行きたくない (辺境伯領編 最終話)
「リアーナ様、餞別は何がいいっすか?」
鍛練場で朝の挨拶を交わしたすぐ後に、騎士が尋ねてきた。
「餞別ですか? 今生の別れでもあるまいし必要ありません。兄上と違って長期休暇には帰ってきますよ」
「そう言わないでくださいよー。俺らリアーナ様の華々しい旅立ちを祝いたいんす!」
「レイヴィスにもお祝いするんで、お嬢にも何かさせてください!」
「そうですよ! こんな機会そうそうないんすから!」
高くそびえ立つ筋肉の壁が三方向から迫りくる。
ぐいぐいくる暑苦しさに早々に折れた。
「……わかりました。返事は後でもいいですか?」
「「「了解っす!」」」
三人は納得して鍛練に戻っていった。
餞別か……人から贈られたものは何でも嬉しいから、何でもいいのに。
騎士達からだから、筋トレグッズなどだろうか。
あとは何だろう。手袋、膝当て、小刀……
(うーん、悩むな。何がいいかなぁ……)
考えながらストレッチをしていると、レイヴィスがやってきた。
「リア、おはよう」
「おはようございます。ねぇ、レイは騎士達に餞別は何がいいか聞かれました?」
「うん。昨日の夕食の時に聞かれたよ」
「そうですか、何にするか決めましたか?」
「俺は魔力を沢山ください。って返事したよ」
「……そうですか」
なるほど。騎士達の魔法を吸い込めるだけ吸い込んで行くつもりのようだ。
それはいい考えだが、レイヴィスにしか無理なこと。
「私は何にしましょう……」
「リアはかわいいものが好きでしょ。向こうで使えるかわいいものを頼んでみたら?」
「かわいいもの……」
かわいいもの、それは確かに欲しい。
ごつい騎士達から貰うものだから、彼らからイメージするもので考えていた。
彼らが選ぶかわいいものとは、一体どんなものだろう。
すごく気になる。うん、そうしよう。
「そうします!」
「うん」
さっそく先ほどの騎士達に返事を伝えに行き、レイヴィスと走り始めた。
敷地内の花壇には、今にも咲きそうなふっくらした蕾が沢山ついている。
「今年はここの花が満開になるところは見られませんね」
「そう思うとちょっと寂しいね。でも、王都にはここで見られない花が沢山咲いているかもしれないよ」
「わぁ、それは楽しみです」
王都には私が知らないものがいっぱいあるのだろう。
レイヴィスと一緒に見るのが楽しみだ。
* * *
後日、騎士達から餞別を受け取った。
さっそく中を見せてもらうと、キルトのペンケースに筆記用具、ハンカチ、レターセットなどが入っていた。
レースをあしらったものや花柄のものなど、私好みなものばかりだ。
「わぁ、かわいい……すごくかわいい……ありがとうございます」
これを目の前の屈強な騎士達が選んだなんて。
感動と嬉しさ、そして笑いが込み上げてきた。
(こんなにかわいいものをこの人たちが買ったなんて……ダメだ、笑ってはいけない)
笑うのはさすがに失礼なのでどうにか耐える。涙目になりながら笑顔でお礼を言った。
大切に使わせてもらおう。
***
「リア姉さま、どうぞ」
「私とラナちゃんからのプレゼントです」
ラウンジで休憩していたら、ラナとマリーちゃんからもプレゼントを貰った。
二本の細い飾り紐だ。
一つは綺麗な模様に編み込まれたもの、もう一つは金色の糸も編み込まれていてキラキラしている。
「わぁ……! ありがとうございます。もしかして手作りですか?」
「はい! レイ兄さまに教わりながら、二人で作りました」
「すごいですね。とってもきれい。本当にありがとうございます」
「「えへへ」」
ああ、照れてはにかむ二人がかわいすぎる。
かわいすぎるけれど、抱きしめるのはもう卒業したので我慢だ。
「二人に会えなくなるのは寂しいけれど、向こうでは毎日これで髪を結んで頑張りますね」
「はい! 私達もここで頑張ります」
「リア姉さまが驚くくらいに成長してみせますね!」
「ふふっ、それは楽しみです」
意気込む二人もかわいい。
私も負けないように、成長しようと心に誓った。
特に女子力を上げたい。
レイヴィスに出会ってから、私には圧倒的に足りていないと思い知らされてきたから。
* *
リアーナがマリー達からのプレゼントを受け取って喜んでいるのを微笑ましく眺めながら、俺は内心ドキドキしていた。
マリー達にどんなデザインがいいか、どんな色にしようかと相談された時、自分の持つ色を使って欲しい衝動に駆られてしまい、さりげなく提案してしまったからだ。
そうして出来上がった飾り紐が、青紫色の糸をベースにしたものと、金色の糸がアクセントになったもの。
他の色の糸も使っているし、金色はラナちゃんの瞳の色でもあるからバレる心配はない。
だけど後からすごく恥ずかしくなってきて、頭を抱えて悶えた。
独占欲丸出しで、本当に恥ずかしい。
前にリアーナにやきもちを焼いてもらえて、大好きって言葉までもらえて、すごく嬉しくて幸せな気持ちになれた。
だけど彼女の言う”好き“は、友達としての好きだろう。恋愛感情には程遠い気がする。
いつか、俺と同じような、特別な”好き“になってくれるといいな。
* * *
「リアーナ、気を引き締めて頑張ってくるんだぞ」
「気を付けてね。変な男に騙されちゃダメよ」
「はいっ」
両親が軽く抱き締めてくれた。
「レイヴィス、リアーナのことくれぐれも頼んだぞ」
「本当にお願いね」
「はい。お任せください」
レイヴィスはなぜか私のことを頼まれている。
複雑だが、彼はしっかりものだから頼りたくなる気持ちは分かる。
実際、向こうではきっといろいろ頼ってしまいそうだし。
「変なことやらかすんじゃないぞー」
「兄様じゃないので大丈夫です」
「俺、何もやらかしてないって言ってんのになぁ」
ケタケタ笑う兄をじとっと見た。
彼は私の前でのだらしない態度は相変わらずなので、つい言い返してしまう。
「それでは、行ってきます!」
家族やミリア達、騎士達とも挨拶を済ませ、レイヴィス、ダグラスと共に馬車に乗り込んだ。
ダグラスはミリアとラナと離れることになってしまう。
他の人との交代を提案したのに、『責任を持って務めます』と言ってダグラスは譲らなかった。本当に真面目だ。
でも、不慣れな土地で最強の護衛がいてくれることは心強い。
心強いけれど、ちょっと目立ちすぎる護衛に若干の不安も残る。
「あー……不安になってきた」
馬車に揺られていると、レイヴィスが珍しく弱音をこぼした。
「レイもそんな風に思うことがあるのですね」
「そりゃあるよ。貴族の通う学校って、すごく大変なんだ」
そうか。レイヴィスは王都の貴族が通う初等学校に通っていたから、経験者だった。
「そんなに大変だったのですか?」
「うん。なんかね、表面上はキラキラとしてるけど、裏側ではドロドロとしているんだ」
嫌な世界だな。上手くやっていける気がしない。
「私もますます不安になってきました……」
「お嬢様なら大丈夫だと思います」
「ダグラスは学園は楽しかったですか?」
「……」
質問してみると、ダグラスは顔をしかめて無言になり、何かを考えだした。
彼の学園生活で一体何があったのだろう。
「……女性不信に陥りそうになりましたが、ミリアがいてくれたので何とかやっていけました」
「え? 一体何があったのですか?」
「それは言いたくはありません」
「えー……」
中途半端に聞かされると、余計に気になるんだけど。
「貴族令嬢って怖いですよね」
「ああ……」
レイヴィスとダグラスが共感しだした。
目の前にいる私も、貴族令嬢という分類に所属するのだけど。
何だか微妙な不安を感じながら、王都への旅路を行く。
(……王立学園、行きたくないな)





