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憧れていたもの

 今、ぷるぷる震える私の両手には、ふわふわでキュートなものが二つある。


 一つは、ミルクティー色で青色の目をしたウサギのぬいぐるみ。もう一つは、赤茶色で金色の目をした猫のぬいぐるみである。


「マリー達が学校に行っちゃって心配してたでしょ。少しでも気が紛れるかなと思って作ってみたんだ」


 そう言って、ぬいぐるみに負けないほどかわいい笑顔を浮かべる少年。

 そう、この二つのキュートなぬいぐるみは、レイヴィスお手製である。

 売り物と遜色ない出来ばえだ。


 ぬいぐるみも作れるだなんて、女子力が高すぎる。

 私より遥かに高い。


 レイヴィスに苦手なことなんてあるのだろうか。何かに苦戦しているところを見たことがない。


 何はともあれ、かわいすぎる。

 かわいすぎてたまらない。


 受け取ってからずっと抱きしめていて、移動する時も一緒だ。

 程よく両腕に収まるサイズなので、勉強時にも膝の上にいる。


 そんな私を、レイヴィスは慈愛に満ちた表情で見つめてくる。

 我が子をそっと見守る母親のような眼差し。


 彼は女子力だけでなくお母さん力も兼ね備えているようだ。






 * * *






 私は今、胸がいっぱいである。

 感動しすぎて目頭が熱くなってきた。


「嬉しい……これを身に付けられる日が来ることを、どれだけ心待ちにしていたか……」

「リアーナったら、大袈裟だなぁ」


 大袈裟なものか。

 銀色に輝くそれは、ずっと憧れていたものだ。

 念願叶ってようやく身に付けられるようになったのだから。


 しばらく感動しながら眺めた後、さっそく装着する。

 ふくらはぎと前腕にしっかりベルトで固定して、軽く動いてみた。

 手に持っていた時とは違う重量感を覚える。


「すごい……こんなに重いんだ……」

「わぁ、本当に重いね」


 レイヴィスも私と同じものを身に付けた。

 慣れるまで大変そうだねと感想を言い合って、喜びを噛み締める。


 これでやっと、騎士達と同じように重りを身に付けてトレーニングができる。

 体が成長するまで禁じられていたので、ずっと待ち焦がれていたのだ。


 わくわくして、うずうずするけれど、一旦気持ちを落ち着かせる。


「さぁ、まずは歩きましょうか」

「そうだね。いきなり走ったらダメそうだし」


 今日も走り込みから始めたいところだが、思った以上の負荷なので慎重にいく。

 こんなのを身に付けて軽々と動いている騎士達は、本当にすごいのだと実感する。



「あ、ジルおじいさん! これ見てください」


 花壇の手入れをしているおじいさんを発見し、袖をめくって得意気に見せた。


「おや、お嬢様。ようやく念願が叶ったのですな」

「はい!」


 嬉しくて顔が緩んでしまう。

 怪我をしないように気を引き締めないと。だけど今は歩いてるだけなのでいいかな。

 ニヤニヤするのを抑えられそうにない。


「ふふっ」

「本当に嬉しそうだね」

「はいっ!」


 ずっとニヤニヤしてしまい、隣から慈愛に満ちた表情で見つめられながら歩く。

 二時間程歩いてから鍛練場に戻った。


「今日は素振りはやめておいて、筋力トレーニング中心にしましょうか」

「うん。いきなり素振りしたらどこか痛めそうだもんね」

「……あ、でも、どこか痛めても私ならすぐに癒せるのでした」


 つまり、ちょっとくらい無理してもいいということ。


 勢いよく剣を振って脱臼したり筋がブチッといっても問題はない。

 その時だけ痛みを我慢すれば大丈夫だ。


「うん。そうだけど、それはやめておこうね。ちゃんと重さに慣れてしっかり筋力をつけていこっか」

「…………はい」


 爽やかな笑顔で止められてしまった。

 反論できそうにないくらいかわいいので、大人しく従うことにする。


 何だか最近、私よりもレイヴィスの方がしっかりしている気がして、頼もしいかぎりだ。


 



 * * *





 重りを身に付け始めてから1ヶ月経った。


 毎日身に付けて少しずつ慣れていったので、軽やかに走ることも、素振りすることも難なくできるようになった。


「この負荷がないと何だか物足りなくてさ」

「わかります! これを外すと体が軽すぎてフワフワして、落ち着きません」

「そうそう」


 共感しながら取り留めもない会話を楽しむ。


 今日もレイヴィスと一緒に走っている。

 敷地内はまだまだ花盛りだ。今年も沢山咲き誇っていて、去年より更に華やかで美しい。


 客人の目に触れる屋敷の正面の庭よりも、裏側の方が華やかな気がして、庭師のおじいさんの張り切りぶりに笑みがこぼれる。


「ロズベリーの実がついてきましたね。早くレイヴィスと一緒にケーキを作りたいです」

「そうだね。でも、今年はちょっとくらい摘まみ食いしてもいい?」

「そうですね。看板を立ててありますが、私達だけ内緒で摘まみ食いしましょう」

「うんっ」


 生の実は二人じめすることに決まり、誰にも内緒の摘まみ食い同盟を結成した。

 そして二時間ほど走ってから鍛練場に向かった。



「そうだ、リアーナ見ててね」


 そう言うと、レイヴィスは手を上にかざした。何をするのだろう。


 しばらくすると、彼の手のひらから黒い靄が出てきて、空気中に霧散して消えた。


(今のってもしかして……)


 レイヴィスは褒められるのを待っているかのような、得意気な顔をしている。


「────っ、レイヴィス!」

「わっ」


 私は思わず抱きついた。その勢いに彼は驚いたようだけど、しっかり受け止めてくれた。


「やった! やりましたね。すごいです!」


 嬉しくて涙が出てきた。

 彼が体質を克服することができたのだから仕方がない。


「ありがとう。リアーナのおかげだよ」

「私は何もしていませんよ。レイヴィスのがんばりのおかげです」

「でも」

「でもじゃありません」

「……はい」

「よろしい」


 じとっと睨むと、レイヴィスはすぐに観念した。


「「ふふっ」」


 私達は顔を見合わせて笑った。

 彼が自分で瘴気を体の外に出すことができるようになって本当に良かった。

 これでもう、私の力も聖水も必要ない。彼自身でどうにかできる。


 だって、私は数年後には王都の学園に入学するため、この地を離れないといけない。


 そうしたら、今のように一緒に過ごすことはできなくなってしまうから。



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