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魔の森へ

「おい、そこのお前、ここの騎士見習いか? 屋敷に案内してもらえるか」



 敷地内を一人で走っていたら、門の外から声をかけられた。


 少し戻って確認すると、上質な身なりの同じ年ほどの少年がいた。

 何だか偉そうに腕組をしながらこちらを見ている。

 後ろには従者らしき人がいて、申し訳なさそうに頭を下げてきた。


 今日は来客があると聞いていない。


「こんにちは。失礼ですが、どちらさまでしょうか?」


 門越しに少年に尋ねる。

 彼は長めの茶色の髪を耳にかけ、つり目がちのオレンジ色の瞳を細めた。


「僕はルーディだ。辺境伯殿と会う約束をしている」


 偉そうにふんぞり返りながらそう言われても、ルーディという名前の人間なんて沢山いる。


(どこのルーディだよ。家名を名乗れこのやろう)


 そもそも約束をしているのなら、門の横にある呼び鈴をならせばいい。

 そうすれば使用人が出迎えて案内するのだから、走っている騎士見習いに声をかけないでほしい。


 なんてことはもちろん言わず、父に知らせることにする。


「確認して参りますので、少々お待ちいただけますか」

「ふんっ、早くしろよ」

「かしこまりました」


(ほんと偉そうだな)


 殴り飛ばしたくなった気持ちを何とか我慢しながら一礼する。

 屋敷内に入り、父の執務室へ向かった。


「お父様、ルーディと名乗る貴族らしき少年が門前に来ております」

「ああ、王都から来た侯爵家のご子息だな。明日到着すると聞いていたんだが、ずいぶん早かったな」

「では、お父様の客人なのですね」


 約束しているというのは本当だったようだが、明日到着予定が今日の午前中になるなんておかしい。

 誤差どころではない。


「いや、お前に会いに来たみたいだぞ。聖女様とお近づきになりたいと言っているそうだ」

「えー……」


 あまりに嫌すぎて、眉根を寄せてしまった。


 王都にまで私の噂が広がっているなんてあんまりだ。

 私は聖女になったつもりはないのだから、聖女様だなんて呼ばないでほしい。


(面倒だなぁ……よし、逃げよう)


 来てしまった少年を追い返す訳にはいかないが、後のことは父に任せて私は姿をくらまそう。


「ははっ、そんな嫌そうな顔をするな。彼の父親である侯爵からの言伝がある。『貴族だからと調子にのっているバカ息子の鼻っ柱をへし折ってほしい』だそうだ」

「バカ息子……確かにそんな感じでした」


 私のことを見下す偉そうな態度だった。

 そうか、父親は苦労しているのか。それなら会ってみてもいいかも。

 ……でもやっぱりお貴族さまの相手なんて面倒だ。

 どうしようかと、少し考えた。


「どこまでなら許されますか?」

「きちんと癒して跡形もなく証拠が残らないなら、お前の好きにしていいぞ」

「本当ですか? トラウマが残っても大丈夫ですか?」

「ははっ、何をするつもりか知らないが、それも致し方ないな」


 ふむふむ。証拠さえ残さなければ、どこまでも好きにやっていい。やり過ぎてしまっても大丈夫。

 それならやりがいがありそうだ。


「わかりました。では彼を出迎えてきます」

「ああ、頼んだぞ」


 父の執務室を後にして、また門の方へと向かった。

 

 十三歳になった私は、深い傷でも欠損でも瞬時に癒せるまでになった。

 つまり、少々やり過ぎてしまったとしても証拠は残らない。


 訴えられても、知らぬ存ぜぬで通せるのだ。


 さて、楽しい調教を始めるとしよう。




 ***




 門を開けて、侯爵家のバカ息子ことルーディ様を敷地内へ招き入れた。


「お待たせしました。フィーガル侯爵家のルーディ様ですね。私は辺境伯家が長女、リアーナ・エヴァンズと申します」


 ドレスではないので胸に手を当てながら改めて自己紹介すると、彼は目を丸くしてポカンとした。

 口を開けたまま固まっている。

 しばらくしてから、ようやく口を開いた。


「そっ、そうですか。まさかあなたがリアーナ嬢だったとは……なぜそのような格好を?」


 姿勢を正しての紳士的な返答。先程とは雲泥の差な態度だ。

 私は『なんだこいつ』と思いながら、にっこり笑いかけた。


「日々鍛練に勤しんでおりますので」

「……それは何というか、ご立派ですね」

「ありがとうございます」


 ルーディ様を邸内に招き入れ、ラウンジで対応する。

 彼の従者は少し離れた席に座り、私とルーディ様は向かい合わせに座った。


 彼の目的は父から事前に聞いていたが、何も知らない素振りで話に耳を傾けた。


「まぁ、では私に会いにわざわざ王都からお越しくださったのですね」

「なに、大した距離じゃ無いさ」


 ルーディ様は髪をかきあげて、格好つけたようにキリッとした表情をした。

 最初の印象が最悪だったから今更だ。

 むしろ込み上げてくるものを抑えるのに必死になるから止めて欲しい。


「お会いできて光栄です。ルーディ様にはぜひ辺境伯領を楽しんでいただきたいです。そうだ、私のとっておきの場所へ案内させていただけますか? 今しか見られない素敵な光景を楽しんでいただきたいです」

「ほう。それは楽しみだ。ぜひ連れていってもらえるかな」

「はいっ、喜んで。とても素敵で楽しい所なんです」

 

 嘘はついていない。

 本当にとっても楽しい場所だから。


「では、あちらの部屋でお着替えください。お召し物が汚れてはいけませんから」

「着替え……? 一体どこへ行くんだい?」

「それは着いてからのお楽しみです」


 人差し指を口に添え、にっこりと微笑みながら答えた。今話してしまうと、やっぱり行きたくないと言われかねないので秘密だ。


「っっ、わかった」


  ルーディ様はそれ以上何も聞かずに、素直に着替えに応じた。

 彼は我が家で貸し出した動きやすい服に着替えた。


 今から私とルーディ様、ダグラス、護衛三人と共にとっておきの場所へと向かう。

 私もルーディ様も剣を携えた。


 とっておきの場所へは馬に乗って行くので、まずは門を出てすぐの所にある厩舎へ向かった。


 ルーディ様は乗馬の経験が殆ど無いそうなので、騎士と一緒に乗せられて出発した。





 ***




「…………なっ、ここが君のとっておきの場所なのかい!?」

「そうですよ」


 草原を駆け抜けた先。

 私のとっておきの場所である魔の森の入り口に到着すると、ルーディ様は声を震わせた。


 馬は森の手前の木につなぎ、ここからは徒歩で森に入る。

 森には魔物が棲息しているけれど、瘴気が濃い奥深くに入らなければ、私でも軽々と倒せる魔物しかいないので大丈夫である。

 万が一強い魔物が押し寄せてきたとしても、ダグラスがいるから安心だ。


「そんな……ここは魔の森では!?」

「そうですよ。とても自然豊かで美しいところなんです。今の時期は紅葉が素晴らしいので、ぜひルーディ様に見ていただきたくて」


 これは本心である。

 魔物さえ出なかったら、誰もが訪れるであろう素敵な所だ。


 私達はさっそうと森の中に足を踏み入れた。


 しかしルーディ様は先ほどから微動だにしない。


「どうなされましたか? ……まさか、怖いなんてことは……」

「そっ、そんなわけないだろう。さぁ、行こうか。ああ楽しみだなぁ」


 彼はそう言って、明らかに強がったような笑みを顔に張り付けた。

 森の中へと踏み入れた足は、少し震えている。



(……ああ、本当に楽しみ)


 森の散策はもちろん楽しみであり、都会のお坊っちゃんがどの程度まで耐えられるのかも楽しみだ。

 わくわくが止まらない。



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