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元気です

 ダグラスに抱えられたまま家に戻ると、有無を言わさず部屋に押し込められた。


『もう大丈夫だし、普通に動けますよ』という言葉はダグラスには届かない。

 一度でも魔力欠乏症に陥ったのだから、部屋から出ずに安静にしろという。


 言うことを聞かないと切り捨てられそうな圧力を放ちながら、金色の瞳が脅してくる。


「ダグラス、私の魔力がギリギリだったことに気づいていましたよね。どうして止めなかったのですか?」

「止めたって無駄でしょう」

「……そうですね」


 つまり、無理をさせないように、という父の言葉より、私の思いを優先してくれたということ。

 ありがたいけど、それって護衛失格なのでは。


「ふふっ、ありがとうございます」

「どういたしまして。後でちゃんと叱られてくださいね。それでは失礼します」


 ダグラスが部屋を去ると、手持ち無沙汰でベッドの上のクッションを抱きしめた。

 レイヴィスが作ってくれた、水色の花柄のクッションだ。


 彼がいなかったら、今頃ここで臥せっていたのは間違いない。


「何かお礼がしたいな……」


 何をしたら喜ぶだろう。私にできることは何かな……などと考えているうちに、いつの間にか眠ってしまった。


 事後処理を終えて帰ってきた両親が部屋を訪問したところで起き、無茶をしたことをたっぷりと叱られた。


「大事に至らなくてよかったけど、今後はもっと慎重に行動しなきゃダメよ。分かっているわね?」

「…………はい。もちろんです。ごめんなさい」


 母はどんな時でも声を荒らげることはない。

 穏やかで優しげな表情なのになぜか怖い顔で、静かな声で淡々と叱るので余計に怖い。


 でも叱ったあとは、よく頑張ったねと抱きしめてくれた。

 抱きしめてもらったのなんて久しぶりで、ちょっと嬉しくなった。




 ***




 次の日も、魔力を使うことを禁止された。

 鍛練に参加させてもらえず、走るのもダメと言われた。


(ちくしょう……もう何ともないのに)


 どれだけ元気さを訴えても無駄だった。

 仕方がないので、鍛練場の隅っこで騎士達を眺めることにした。

 たまにはこうやって離れた所から彼らの手合わせを眺めるのも良いかもしれない……


 なんてことはなかった。


(私も混ざりたいな……ちくしょう)



 休憩時間になると、ひたすら羨ましくて恨めしい気持ちでじとーっと見ていた私の元へ騎士達がやって来た。


「リアーナ様、どこもつらくはないっすか?」

「はい、とっても元気ですよ。あなたこそ大丈夫ですか?」

「これくらい全然平気っすよ!」


 ニカッと笑っているけれど、見るからに痛そうな怪我を負っている。


 彼は人一倍足が速いので、一足先に駆けつけて数十体の魔物を相手にしたそうだ。

 町の人を庇って魔物の猛進をまともにくらい、左腕を骨折した。包帯には血が少し滲んでいる。


(早く癒したいな……)


 彼が真っ先に駆けつけてくれなかったら、もっと重傷者が出ていただろう。本当に感謝している。


「町の人を守ってくれた名誉の負傷ですね。明日には必ず癒しますから」


 すぐ側まで近づいて、右手で包帯にそっと触れた。

 彼はビクッとなった。


「ごめんなさい、痛かったですか?」


 しまった、不用意に怪我に触れるべきではなかった。

 顔を覗き込んで謝ると、みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。


 これは熱もありそうだと、おでこに手を当ててみる。

 思った通りすごく熱い。


 この人こそ安静にしていないといけないのでは? そう思った瞬間、彼はいきなり立ち上がった。


「っ、俺っ、ちょっと走ってきます!!」

「えっ、なぜ? 待っ……」


 引き留める間もなく、走り去ってしまった。

 もう姿が見えない。本当に足が速いけど、あの怪我で走って大丈夫だろうか。

 というか、なぜ今日は休まなかったのだろう。


「どうしたのでしょう?」


 体を常に動かしてないと、ストレスが溜まってつらいのだろうか。

 いつもぴょんぴょん飛び跳ねているような人だから。


「あー……あいつも堕ちてきたか」

「今のはしょうがないんじゃない?」


 近くにいた騎士達がぽそっと呟いた。


(落ちてきた? そうか、怪我に何かをぶつけて悪化したのか)


 あんな怪我で鍛練をしていたら、そうなってもおかしくない。

 尚更もう休むべきなので、呼び戻すことにした。


「様子を見てきますね」


 そう言って立ち上がると、何故か止められてしまった。


「今は行かない方がいいっす」

「あいつ歳上の巨乳好きなんで、明日になったらケロッとしてますんで、大丈夫っすよ」

「……??」


 なぜ今、巨乳という言葉が出てくるのか意味がわからない。

 どういう意味か尋ねてみても、なぜか誰も教えてくれなかった。





  * *





(あーあ……あの人も堕ちちゃったか……)


 リアーナと騎士達のやり取りを少し離れたところで眺めながら、溜め息を吐く。


 走り去った騎士はいつも、『魅惑的なボディと大人の余裕が最高だ』などと、夜の町でのことを語っていた。

 一晩たてば元に戻るだろうけど、そんな人すら魅了してしまうなんて。


 リアーナのことだから、顔を赤くして走り去ったことを『怪我のせいで熱が上がってしまったんだろうな……』などと心配していそうだ。


 彼女に至近距離で触られたら、誰だってああなってしまうだけなのに。


(あの人昨日は格好いいって言われてたよな……本当に羨ましい)


 俺も早く格好いいと思われるようになりたい。

 今はまだかわいいとしか思われてなさそうなのは、彼女の反応で何となく分かる。


 興味すら持たれないよりはいいけど、少しくらいは異性として意識してもらいたい。


 早く男らしくなるために、もっと鍛えないと……などと考えていたら、リアーナがこちらに向かって歩いてきた。


 他の騎士達に尋ねても誰も教えてくれないから、次は俺に聞くつもりだろう。


『十歳以上年下の少女に欲情して逃げていった』なんて、誰も言えるはずないのに。



「ねぇ、レイヴィス。年上の巨乳が好きだから明日になればケロッとしてる、って意味わかりますか?」


 まさかの直球で聞いてきた。

 本当にこれっぽっちも理解していないのだと分かるが、男相手にそんな質問をしないでほしい。


「うーん、何だろうね。よく分からないけど、大丈夫そうならもう気にしなくてもいいんじゃないかな」

「そうですか……」

「うん。その方がいいよ」


 お願いだから、これ以上は気にしないで。


「それより、リアーナは本当にもう大丈夫?」

「はい、元気いっぱいですよ。レイヴィスには本当に感謝しているので、何かお礼がしたいのですが、癒しの光を多く注ぐこと以外に思いつかなくて」

「ありがとう。光を沢山貰えるのは本当に嬉しいよ。いざとなったら、君のためになるって分かったしね」


 そう言うと、リアーナは眉尻を下げた。

 しまった、俺のために使わないならお礼にならないって思っていそう。

 一言余計だった。


「それではお礼になりませんね……」


 やっぱりシュンとなってしまった。


 でも嬉しいのは本当だ。

 リアーナの光は本当に温かくて、自分の中にあるというだけで、すごく幸せな気持ちになれる。


 などと考えていたら、俺も変な気分になってきてしまった。


「様子を見がてら俺も走って来るね」

「え? はい、分かりました。お願いします」

「任せて」


 にっこり笑ってすぐに背を向けて走り出した。


 やっぱり今はまだ、かわいいと思ってもらえるだけでいいかな。





  * * *





 月日は流れて、マリーちゃんとラナが町の初等学校に通うようになった。

 天使の成長は早いものである。


「「いってきまーす」」

「行ってらっしゃい」

「くれぐれも気をつけてくださいね」

「「はーいっ」」


 元気よく登校して行った二人の背中が見えなくなるまで見送った。


「大丈夫でしょうか……変な男に狙われたらどうしましょう……」

「大丈夫だって。ちゃんと騎士が護衛として付いているんだから」

「そうですよね。でも……」


 二人はあんなにかわいい。大人数で襲ってこられたら、拐われでもしたら……ああ、心配だ。


「そんな不安そうな顔してないで、ほら、行くよ」

「……はい」



 レイヴィスと二人で走っていても、やっぱり気になってしまう。


「覗きに行きましょうか……」

「ダメだよ。他の子供達が緊張しちゃうでしょ」

「……はい」


 ずっと気にしていても仕方がないので、 気を紛らわす為に騎士達に相手をしてもらおう。


「レイヴィス、私は今日は力尽きるまで騎士達と手合わせをすることにしました!」

「そっか。頑張って」

「はいっ」



 そう言うわけで、走り込みが終わると、相手をしてくれないかと騎士達にお願いをした。


 皆いつも優しいので、誰もが快く受け入れてくれて、なかなか相手が決まりそうにない。


 決闘を横目で見ながら、筋トレをして待った。


 


「リアーナ様、魔法の使用はどうしますー?」

「死なない程度に有りでいきましょう」

「了解っす!」


 私は体の周りに光の膜をはった。これでダメージを減らせるようになる。


 まず最初に相手をしてくれるのは、土属性の騎士だ。

 地面を隆起、陥没させてくるので、攻撃をかわしながら足元に意識を集中させなければいけない。


 足をとられないように動き回って隙を窺おうとした矢先、いきなり足元に穴が空いた。


「わっ」


 どれだけ気をつけていても、いきなり足元に穴が空くとはまってしまう。

 高くジャンプしすぎると着地点を狙われる。できるだけ身を低くして、スピードを上げていく。


 左右に大きく移動しながら距離をとり、間合いを詰めてを繰り返す。

 そこかしこに土の壁、地面はボコボコ。

 動きにくいのはお互い様だ。


 何度目かの接近。股下をすり抜けて背後をとり、首もとに木剣をそっと当てた。


「はぁー、降参っす」

「やったぁ!」


 幸先のいいスタートをきれて両手を上げて喜んだ。


 次は風属性の騎士だ。

 風は目には見えないので厄介で、どう戦えばいいのか未だにわからない。


「風の刃は使っていいんすか?」

「怪我をしても癒すから大丈夫なので使ってください」

「了解っす」


 さてと、本当にどう戦おう。風は耳と肌で感じるしかなく、誰に聞いても『感じるんすよ!』というアドバイスしかもらえない。


 取り敢えず、真っ直ぐに向かった。

 するとすぐに風の刃をくらってしまい、腕に切り傷ができた。

 光の膜がなかったら、もっと深く切れていただろう。

 もちろん傷は瞬時に癒す。


(何かさっき、切られる前に風の音と風圧を感じたな……)


 次は避けられるかもしれない。

 一度距離を取って、もう一度向かっていく。


 肌に少し風圧を感じたところで横に体をずらす。どこも切れてないので回避できたようだ。


 よし、いけそう。

 そう思って次も同じようにしたら、体をずらした先にも風の刃が来ていた。

 移動先を読まれて、いくつも刃を放たれたらダメなようだ。難しい。

 

 風の刃を何度も受け、剣の攻撃を受け流し、何とか腹部に一撃を入れられた。


「あー、やられたっす」

「やった!」


 今後の課題を残しながらも、以前より確実に前に進めた。


 

 次は火属性の騎士だ。

 彼はいつも大量の火焔弾を放ってくる。全部避けるのはなかなか難しい。


(どうしようかな…………そうだ、光の盾とか作れるかな)


 それなら真正面から向かって行けそう。


「ちょっと待っていてもらえますか」

「了解っす」


 実戦で敵が待ってくれることはないが、これは訓練だからいいのだ。


 手に魔力を集中させて、とにかく多く光を集める。

 イメージは体より大きな盾。上に下に光を伸ばして形を整えていく。


 熱いのは嫌だから、できる限り分厚くした。


「こんな感じかな」

「お嬢、何すかソレ! かっけぇっすね」

「ありがとうございます。お待たせしました。では、やりましょう」

「了解っす」


 始めてさっそく、全く容赦ない大量の火焔弾が向かってきた。

 正面に構えた盾で受け止める。


 手を少し火傷したが、すぐに癒すので問題ない。

 盾なら火傷は手だけで済むようだ。体に膜をはるよりもダメージが少なくてとてもいい感じ。


 片手剣になってしまうから、剣での攻撃を受け流すのは難しい。

 馬鹿力で何度も吹き飛ばされてしまう。


 剣での攻撃はできるだけ避けることにした。


 何度目かの火焔弾を受け止めて剣をかわして。

 そのまま勢いよく地面を蹴って相手の懐に飛び込んだ。


 そして喉元に剣先をそっと当てる。


「リアーナ様、強くなりましたね!」

「えへへ、ありがとうございます」


 三戦目もどうにか勝てた。

 癒しの力は何だかんだで、すごく使い勝手がいい。



「リアーナ、すごいね!」


 ずっと近くで鍛練しながら見ていたレイヴィスが瞳をキラキラさせながら駆け寄ってきた。


「ありがとうございます。でもまだまだです。彼らは手加減してくれているし、重りを付けていますから」

「それでもすごいよ。俺もリアーナの実力に近づけるようにもっと頑張るよ」


 レイヴィスは両手に握りこぶしを作って意気込んでいる。

 相変わらずのかわいさだ。


 真っ直ぐで純粋なレイヴィスは、本当にすごい勢いで成長をしている。

 俊敏性があり判断力も優れていて、剣の扱いにも長けており、戦いのセンスに溢れている。

 

 追い付かれて抜かされる日がすぐに来そう。もちろん私も負けないように努力をする。


 一緒に切磋琢磨できる相手がいると、より一層やる気がでる。

 


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『聖なる加護持ち令嬢は、騎士を目指しているので聖女にはなりません。』コミカライズ連載中です

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