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君に出会う前の話

 ルーディ様が帰った翌日は、いつもより朝早く起きた。


 顔を洗って髪を後ろで一纏めにし、騎士見習い服に着替えた。


 ここ三日間はルーディ様が辺境伯家に滞在していたため、彼を魔の森に連れて行ったり町を案内したりしていた。

 朝晩の空いた時間は勉強していたので、走り込みや鍛練をする時間が取れなかった。

 馬に乗ったり沢山歩いたりしていたが、毎日欠かさず続けていたことをしないと体がうずうずする。


 そういうわけで、朝食の時間まで走ることに決めた。


 ひんやりとした朝の空気と静けさの中、一人で軽くストレッチを済ませる。


 走ろうと踏み出した瞬間、後ろから誰かが近づいてくる気配を感じた。

 振り向いたそこには、朝の陽の光をうけて輝く金色の髪。爽やかな朝が似合いすぎる少年がいた。


 三日ぶりのレイヴィスの姿に何だか胸が高鳴る。

 出会った日からほぼ毎日顔を合わせていたから、三日も会えなくて正直寂しかった。


 私、王都に行ったらやっていけるのだろうかと本気で悩んでいたりする。


「おはよう、リアーナ」


 ああ、生レイヴィスの生声に感動する。


「おはようございます。いつも朝も走ってるのですか?」

「うん、リアーナと一緒に家庭教師の授業を受けさせて貰うようになってからは毎日走ってるよ」

「そうだったんですね……気づきませんでした」


 もう二年も前からだったのか。本当に努力家だ。


 私はレイヴィスと一緒に走りながら、ルーディ様と過ごした三日間のことを話した。

 早く話をしたくてうずうずしていた。ちょっと興奮ぎみに話してしまったけど、レイヴィスはにこやかに聞いてくれた。


「そっか、そんなに楽しかったんだね」

「はい。同年代の人と森に行ったのは初めてだったので、すっごく楽しかったです」

「何だか妬けちゃうな。俺がリアーナと初めて森に行く相手になりたかったよ」


 わぁ、妬いてもらえて嬉しい。

 すごく嬉しいんだけど、爽やかにストレートな物言いをするのは本当にやめてほしい。


「レイヴィスはもう自分の身は自分で守れるほど強くなりましたし、一緒に行けると思いますよ。父上に頼んでみます」

「それは嬉しいな。ありがとう」


 ぱぁっと輝く大輪の笑顔が咲いた。

 三日ぶりの生笑顔が尊くて、ドキドキする。


 思い立ったら即行動ということで、夕食時に父にレイヴィスと一緒に森に行ってもいいか聞いてみた。

 そうすると、父はダグラスの判断に任せると言った。





 * * *





 翌日、ダグラスがレイヴィスの実力をはかるため、二人は手合わせをすることになった。


 レイヴィスだけが身に付けた重りを外して、身軽な状態で挑む。


「それでは、よろしくお願いします」

「ああ、いつでもかかってこい」


 ダグラスは片手で持った木剣を前に構えた。 

 レイヴィスは両手で木剣を構え、緩やかな動きでダグラスに打ち込んでいった。


 穏やかに流れるように。早さを感じないけれど、つかみどころの無い不思議な動きをしている。


 どこにどう仕掛けるのか私には全く読めない動き。ダグラスも何だか戦いにくそうに見える。


 レイヴィスはいつも手合わせをする相手によって戦い方を変える。

 相手が何を苦手とするか理解しているようだ。


(……あっ)


 しっかり目で追っていたはずなのに、いつの間にかレイヴィスがダグラスの背後に回りこんだ。

 そして横薙ぎの一撃を背中に叩き込もうとする。


(決まる……!)


 そう思った次の瞬間、強い殺気が肌を刺した。

 微かに聞こえた、ミシッという鈍い音。


 レイヴィスは遥か彼方にふっ飛んでいた。


「え……」


 一体何が起こったのか。

 ダグラスの動きは少しも目で追えなかったので分からない。

 ただ、折れて剣先が無くなっている彼の木剣が全てを物語っていた。



「……すまん。本気でいってしまった」


 ダグラスが小さく呟いた。

 顔色ひとつ変わらないが、申し訳なさそうな空気を醸し出している。


 私は仰向けで倒れているレイヴィスに駆け寄り、骨が砕けた両腕に癒しの光を当てた。


「……ありがと。死んだかと思った」

「私もです。よくとっさに反応できましたね」


 ノーガードで攻撃をくらっていたら本当に危なかっただろう。

 お互い苦笑いで話していると、顔をしかめたダグラスが近づいてきた。


「……悪かった。大丈夫か?」

「はい。リアーナに癒してもらったので問題ありません」

「そうか。お前の実力は十分だと判断した。いつでもリアーナ様と森に行っても大丈夫だ。もちろん俺も一緒だがな」

「はいっ! ありがとうございます」


 ほんの二、三分程度の時間で二人の手合わせが終了した。


 絶対に大丈夫、認めてもらえると信じていたが、まさかダグラスに本気を出させるなんて思わなかった。

  レイヴィスがふっ飛んだ時は一瞬頭が真っ白になったけど、無事にダグラスからのお許しが出て胸を撫で下ろす。


(やった! 次からはレイヴィスも一緒に森に行ける)


 昨日まで連日ルーディ様と森に行って楽しかったけれど、早くまた活きたくなってきた。

 ふとした瞬間にレイヴィスが頭に浮かんで、彼も一緒だったらなと何度も思っていたから。




 



 * * *






 ラウンジでレイヴィスが焼いてくれたクッキーを食べながら休憩していると、父がやってきた。



「レイヴィス、三日後の午後、お前に客が来る。予定を空けておきなさい」

「客ですか……」


 レイヴィスの顔が瞬時に曇った。嫌な心当たりがあるようだ。


「安心しろ、お前の父親じゃない。カーティス・オルコットだ」

「っ、本当ですか!?」

「ああ、少し前に隣国から帰ってきて、それからずっとお前のことを探していたようだ」

「探して……そうですか……」


 レイヴィスは震える小さな声で呟いた。


 父はクッキーを一枚口に放り込み、『うまいな』と一言言ってさっさとラウンジを後にした。


 カーティス・オルコット。

 私はその人物に会ったことは無いけれど、名前だけは知っている。


「ねぇレイヴィス。オルコットって、もしかしてオルコット侯爵のことですか?」

「……うん、そうだよ。俺の伯父なんだ」

「伯父……ですか」


 侯爵様が伯父ということは、レイヴィスには貴族の血が入っているということ。


(どうしよう……)


 きっと話したくないだろう。

 昔の事を聞くと、彼はいつも気まずそうな顔になる。

 今だって、笑っているけれどなんだか悲しそう。


 でもなぁ……。

 この状況で何も聞かれないのは、私だったらすごく気まずい。


「あの……詳しく聞きたいですけど、ダメなら諦めます。話したくありませんよね……?」


 断られる前提で、俯きがちにおずおずと尋ねてみた。

 レイヴィスはふっと目元を和らげて、クスクス笑った。


「ふっ、ふふっ…………ねぇリアーナ、俺のこと話してもいい?」

「っ、はいっ! もちろんです」


 まさかの申し出に、つい前のめりで答えてしまった。


 



  * *





 俺には半分だけ貴族の血が流れている。


 グレゴス伯爵。

 それが俺の血縁上の父だ。


 グレゴス伯爵家に婿入りし、伯爵家当主となった男。それなのに使用人だった俺の母に手をだし、母が身ごもったとたんにクビにして追い出したクズである。


 母は途方にくれ、生まれ故郷であるハーヴィーの町に戻った。

 そこで、母を思い続けていたという幼馴染みの男性に再会。彼に支えられ何とか俺を無事出産し、二人は結婚した。


 血の繋がらない父は、俺のことを実の息子のように愛してくれた。


 五歳の頃、グレゴス伯爵が母の元を訪ねてきた。用件は『息子を引き取りたい』という身勝手なもの。結婚相手との間に跡取りができなかったからだ。


 伯爵は大金と引き換えに俺を渡すよう要求してきた。

 両親は反対したが、俺は伯爵の元へと行きたいと頼み込んだ。

 両親が俺の為にいつも苦労して聖水を用意していると知っていたから。


 そうして王都に移り住み、伯爵家での生活が始まった。

 伯爵夫妻は俺に冷たかったけど、気のいい使用人が何人もいたので辛くはなかった。

 聖水は欠かさず用意してもらえたので、日常生活に支障がでること無く過ごした。


 王都に住む貴族が通う初等学校に通い、家でもマナー講師や家庭教師から沢山のことを学んだ。

 それ以外の時間は勝手にしろと放っておかれたので、お言葉に甘えて好きに過ごしていた。


 調理場で料理を教わったり、使用人に混じって裁縫をしたり。そんな時間が好きだった。


 伯爵は俺の魔力覚醒の儀式を心待ちにしていた。貴族はどれだけ優れた魔力を持っているかが重要だ、それが彼の口癖だ。

 俺は内に秘めた魔力量だけなら伯爵以上のものを持っていたらしく、その分大きな期待を寄せられた。


 伯爵の兄であるカーティス伯父さんは、急に引き取られた俺のことをよく気にかけてくれていた。

 辛いことは無いか、困ったことは無いか。

 伯爵家を訪ねてきた時には、そうやっていつも親身になってくれた。


 そんな伯父さんは、俺が九歳の時に事業拡大の為に隣国へと旅立った。数年は帰ってこれないと言っていた。


 そして俺は十歳になり、魔力覚醒の儀式を受けた。


 俺の力は希少な属性、他人の魔法を吸い取る力。

 それが判明して、そのまま俺はあっさりと伯爵に捨てられた。


 その日のうちに、不用品を家の外に放り出すように軽く。

 『他人の持つ魔法を奪うだなんて罪人のようではないか、穢らわしい』

 そう投げつけられた言葉と共に。


 俺はしばらく呆然としていた。

 いきなり追い出されるなんてさすがに思わない。


 あまりの仕打ちに嘆き、そしてそういう男だったということを思い出した。


 母もこうやって追い出されたのだろう。そんなクズから解放され、捨てられたことによってまた両親に会えるのだと喜んだ。


 手切れ金として持たされたお金を使って両親のいる辺境へと向かった。


 町に到着すると、急いで家へと向かった。

 しかし、たどり着いたその場所は空き家になっており、家族の姿は何処にも無い。


 隣の家のおじさんに尋ねると、両親は一年前に流行り病で亡くなったそうだ。

 おじさんは行く宛が無くなってしまった俺を宿屋に連れて行ってくれた。


 そこにいたのは両親の忘れ形見であるマリーだ。

 俺が伯爵の元へと行った後に産まれた妹らしい。


 俺は幼いマリーと一緒に宿屋で暮らすことになった。

 思うように動かない体で仕事をして、何とか聖水を買って過ごした。


 宿屋のおかみさんには俺の体質のことは隠した。

 無償で住まわせてもらっていて、これ以上迷惑をかける訳にはいかないから。


 聖水はとにかく高価で、倒れるギリギリまで働いて、やっと買えるほどだった。

 そんな生活に体が耐えられるはずも無く、道端で力尽きた俺は倒れてしまった。



 

「そして、君が助けてくれたんだよ、リアーナ」


 止めどなく涙を流す目の前の少女に笑いかける。君が心を痛める必要なんてない。だって━━


「辛いことも沢山あったけど、君に出会えて今こうしてここにいられる。だから俺は今すごく幸せなんだ。伯爵がクズだったおかげだね━━━━わあっ」


 冗談めかして言うと、急に立ち上がって両手を広げた愛しい少女の腕に包み込まれた。

 過去を話したことで甦った、重く苦しい気持ちなんてどこかに吹き飛んだ。


「私もあなたと出会えて本当によかった。私も幸せです」


 震える声で、そう言ってくれる。

 それだけで全てが報われるんだ。


 君と一緒に過ごせるこの時間が、俺にとっての幸せだから。



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『聖なる加護持ち令嬢は、騎士を目指しているので聖女にはなりません。』コミカライズ連載中です

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