁ」


 うん。いい響き。すごくいい響きだ。

 魔法で攻撃力を上げられないなら防御力をあげればいい。うん、それっていいかも。


 本当は攻撃系の属性を望んでいたけれど、無いことを嘆いていても仕方ない。時間の無駄。

 私はこの力と私自身の身体をもっと鍛えればいいんだ。


「よしっ!」


 目標が決まった私は自室に向かい、紺色の騎士見習い服に着替える。

 背中まである髪を後ろで一纏めにすると、鍛練場へと向かった。




 ***




「リアーナ様、覚醒の儀式はどうでしたか?」

「属性は何でした?」

「俺は水属性に賭けたんですよ」

「オレは土っす」

「俺は風です!」

「オレは火です」


 着いてさっそく、鍛練をしていた騎士達に囲まれた。

 ごつくてムサい男達に群がられても嬉しくはない。私が好きなのはかわいいものだ。


「はいはい、皆さん暑苦しいのでもう少し離れてください。属性は何と癒しの光でしたよ。残念、皆さんハズレでしたね」


 熱気を散らすようにそう言うと、一同はぽかーんとした顔になる。

 その後、なぜか更に暑苦しい妙な熱気に包まれた。


「「「「「うおおー!」」」」」

「すっげえー!」

「なんすかソレー! レアすぎっしょ」

「さすがお嬢! 何か納得っす!」

「俺も! 何かリアーナ様にぴったりって感じです!」

「見た目も聖女様って感じっすもん」

「確かに! 聖女様っぽい!」

「「ぽいぽいー!」」


 騎士達のテンションはどんどんと上がっていく。

 尚、私を取り囲むようにそびえる筋肉の壁はそのままである。

 暑苦しいので勘弁してほしい。


(聖女様っぽい見た目って何だよ)


 私の青みがかった銀髪と薄紫色の瞳が聖女様っぽいのだろうか。

 それなら私と全く同じ色をしている母上も聖女様っぽいのかな。

 癒しの力が私にぴったりとか言われても、なんだそれ。


「ふふっ、なにそれ」


 全く嬉しくないのに、思わず笑みがこぼれた。

 この人達は、私ががっかりしていたなんて思ってもみないのだろう。


「皆さん、今後、私のこと聖女様って呼んだら許しませんからね。あと、町の人達からも聖女様だなんて呼ばれたくないので、私の属性は口外しないでくださいね。家族や友人にもですよ」


「「「「「了解っす」」」」」


 彼らの前で人差し指をピンと立て、上目で睨みを効かせながら忠告する。


 ここの人達はきちんと守秘義務を守れるので、これで大丈夫だろう。

 守らなかったときにどれだけ恐ろしい目に遭うのかを身をもって知っているから。


 聖なる力のことが知れ渡り、人々から聖女様だと崇められるのは本当に遠慮したい。私は騎士になるのだから。


 口封じも済んだことなので、気を取り直す。

 さて、今日も鍛練を始めよう。

 いつもの素振りや打ち合い、走り込み、筋力トレーニングに加えて、魔力操作のトレーニングも今日からやっと仲間入りである。何だかわくわくする。


 まずは一時間ほど走ることにしようとした矢先。


  ドゴーーーーーン、と轟音が響き渡る。


 その場にいた誰一人として慌てることなく、音がした方へ顔を向ける。


 すぐに騎士二人が駆け寄ってきた。


「リアーナ様、マーロウ様が地面に大穴を開けました!」

「騎士達と剣に魔法を重ねがけして、おもいっきり振ってる所オレ見たっす!」


 想定していた通りの報告に、溜め息が漏れる。


(はぁ……これで何度目だよ。ほんといい加減にしろよバカ兄)

 

 心の中で文句を呟きながら、目の前にいる騎士二人にはニッコリ笑顔を向けた。

 威圧感をたっぷりこめた笑顔だ。


「当事者達に責任を持って直させてくださいね」

「「了解っす」」


 騎士二人は頼もしく声を合わせて返事をすると、バカ兄がいる方へと戻っていった。

 

 兄はもうすぐ王都の高等学園に入学することになっているが、早く行ってくれないだろうかと願わずにはいられない。


 だけど目の届かない所に行ったらそれはそれで不安だ。

 憂いの種ばかりを撒き散らす兄に、今日もまたうんざりした。


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『聖なる加護持ち令嬢は、騎士を目指しているので聖女にはなりません。』コミカライズ連載中です

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