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侯爵家へ

 カーティス伯父さんが辺境伯家に到着したとの知らせを受けた。

 応接室で二人で話をすることになっているので、急いで向かった。


 伯父さんは俺の顔を見にきただけだろうか。それとも何か用件があるのだろうか。


 伯爵家に戻れと言われるかもしれない。そんな不安がよぎる。


 正直、ここを離れるなんて嫌だ。

 あのクズの元へ戻ることはもちろん、リアーナと離れるなんて嫌に決まっている。

 だけど、彼女は数年後に王都の学園へ行ってしまう。


 遅かれ早かれ離れなければいけない。

 それならば、彼女と同じ貴族という立場に戻れたら────


 気持ちの整理がつかないまま、応接室の扉をノックした。


「失礼します」


 扉を開けて、中に一歩踏み入れた。


「レイヴィス! 無事でよかった!」

「っわっ」


 すぐ目の前に伯父さんがいて、思わずのけ反ってしまった。

 ノックの音と共に駆け寄ってきてくれたようだ。


「伯父さんお久しぶりです。来てくださって嬉しいです」

 

 落ち着いて話しかけると、伯父さんは目元を和らげた。

 会えなかった数年間で目尻の皺が深くなったようだ。優しい雰囲気は変わっていなくてホッとする。


 二人で長机を挟んで向かい合わせに座った。


「愚弟が本当にすまなかった。君の代わりにたっぷりと殴っておいたからね」

「そうですか。ありがとうございます」

「昔からバカでクズだとは思っていたが、あそこまで腐っていたなんて思わなかったよ」


 伯父さんは呆れ顔だ。

 実の弟のことをそんな風に思っていたと知り、笑ってしまった。


 俺は伯爵に捨てられてから今までのことを話す。

 伯父さんは涙ぐみながら静かに話を聞いてくれた。


「……本当に辛かったね。リアーナさんには感謝しきれないくらいだ」

「はい。彼女のおかげで毎日幸せに過ごしています」

「そうか、本当に安心したよ」


 伯父さんは一呼吸おくと、真面目な顔で話をきりだした。


「今日はね、君の無事を確かめるためと、大事な話をするために来たんだ」


(……きた。どうしよう、どうしたらいいんだろう)


 今後どうするべき、まだ気持ちの整理がついていない。

 表情を硬くしながら拳を握りしめる。俺の不安を感じ取ったのか、伯父さんは表情を和らげた。



「レイヴィス、うちの子にならないかい?」

「━━━━へっ?」


 覚悟していた言葉と全く違う言葉に、間抜けな声が出てしまった。


「うち、というのは……伯爵家では無いということですか?」

「当たり前だ。あのバカの所になんて行かせるはずないだろう。あいつが君を連れ戻そうとしたら殴ってでも止めるつもりだ。そうでは無くてだね、私の養子になる気はないかい?」

「伯父さんの……」


 伯父さんは、まずは話だけでも聞いて欲しいと俺に説明をしてくれた。


 養子と言っても、戸籍上で親子になるだけのようだ。

 伯父さんは他国に行っていることが多く、一緒に暮らすことはできないから。


 今は領地のことは代理人に任せているそうだ。


「本当は国を離れる時に領地も爵位も返上するつもりだったけれど、陛下に却下されてしまったよ」


 伯父さんは苦笑いで言った。

 数年国を離れることになっても、いつか戻ってくる気があるならそのままでいたら良いと言われ、今でも侯爵を名乗らせてもらっているという。


 伯父さんは俺だけでなく、マリーも一緒に養子として迎え入れてくれるそうだ。


「君たちのここでの暮らしはそのまま変わらない。ただ後ろ楯ができるだけだと考えてくれ」

「後ろ楯ですか」

「そう。君たちの今後の選択肢が増えるだけだと考えたらいい」


 伯父さんは説明を続けた。


 将来跡を継ぐ継がないも、成人したら籍から抜けるも自由。

 跡を継ぐとなれば、爵位を譲渡できるようになるまで、それ相応の努力は必要になる。


 今ここですぐ結論を出す必要はない。

 二日間ここに滞在する予定であり、その間によく考えて結論を出したらいい。


 伯父さんは考えを押し付けることなく、俺に全てを委ねてくれた。


「決心がついたら、必要な書類にサインをして欲しい。私は次は王都に行く予定だから、その時に書類を提出したい」

「……わかりました」


 伯父さんは俺の頭を優しくぽんぽんっとすると、当主様と話をする為に執務室へと向かった。



「養子かぁ……」


 一人になった応接室で小さく呟いた。

 よく考えて結論を出すように言われたけど、そんなの考えるまでもなく答えは出ている。

 


 


  * * *





 翌日、当主様の執務室にて。

 俺とマリーはカーティス伯父さんから受け取った書類に署名をした。

 保証人の欄には当主様が署名をしてくれた。


「本当にいいんだね?」

「はい。お話をいただいた時には、もう決心がついていました」

「そうか。それは良かった。私は父親として君たちにしてやれることはあまり無いと思うが、困ったことがあったら私の名前を使ってくれてかまわないからね」

「ありがとうございます。あなたの息子として恥ずかしくないような人間になってみせます」

「わたしも、たくさんお勉強してりっぱになります!」


 マリーもきちんと理解しているようで、意気込みを口にした。

 カーティス伯父さんは優しく笑ってマリーの頭を撫でた。


「そうかそうか。頼もしいな」

「君たちが成人するまでは、俺が君たちをサポートしよう。貴族としての立ち振舞いも身に付くように手配するから、まぁ頑張るんだぞ」

「「はいっ」」


 当主様の後ろ楯まで得た。

 恐縮すぎるけど、断る理由は無い。


 そう、リアーナに近づけるためなら何だってありがたく受けとる。


 話はつつがなく終わり、当主様の執務室を後にする。

 マリーとは廊下の途中で別れて、俺はリアーナの元へと向かった。


 侯爵家の養子に入ることになったと報告したら、リアーナはきょとんとした。

 その後、頬を赤く染めてすごく喜んでくれた。


「嬉しい……本当に嬉しいです」


 薄紫色の瞳を輝かせながら、花のように笑う。


 愛しすぎて抱きしめたくなったけど、何とか我慢できた。

 うん、本当によく我慢できたなと思う。

 

 



 * * *





「いやー! お前がお貴族サマだったなんてなぁ!」

「何か納得だよなぁ、オマエどー見ても見た目それっぽいもん」

「「ぽいぽいー!」」

「俺たちお前のこと敬わなきゃダメか? もういいよな、今さらだし」

「今さら無理っしょ」

「だよなぁー」


 レイヴィスの生い立ちや侯爵家の養子に入ったことを聞いても、騎士達は通常営業だ。

 それにしても彼らは本当に“ぽい見た目”というのが好きなようだ。


「もちろん今まで通りよろしくお願いします」


 レイヴィスも彼らのいつも通りな様子に嬉しそう。


 

 鍛練場に居合わせた騎士達への報告を終えると、レイヴィスと一緒に走りながら話をした。


「ねぇ、レイヴィス。これで王都の学園に一緒に行けますね」

「……え? 形だけの養子なのに俺も通えるの?」

「貴族籍のある子供は十五歳になる年に王立学園へ通う義務があるんです」


 王立の初等学校と中等学校に通うことは義務ではないが、高等学校だけは王立学園に通わなくてはならない。


 成人する前に貴族間で交友を深めて繋がりを持つため、社交性を身に付けさせるためだとか。

 正直かなり面倒くさい。


「そうなんだ。伯父さんはそんなこと言ってなかったけど」

「忘れていたのでしょうね」


 レイヴィスと一緒に学園へ行ける。

 それに気づいた時は飛び上がりそうなほど嬉しかった。

 いや、実際に飛び上がったか。


 長期休暇には辺境伯領に戻って来れるとしても、長い間会えなくなることに耐えられそうになかったから。


「そっか……それじゃ俺、リアーナと離ればなれにならなくて済むんだね。やったぁ」


 はい、輝くとびきりの笑顔をいただきました。

 レイヴィスも会えなくなるのを寂しく思ってくれていたようだ。


(えへへ……嬉しい)


 王都の貴族院に書類が受理されたら同じ貴族になれる。

 もうそろそろ良いかな……

 恥ずかしいけれど、勇気を出してみる。


「これからもよろしくお願いしますね、レイ」


 愛称で呼びかけると、レイヴィスは目を丸くした。

 やっぱり恥ずかしい。どういう反応がくるのかドキドキしながら待つ。


 レイヴィスはしばらく無言で立ち尽くしていたけれど、ふんわりと笑った。


「うんっ。よろしくね、リア」

「はい。えへへ……」


 彼も愛称で呼んでくれた。照れくさいけど嬉しい。


 王都に行くことは憂鬱なだけだったのに、少しだけ楽しみになった。


 田舎で自由にのびのびと過ごしてきた私には、貴族間の付き合いをしなければいけないことが億劫でたまらない。

 その上ここの人達と離れないといけないのだから、いいことなんて一つもなかった。


 だけどレイヴィスと一緒なら頑張れそうだ。




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