また来ました
午後の鍛練場にて。私は兄から体術を教わっていた。
「だーかーら、こうだって!」
「こうですか?」
「違うって、こう! こうやってこういい感じに」
「こうですか?」
「違うって、こうだってば」
「こう……」
「ちがーう!」
「……」
だめだ。全く理解できない。
最初から分かっていたとはいえ、兄の教え方は感覚的すぎる。
全く理解できず、一日目にして諦めつつある。
(何だよいい感じって。分かるか!)
天才肌の兄の言葉を理解できない自分の不甲斐なさに苛立つ。
埒があかないので一旦休憩する。
どうしたものかと悩んでいると、近くで鍛練をしていたレイヴィスがやって来た。
「俺が教えようか?」
「え……?」
「たぶん、近くで集中して見てたらリアに教えられると思う」
何と! 救世主がいた。
「お願いします!」
レイヴィスの両肩をがしっと掴み前のめりに答えた。この救世主を逃してたまるものか。
彼は私の勢いにたじろいだけれど、すぐにいつもの爽やか笑顔を向けてくれた。
「うん、任せて」
「ありがとうございます!」
そういうわけで、レイヴィスは兄が組手をしているところをじっと観察した。
そして理解した後は私に教えてくれるようになった。
彼の教え方は本当にわかりやすい。
私に合わせた丁寧な教え方に感動する。比較対象がひどすぎるから余計に。
レイヴィスのおかげで、何とか兄のように上手くできるようになっていった。
そしてもちろん彼もその技術を身につけている。
レイヴィスも兄のように天才肌だ。
だけど兄と違って彼は何事にも一生懸命なので、素直に尊敬できる。
すごくて素直で優しくてかわいいなんて最強すぎでは。
欠点が見当たらない。
でも最近は、かわいい以上に格好よさが溢れ出ていて、私は大変な思いをしている。
* * *
まだ日も上りきっていない早朝の鍛練場にて。
澄んだ空気と静けさの中、金属が激しくぶつかり合う音が響く。
父と騎士団長が手合わせをしている。離れた所には母の姿がある。
私はさらに離れた所でその様子を眺めていた。
昔からこうやってたまに、彼らの手合わせを眺めている。
離れた所からだと全体がよく見渡せて、父と騎士団長の動きがよく分かる。
昔は何をしているのか分からず、ただ呆然としながら眺めていたけれど、今では何をしているのか目で追えるようになった。
二人は一度手を止め距離をとり直した。
今から魔法を使用するようだ。
地面が大きく盛り上がり、私が座っているところにまで揺れがやってくる。
二人とも土魔法の使い手である。
鍛練場はごつごつとした岩場のように化し、それでも二人の勢いは全く衰えることない。
足元が悪くて動きにくいはずなのに、いっそう激しく剣をぶつけあう。
ビリビリとした気迫が離れたところまで伝わってくる。
父と騎士団長の手合わせが終わると、母と父の手合わせが始まった。
母はしなやかに流れるように剣を振る。
力強い父とは対照的な、静かで美しい動きだ。
父に全く押されることのない母の動きをしっかりと目に焼き付ける。
本当に格好いい。
見学を終えると屋敷に戻り、朝食をとった。
それから別室へ移動した。
今日は我が家に礼儀作法の講師が来ている。
マリーちゃんとラナが礼儀作法を学んでいるのだ。
ダグラスは辺境に来る際、陛下から騎士爵という名目で男爵位を半ば無理やりに賜った。
つまりラナも貴族令嬢なのである。
私とレイヴィスは一通りのマナーはもう習得済みだ。
だけど忘れてしまわないように、復習も兼ねてこうやって見学をさせてもらっている。
マリーちゃんは侯爵家の養子になってから、すごく努力をしている。
初等学校に通うようになってから勉強を一生懸命していたけれど、更に頑張るようになった。
ラナも負けじと頑張っていて、お互いいい刺激を与え合っているようだ。
頑張る子は大好きなので、あとでたっぷり抱きしめることにしよう。
でも、二人は恥ずかしがるようになってきたので、そろそろ抱きしめさせてもらえなくなりそうだ。
二人の成長は嬉しいけれど、ちょっぴり寂しい今日この頃だ。
* * *
「いやー、やっぱり田舎はいいっすよねー」
「そうだねぇ、食べ物は美味しいし、うるさい宰相達もいないしねぇ」
リアーナに連れられて来たラウンジに、椅子の背にだらーんともたれ全力で寛いでいる二人がいた。脱力感が半端無い。
一人はマーロウさん、もう一人は金色の髪の男性だ。
この方はこの国の王であり、後ろには護衛らしき二人が立っている。
話には聞いていたけど、実際目の当たりにするとすごい光景だ。
さすがに緊張しながら近づくと、陛下はすぐに立ち上がって目の前に来てくれた。
金色の瞳はダグラスさんのような鋭さは無く穏やか。それなのに気圧されるような威厳に満ちている。
「やぁ、君がレイヴィス君だね! よろしく」
陛下は屈託の無い笑顔と共にそう言って、右手を前に出した。
(え、握手? 陛下とこんなに気安く握手していいものなのかな……?)
躊躇いつつ、手を差し出された以上は断るなんて選択肢はない。
「お初にお目にかかります、陛下。レイヴィス・オルコットと申します」
手を握って挨拶すると、陛下は左手を俺の手に重ね、ブンブンと上下に振った。
「はっはっは、そう硬くならなくていいからね。自然体自然体っ」
まるで近所のおじさんのような軽さだ。
本当にすごくフレンドリーな方で、義父さんと似た優しい空気を感じる。
さぁ座りたまえというお言葉に甘えて、リアーナと隣のテーブル席へと座った。
陛下には是非聞いておきたいことがある。
「あの、せっかくオルコット侯爵に爵位を残されたのに、私のような者が養子になって良かったのでしょうか?」
義父さんが爵位を返上することを止めたということは、それだけ義父さんが特別で優秀な存在だったということだ。
俺なんかが養子になってもよかったのだろうかと、後からすごく不安になった。
陛下は金色の瞳を優しく細めた。
「カーティス君が君を選んだんだ、何の問題も無いよ。彼は君のことをとても優秀な子なんだと言っていたよ」
「……ありがとうございます。侯爵家の人間として恥じることのないよう心がけていきます」
それはもちろんのこと、少しでも義父さんに恩返しをしたい。
跡を継ぐことは考えていないけれど、何かできることはあるはずだ。
「そうかそうか、頑張るんだよ。君とリアーナちゃんは私の子供達と同じ学年だから、学園では仲良くしてやってくれ」
「お二人共とても優秀なのでしょう。私は同じクラスにはなれそうにないです……」
リアーナは苦笑いしながら気まずそうに言った。
彼女は努力家だけれど勉強が苦手だ。
復習に付き合うことがよくあるけれど、数学で躓いた所をどれだけ教えても、理解できない時がある。
涙目で『分かりません』って言うのがすごくかわいくて、つい抱きしめたくなってしまう。
「ははは、リアーナちゃんは勉強が苦手だったね。同じクラスになれなくても接する機会はあるだろうから、よろしく頼むね」
「……はい」
「もしかしたら面倒ごとに巻き込まれるかもしれないけどねっ!」
陛下は朗らかに笑いながら、軽い感じでさらりと不安になるような事を言った。
「え、何ですかそれ」
リアーナが嫌そうな顔で陛下を睨む。
陛下は笑って誤魔化したので、詳細は分からなかった。
リアーナ、陛下にそんな目を向けちゃダメだよ。
陛下は全く気にしていない様子なので、気の置けない関係なんだろうと安心したけど。
マーロウさんに至っては、陛下の目の前で机に突っ伏して寝ている。
(すごいなぁ、この兄妹)
あまりの自由さに尊敬の念すら覚えた。
それにしても、面倒ごとというのが気になる。
いいことでないのは確かだろう。
殿下達にとって良くないことなら、少しでも力になれたらいいと思った。