料理長は感動する
王立学園の食堂で見習いとして働き始めてから二十五年。
地道に努力を重ねて、料理長の座にまで上りつめた。
そんな私は、魔物を素材とした料理が大好きだ。
魔物は瘴気を出す生き物だからと食べることを敬遠されているが、きちんと処理をすれば人体に影響なく安心して食べられる。
旨味がぎゅっと詰まっており、栄養価も高い素晴らしい食材だ。
しかし、どれだけ素晴らしさを語っても、やはり敬遠されている。
魔物料理の定食は殆ど売れないが、まぁしょうがないことだ。
長い春休みが終わり、今日は入学式。
午前中で行事が終わり、食堂に続々と生徒がやってきた。
皆、昼食をとってから帰るようだ。
ピークが過ぎて客足が途絶えてきた頃、調理担当である私はしばし接客担当と交代し、カウンターに立っていた。
料理長になってからは、こうやって生徒達の食事風景を見るようにしている。
しばらくすると、ものすごく目立つ三人組がやって来た。
青銀の髪の美少女に金髪の美少年、すごく背が高い整った顔立ちの護衛騎士だ。
顔面偏差値が高すぎる。
少女が私に声をかけてきた。
「おすすめの定食は何でしょうか?」
おすすめか……
私は迷わずメニューボードの下の方を指差した。
「私のおすすめですと、こちらになります」
「本日の魔物料理、ですか……」
メニューボードを見ながら少女は小さく呟いた。
どうせ無理だろうと、やさぐれた気持ちになる。
いや、待て。こんなものをすすめるなんて! と怒られるのではないか。
しまったと思い、覚悟をしながら待っていると、少女が勢いよくこちらを向いた。
その薄紫色の瞳は輝いている。
「……ホーングリズリー!? 今日はホーングリズリーのステーキですか!?」
少女は声を弾ませた。
「え? えっと、はい。そうです」
「やったぁ! 王都近くの魔の森にしか生息しない魔物ですよね。一度食べてみたかったんです!…………っと、興奮しすぎました」
「良かったね、リア」
少女は今にも跳び跳ねそうなほど喜んだ。
隣の少年は、何とも慈愛に満ちた表情で見つめている。
そして私は、予想外の返答に脳が追い付かない。
えっと……
今、食べてみたかったって言った? 言ったよな?
「お嬢さまは魔物料理がお好きですか?」
「はい、好きです。敬遠されがちですけど、すごく美味しいですよね。私、本日の魔物料理にします」
何とも嬉しそうな笑顔が眩しい。
この子は本当に心からそう思っているのだろう。
ああ、まさかこんなに可愛らしい同志に出会えるなんて。
感動して目の前が滲む。
「俺も同じのにしようかな」
「俺もそうします」
何だと。まさか三人とも選んでくれるなんて。嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだ。
更に感動したのも束の間、眼光の鋭い護衛騎士と目が合い、涙はひっこんだ。
(……何ということだ。金色の瞳をしているではないか)
間近で目にする高貴な色に、体が震えた。
しかし今は狼狽えている場合ではない。気持ちを切り替えて接客する。
「かしこまりました。少々お待ちください」
裏側で座って休憩していた者に接客を任せ、私は調理場に戻った。
心を込めてステーキを焼く。これだけは他の者に任せてなるものか。
一日五食限定の魔物料理定食が完売するなんて初めてのこと。また目頭が熱くなってきた。
焼き上がると皿にのせて特製ソースをかけ、ソテーした野菜を添える。
メイン料理とパン、スープをトレーに置いて、魔物料理定食の完成だ
「お待たせしました」
「わぁ! これがホーングリズリーですか。ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
瞳を輝かせた少女とにこやかな少年と眼光鋭い護衛騎士の三人は、各自トレーを運んで隅の方の席へ行った。
彼らの話し声はここまで届かないが、表情から察するにお気に召していただけたようだ。
それにしても驚いた。
恐らくあの護衛騎士は、十年ほど前にこの学園に通っていたという噂の人物、王家の瞳を持つ公爵家の子息だろう。
学園を卒業後、そのまま行方をくらましたと騒がれていた。
公爵家から除籍して放浪の旅に出たとか、暗殺されてこの世にはもういないとか……いろいろ噂が飛び交っていた。
生きていたようで何よりだけど、今まで何をしていたんだろう。
すごく気になるが、深く考えないようにしよう。
魔物料理を食べてくれる人が増えた。それで充分ではないか。
* * *
「おいしい……幸せです。まさか入学したその日にホーングリズリーが食べられるなんて」
王都に来ることは憂鬱だったけれど、王都近くの魔の森にしか生息しない魔物を食べられることをすごく楽しみにしていた。
まさかこんなに早く食べられるなんて。
お肉だけでなく、ステーキのソースも副菜も、どれもすごく美味しい。
「本当に美味しいね。憂鬱だった気持ちが少しだけ和らいだよ」
「それは良かったです」
中庭で時間を潰していた時。レイヴィスから初等学校に通っていた頃の話を聞いた。
当時の彼は、女子達にしつこく付きまとわれ、それが気にくわない男子達に嫌味を言われる毎日を送っていたという。
猫なで声で接してくる女子達は、裏では抜け駆けするなと喧嘩して、ライバルに姑息な嫌がらせをする。
男子からは羨ましいと妬まれて、無視されたり睨まれたり嫌味を言われる日々を送っていたという。
当時と違い、今はレイヴィスは侯爵家の人間だ。
何かされても以前より強く出られるはずなので、そこは安心だ。
私とダグラスもいる。少しは心強く思ってくれているといいな。
それにしても、レイヴィスは幼い頃からすでにモテモテだったようだ。考えてみれば当たり前か。
初等学校の頃のレイヴィスなんて、かわいさがとんでもなかっただろうに。
私もその頃に会ってみたかった。毎日悶えていたに違いない。
そもそも私は十一歳の頃に彼と出会って、それからずっと悶えている。
だから女子達の気持ちは少し分かる。





