あなたは誰ですか
「リアーナ様っ!」
入学式が終わり、自分のクラスへと向かっている途中、聞き覚えのある声に呼び掛けられた。
前方から男子生徒がニコニコとしながら近づいて来る。
「お久しぶりです! あなたがこの学園に入学される日をずっと心待ちにしておりました!」
つり目がちのオレンジ色の瞳を輝かせながら、ハキハキ話す様子に懐かしさを覚える。
前に会った時は私より少し背が高いくらいだったのに、レイヴィスと同じくらいの身長になっている。
スッキリとした短い茶色の髪に、制服の上からでも分かる体格の良さ。
見た目も雰囲気も以前とずいぶん違う。
あなたは誰ですか? という変貌ぶりだ。
声をかけられなかったら絶対に気づかなかった。
「ルーディ様、お久しぶりです。声が大きいので控えていただけますか」
笑顔に威圧感をたっぷり含ませると、ルーディ様はプルプル体を震わせた。
ここは変わっていないようだ。
「レイ、この方が一年半前に私と一緒に魔の森へ行ったルーディ様ですよ」
「そうでしたか。はじめまして、レイヴィス・オルコットと申します」
レイヴィスは胸に手を当てて挨拶した。
「ルーディ・フィーガルだ、よろしく頼む。オルコット侯爵の養子と言うのは君のことだね。リアーナ様とはどういう関係だい?」
「彼は我が家の騎士見習いなんですよ」
「そうか。では君も強いんだね。いつか手合わせを願いたいものだ。はっはっは」
ルーディ様の口から手合わせという言葉がでるなんて。
一年半前は魔の森でへっぴり腰だったのに、強くなったのだろうか。
見るからに鍛えていそうだし。
「ルーディ様は随分と逞しくなられましたね」
「いやぁそんなことは、ありますけどねっ。はっはっは」
照れと誇らしさが混じりあったように笑った。
ルーディ様は、一年半前から心を入れ換えて、何にでも前向きに取り組むようになったという。
王立騎士団の騎士見習いとして、身体を鍛えることに勤しみ、学園でも剣術、体術の選択授業を取り入れているようだ。
まだ話をしたかったけれど、私達はクラスへ向かっている途中だったので、早々に話を切り上げてルーディ様と別れた。
私とレイヴィスも途中で別れて、それぞれのクラスへと向かった。
そう、私とレイヴィスはクラスが違う。
入学の少し前に受けた実力テストの結果によって、爵位などは関係なしにクラス分けがされた。
レイヴィスは一番上のAクラス、私は真ん中のBクラスである。
頭の作りが違うので仕方ないこと。こればかりはさすがに最初から諦めていた。
AクラスとBクラスは別々の棟で、渡り廊下を挟んで建っている。
私はダグラスと共に自分のクラスへと向かった。護衛は教室に入らず、隣の部屋で待機することになる。
(ダグラス暇だろうなぁ……待機してるだけなんて地味に辛いよね)
申し訳なく思いつつ、一人で教室に入った。
教室内にいた人に軽く挨拶をしてから決められた席へと座った。
もうすでに、こちらを窺う視線と微かな話し声が聞こえる。
初等部から付き合いのある人達が多いのだろう。二、三人の集まりが多い。
ああ、気まずい。こういう空気は苦手だ。
すでに帰りたくなってきた。
帰ったら思いきり走りたかったけど、また眠くなってはいけないので、夕方からのパーティーまで少しでも寝た方がいいだろう。
寮に行ったら、まず荷物の整理をして、それから……
(……あれ? 今日から寮暮らしだよ。私はどこを走ってどこで鍛練したらいいんだ?)
王都に到着してから一週間は、父が王都に所有している別邸でお世話になっていた。
広さはないがそこの庭で素振りをし、手合わせをし、走っていた。
そこは老夫婦が住み込みで管理をしていて、たまに王都を訪れる両親が泊まるための場所だ。
こちらでいる間はそこに住むという選択肢もあったけれど、老夫婦に負担をかけたくないので学園の寮に住むことにした。
これからどうしよう。
寮の庭で鍛練? そもそも庭はあるのか? どこか手頃な場所を借りられないかな……などと悩んでいるうちにベルが鳴り、教師がやってきた。
いろいろな書類を渡され、各自簡単に自己紹介を済まる。
最後に教師からの話を聞いて、今日はもうこれで解散である。
ささっと荷物をまとめ、いち早く教室を出た。
ダグラスと共に生徒専用のラウンジへと向かった。ここでレイヴィスと待ち合わせをしている。
一番隅の窓際に座り、ダグラスに問いかけた。
「ねぇダグラス、私これからどこで鍛練すればいいのでしょうか?」
「やっぱり今頃気づきましたか」
ダグラスは呆れ顔で淡々と言った。
私が目先のことしか考えていないことはお見通しのようだ。
「王立騎士団が所持する鍛練場の一つの使用許可が下りています」
おお! さすがダグラス。
「ありがとうございます!」
「今は使われていない荒れた所だそうです」
「ある程度の広さがあれば、それで充分です」
良かった。教室でずっと悩んでいたことが解消されて、なんだかお腹が空いてきた。
今日はこの後、学園の食堂で昼食をとるつもりでいる。
(レイヴィス遅いなぁ……)
* *
二十分程待ち、ようやくレイヴィスがやって来た。
彼は疲れた顔をしている。
「遅くなってごめん、やっと解放してもらえて……」
「解放? あ、初等学校でのお知り合いですか?」
「うん、そう」
「久しぶりに会えて良かったですね」
そう言うと、レイヴィスは眉をひそめた。
待たされた嫌味だと受け取ったかもしれない。
「今のは嫌味じゃないですよ。待たされたことを怒っていませんからね」
「うん、それはもちろん分かってるよ。そうじゃなくて、何て言うか……もう会いたくなかったなって思っただけで……」
レイヴィスは遠い目をした。
「お前も大変だな」
「……はい」
ダグラスはレイヴィスの気持ちを理解しているようで、労いの言葉を向けた。
何だろう。よく分からないが、お腹が空いた。
「後でまた聞かせてください。食堂に行きましょうか」
「うん」
三人で移動する。
到着した食堂に足を踏み入れるとすぐに、私達三人に視線が集まっていくのを嫌でも感じた。
(うわぁ……大勢の視線に晒されながら食事をするなんて嫌すぎる)
顔が歪みそうになるのを何とか堪える。
嫌だけど、我が儘を言って困らせてはいけない。我慢しないと。
そう気持ちを切り替えると、レイヴィスが困り顔で話しかけてきた。
「ねぇリア、我が儘言ってもいい? 俺、この視線の中で食事するのちょっと嫌かも」
「わぁ、私も同じことを思っていました」
良かった。気持ちは同じだったようだ。
意気投合したところで、一旦食堂から出て中庭に向かって歩いた。
「ねぇダグラス、食堂はいつもあんなに混むものですか?」
「そうですね、人気の定食は数量限定なので、昼休憩が始まると大勢が一気に詰め寄せる感じかと」
「そうですか……」
あんなに人が多い所で、毎日食事をするのは嫌すぎる。
レイヴィスと話し合い、これからは食堂には時間を遅らせて行くことにした。
しばらく中庭を散歩してから食堂へ戻ると、人はずいぶん少なくなっていた。
多少の視線はあるけれど、最初に比べると耐えられる程度だ。
ホッとしながら注文カウンターに向かった。
何を食べようかな。
今はお腹が空いていて、何でも美味しく食べられそうだ。
私は特に好き嫌いがないので、選んでもらおう。
「おすすめの定食は何でしょうか?」
注文カウンターに立っている、コック帽をかぶった四十代ほどの男性に声をかけた。
「私のおすすめですと、こちらになります」
彼が指差した、メニューボードの一番下に目をやった。
「本日の魔物料理、ですか……」





