僕ルーディ
残酷描写少し有り
僕の名前はルーディ・フィーガル。
長めの艶やかな茶髪にオレンジ色の瞳が格好いい侯爵家次男だ。
僕はいつも女の子達にモテモテだ。
高位貴族な上に男前なんだから仕方がない。
そんな僕は、聖女様が辺境にいるという噂を耳にした。聖女様だなんて、僕に相応しい相手じゃないか。
そんなわけで、癒しの光の加護を授かった少女に会う為に、わざわざ辺境の地へとやってきた。
今のうちに僕のものにするため。
一つ年下の田舎の少女だ。都会で洗練された僕の格好よさにすぐに夢中になるだろう。
父上はあまり調子に乗るなといつも言っているが、僕は侯爵家の次男である。そこらのつまらない男と一緒にしないで欲しい。
聖女様とやらをメロメロにさせればきっと、父上も僕のすごさがわかるだろう。
…………なんて思っていた頃もありました。
ごめんなさい。調子に乗っていました。
冷や汗と震えが止まらない。今すぐ王都に帰りたい。
「そうですか、ルーディ様は強化魔法が使えるのですね。もう使いこなせるのですか?」
「ああ、もちろんさ」
本当は強化魔法なんてパッとしないもの、全く鍛えていない。
体に受けるダメージを軽減したり、攻撃力を上げたり。見た目では分からない地味な属性だ。
派手で格好いい炎魔法や氷魔法がよかったのにと、不満しか抱いていない。
「すごいですね、では小型の魔物なんてルーディ様の敵ではないですね」
────シュンッ
グサッ
「あ、ああ。そうだね」
「さすがです。もうすぐ湖に到着しますからね。色とりどりの魔魚が泳いでいて本当にきれいなんです」
────シュシュンッ
グサグサッ
「そっ、それは楽しみだ━━ぐほォッ」
恐怖心を悟られないように、精一杯笑顔を作っていたら、茂みから飛び出した小型の魔物に体当たりされた。
鋭い牙で噛みつかれる寸前、魔物はリアーナ嬢に仕留められている仲間に戦慄して逃げて行ったので事なきを得た。
「大丈夫ですか? てっきり避けてお仕留めになるかと思ったのですが……」
「い、いやぁ、話に夢中で気づかなかったんだ。はははは」
「そうでしたか」
どうにか誤魔化したけど、僕は魔物を仕留めた経験なんてない。
リアーナ嬢は茂みから飛び出してくる魔物を、次々と剣で突き刺し仕留めていった。
全く動じること無く、僕と会話をしながら笑顔で。
怖い怖い怖い。
怖すぎる。こんな恐ろしい森から早く出たいし、この少女も怖すぎる。
この子が聖女様? 魔女の間違いではないか。
そもそもなぜ護衛が魔物を倒さない。
四人ともただ見ているだけで、彼女が倒した魔物を回収しているだけ。
そして僕は気づいてしまった。
護衛の一人が金色の瞳をしているではないか。
最初は見間違いかと思ったが、どこからどう見ても金色である。
(……いや、気のせいだ。気にしたらダメな気がする)
王家の血をひく証である金色の瞳。
そんな気高い瞳の持ち主が、辺境の地で一介の騎士をしているはずがない。
そこは触れないことにした。
「あれ、今倒したこの一角ラビ、角がグラデーションですよ! これすごくレアなんです。ほら見てください。赤と青の見事なグラデーション」
「ははは、そうだね。きれいなグラデーションだなぁ、ははははは」
血だらけの魔物をひょいと持ち上げて、目の前に差し出して見せるのはやめて。
ポタポタと滴り落ちる音が聞こえる。直視できないから角なんて見れない。
「早く湖に行って、血抜きしないといけませんね」
「血抜き? 何の為にだい?」
そう尋ねると、リアーナ嬢はきょとんとした顔をして、首をこてんと傾げた。
(うわぁ、すっごく可愛い……!)
「美味しく食べるには、きちんと下処理をしないといけませんからね」
「食べる!? 魔物をかい?」
瘴気で穢れた生き物を食べるなんて、そんな馬鹿な。
「あれ? もしかして召し上がったことが無いのでしょうか。きちんと下処理をして熟成させれば、美味しく食べられますよ」
「そっ、そうなんだ。知らなかったなぁ」
「ルーディ様の滞在中には熟成が間に合わないので、お出しできないので残念です」
「そうかそうか。それは残念だ、はっはっは」
(良かったァ!!)
どんなに美味しかろうが、魔物なんて食べたくない。
ホッとしていると、リアーナ嬢が遠くを指差した。
「あ、ルーディ様、あそこにある肉食植物、すごくきれいな核を持っているんですよ。鮮やかな青色でとってもきれいで、私すごく好きなんです」
きらきらとした瞳で見つめられる。
すっごく可愛い。思わず胸がキュンとした。
でもさ、それってつまり僕が取らないといけないんだよね。
植物と言っても、僕より大きくてウネウネとしている。
大きな赤黒い花の中心に光る牙の餌食になる未来しか見えない。
僕には無理だからね。
「ルーディ様、お願いします」
キュン
「ああ、わかったよ」
もうどうにでもなれと、やけくそで突っこんでいった。
腕に強化魔法を何とかかけて、力の限り剣を振り回す。
植物は僕を嘲笑うようにずっとうねうねしている。
どれだけ斬りつけても、ツルリとした表皮の上を剣が滑るだけ。
倒し方が全く分からず混乱し、そして腕に絡み付かれて噛みつかれた。
「っ痛いっ! 痛い痛い痛い!! 助けてぇ!!」
泣きながら情けなく叫んだ。
取り繕う余裕なんて無く、早く助けてと懇願する。
するとすぐにリアーナ嬢が駆け寄ってきた。
彼女は流れるような剣さばきで植物をバラバラに斬り倒し、僕に噛みついている花の部分を両手でこじ開けて、ポイッと投げ捨ててくれた。
「大丈夫ですか? すぐに癒しますからね」
そう言って、血だらけになった僕の腕に手をかざす。
光の粒が僕の腕を包み込む。幻想的で美しく、温かな光。
青みがかった銀色の髪が光を受けて神秘的に輝く。
僕を癒してくれている彼女の姿は聖女様そのもの。あまりの美しさにほうっと見とれているうちに、傷はすっかり消えた。
リアーナ嬢はにっこり微笑んだ。
「これでもう大丈夫ですよ。よく頑張りましたね」
キュン
僕はどうしてしまったんだ。
この怖すぎる少女にいろんな意味でドキドキが止まらない。
* * *
「リアーナ様、三日間お世話になりました。ここでの刺激的な日々は一生忘れません!」
「それは良かったです。王都に帰ってもお元気で。人を見下すことはせず、誠実に心がけてくださいね。ご両親に迷惑をかけてはいけませんよ」
威圧を込めてにっこり微笑んだ。
ルーディ様は身震いをして、何だか幸せそうな表情になった。
もうすぐご両親に会えるのが楽しみなのだろう。
「はいっ! もちろんです! 学園でお会いできる日を楽しみにしています。それではさようなら。また会える日を楽しみにしています!」
「はい、さようなら。お元気で」
三日間の滞在を終え、ルーディ様は帰っていった。
もちろん彼とは三日間楽しく魔の森へ散策に出掛けた。
最初は怖がっていたけれど、だんだんと慣れていったようで、三日目は終始笑っていた。
キラースパイダーの巣に引っ掛かって食べられそうになっても、魔物の群れに囲まれても、常に笑顔を絶やさなかった。
すぐに音をあげて逃げると思っていたけれど、泣き言ひとつ言わなかった。
なかなか骨のある少年だと見直した。
私には紳士的に接してくるので、性根を叩き直すなんてことはできず、普通に森を楽しんでしまったではないか。
従者やメイドに偉そうにしている時に一度たしなめただけだ。
正座をさせてお説教したけれど、文句一つ言わずに素直に話を聞いてくれた。
素直で聞き分けがよく、なぜ父親は苦労していたのだろうという疑問しか浮かばなかった。
普通に甘やかしていたとしか考えられない。
何はともあれ、わざわざ辺境まで来てくれたルーディ様に、とても楽しく過ごしてもらえたようなので何よりだ。