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怪我人を癒します

怪我人が出てきます。グロくはないはずです(たぶん)

 午前の鍛練を終え、ワンピースに着替えて自室で寛いでいると、両親とダグラスが部屋を訪れた。


 盗賊団を捕らえに行っていた騎士の一人が、怪我をして帰って来たそうだ。


 賊は難なく全て捕らえたと思っていたが、一人だけ別の場所に潜伏していたらしい。

 魔物が生息する森の近くの空き家に潜んでいたその人物は、魔呼せの笛という道具を使い、呼び寄せた魔物に町を襲わせて人々を混乱させる役割を担っていた。


 魔物は基本的に、魔の森と呼ばれる生息地からは出てこない。

 森の奥から発生する瘴気を糧に生きているからだ。獰猛な生き物だけれど、森に立ち入らない限り襲われる心配はまずない。


 魔寄せの笛とは、そんな魔物を呼び寄せて操れると言われているもの。

 私は本でしか見たことがない。

 製造も使用も我が国では禁止されているので、他国から取り寄せたのだろうと父は言った。


 騎士達が捕らえに向かったが間に合わず。

 魔物数体が笛の音に呼ばれて森の外へと出てしまった。


 町のすぐ手前まで迫り、道中に居合わせた人達に襲いかかった。

 何とか追い付いた騎士達が全て討伐したけれど、怪我人が出てしまったそうだ。



「怪我人が多数。重傷者もいるそうだ。リアーナ、頼めるか?」

「もちろんです」

「無理はするんじゃないぞ」


(無理か。怪我人が多かったら無理するしかないんだけどな)


 怒られたくないので、もちろん口には出さない。後ろめたさから、父の目を見れないけれど。


「わかりました」

「目をそらして言うんじゃない。ダグラス、頼んだぞ」

「……」

「返事をしなさい」

「……善処します」


 ダグラスはいつもの無表情で小さく答えた。


 父達は事後処理に向かうため、先に屋敷を出発した。

 私は町の診療所へ向かう。

 着替えている時間も惜しいので、ワンピースの下に膝丈のスパッツをはく。


「さぁダグラス、行きますよ」

「了解しました」


 ダグラスと共に走って町に向かった。


「リアーナ様!」


 町に着くと騎士の一人に出会った。

 怪我人は全て診療所へ運び終えたと言うので、急いで向かう。


 診療所に着くと、軽い傷を負った人は外で処置を受けていた。

 中に入ると、怪我人の処置をしていた所長が慌てて駆け寄ってきた。


「リアーナ様! お待ちしておりました」


「これは……酷いですね」


 床には多数の赤い痕。血と消毒液の混ざりあった臭いが鼻を刺激する。

 思った以上の怪我人の多さで、ざっと数えて三十人以上はいる。

 私の魔力が足りることを祈った。


「順に癒していきますので、傷の深い方から案内お願いします」

「はい!」


 全員の怪我を完全に癒すには魔力が足りない。

 その旨を事前に説明して、今日のところは最低限の治癒に留めさせてもらう。


 所長がまず私を案内したのは、中年男性の元。

 血塗れでマットの上に横たわっているが意識はある。

 傷はすごく深そうだ。


 男性は私に気がつくと、痛みで顔を歪めながらも声をかけてきた。


「……お嬢様……申し訳ありません……」

「謝る必要はありません。すぐに癒しますね」


 鋭い爪で切り裂かれたような胸の大きな傷に息を呑む。


 呼吸を整えるために目を閉じて深呼吸し、治癒することだけに集中して光を当てる。

 体の内側の損傷が完全に元通りになるまで癒し、出血が止まり傷口が少し塞がってきたところで、魔力を流すのを止めた。


 苦痛に歪んでいた顔が穏やかになった。もう大丈夫だろう。


「完全ではありませんが、今はこれで我慢してください」

「はい……すごく楽になりました。ありがとうございました」

「どういたしまして」


 その後も、ギリギリまで魔力消費を抑え、頭部や腹部に傷を負った人達を癒していく。


「リアーナ様、大丈夫ですか?」

「大丈夫、いけそうです」


 ダグラスの問いかけに、にっこり笑顔で返した。


 残りあと三人。

 何とかいけそう…… ほっとしたのも束の間、次の患者は片腕の手首から先を失った女性だ。


 欠損箇所を元通りにするには、多量の魔力を必要とする。


(うわぁ、これは厳しいな……)


 顔には出さずに心の中で弱音を呟く。

 だけど、手を失ったまま過ごすなんて、きっとすごく辛い。


 女性の腕に両手を当てて集中した。

 光を当てると、失った手が少しずつ元通りになっていく。

 良かった、何とかいけそう。

 少しふらつきながらも魔力を流し続け、完全に元通りにすることができた。


「ああっ、私の手がっ……! ありがとうございます! ありがとうございます!」


 色を失って呆然としていた女性は、手が元通りになると表情を取り戻し、泣いて喜んだ。


「お母さん!」

「うわぁぁん」


 女性は側にいた小さな子供二人を抱きしめた。

 不安そうに見守っていた子供達の顔が笑顔に変わる。


(よかった。かわいい……私も抱きしめたい……)


 思考能力が落ちてぼんやりしてきた頭で呟いて、どうにか笑顔を向けた。


 さぁ、あと二人なんだけれど、……どうしよう。


 目が霞んで寒気がする。これは魔力欠乏症の症状。これ以上魔力を使うのはダメだろう。

 魔力を枯渇させてしまうと、しばらく寝たきりになってしまうこともあるそうだ。


 本当はここで治療をやめるべきだ。

 だけど視界にはずっと泣いている子供達がいて、これで終わりになんてできない。


 二人の腕と足には、血に染まった布が巻かれている。

 命に関わるような傷ではない。

 だけどこのまま放っておけば、きっと今夜は痛くて寝られない。それは可哀想だ。


「さぁ、怪我を治しますね」


 二人を怖がらせないように、出来るだけ優しく微笑む。

 傷口にそっと癒しの光をあてた。


「━━わあ! きれい」

「すごい。痛いのなくなった」


 二人は瞳を輝かせながら、まじまじと光を見つめる。

 涙も止まったようで良かった。


「もう痛くないですか?」

「うんっ!」

「お姉ちゃん、ありがとう」

「どういたしまして」


 今できる精一杯の笑顔で返した。

 子供達を不安にさせてはいけない。


 手足に力が入らない。座っているのがやっとで、振り返ることすら無理だ。


「……ダグラス、人のいない所まで運んでもらえますか?」


 後ろにいるはずのダグラスに声をかけた。


「了解しました」


 彼は何も聞かずに、私を抱き抱えた。


「お嬢様は疲れてしまったようなので、今日はこれで失礼します」


 ダグラスは所長と数回言葉を交わし、診療所から外に出た。

 目が霞んでいてわからないけど、屋敷の方へ向かって歩いてるのかな。


「リアーナ様、大丈夫ですか?」

「ちょっと……ダメそう……」


 話すこともままならなくなってきて、そろそろ意識がなくなりそうだ。


(ダグラスも父上に怒られるだろうな……迷惑かけちゃって申し訳ない……)


 ぼんやりした頭でそんなことを考えていたら、遠くで私を呼ぶ声が聞こえた。



「リアーナ!」


 声の主はすぐに近くまで来た。

 これはレイヴィスの声だ。どうしてここにいるのだろう。


「ダグラスさん、リアーナは大丈夫ですか?」

「魔力を使いすぎたようだ。恐らく魔力欠乏症だろう」

「魔力欠乏症……」


 二人の会話が聞こえるけれど、意識が遠くなってきた。


(ああ、心配させちゃうな……)





  * *





 何だろう。体はまだ寒いけれど、右手に温もりを感じる。

 手を握ってくれているのは、レイヴィスだろうか。


 温かいものが少しずつ体に流れてくるような、そんな感覚。

 体がぽかぽかしてきた。


 頭が少しだけはっきりしてきて、瞼を持ち上げた。


 目の前には瞳を潤ませたレイヴィスの顔。

 相変わらずかわいいな……なんてぼんやりと考える。


「リアーナ、どう? 魔力戻った??」

「……え? そうですね。少し戻ったようで寒気がなくなりました」


 そう答えると、レイヴィスは涙目のままへにゃりと笑った。


「よかったぁ」



 (━━━━かっ、かわわわわ……!)


 涙目の笑顔はやばい。破壊力が増し増しである。

 衝撃で頭がスッキリと覚醒した。

 もしかして、魔力が少し戻ったのは彼のお陰だろうか。


「レイヴィス、私に何かしました?」

「リアーナから貰っていた魔力を戻したんだ」

「そんなことできるのですか?」

「うん、できたみたい」


 話を聞くと、レイヴィスは少しでも役に立とうと思い、町にやって来たそうだ。

 私から貰った聖なる力を使えば、彼にも怪我人を治癒することができるから。


 魔力を使いすぎてダグラスに運ばれている私を見て、受け取った魔力を戻すことはできないかと思い、何とか試してみたらできたそうだ。


 初めて試して成功するなんて、本当にすごい。


「ありがとうございます。助かりました」

「どういたしまして。と言っても、元々は君の魔力だけど」

「いえ、あなたの能力のおかげです。本当に凄い。やっぱり素敵な能力ですね」


 そう言うと、レイヴィスは頬を染めてふんわりと笑った。

 やっぱり彼の力は、人のために役立つ力。それが証明できて嬉しい。


 さてと、私は上を見上げた。


「ダグラス、もう歩けますので、降ろしてもらえますか?」

「却下です」

「え……」

「家までおとなしく運ばれてください」


 にこりともしない鋭い金色の瞳が私を捉えている。


「あの……魔力を使い過ぎたことは内密にお願いします。ダグラスも怒られちゃいますし、ね?」

「却下です」

「え……」


 ダグラスは無言で私を運び、それ以上何も言葉を交わしてくれなかった。



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『聖なる加護持ち令嬢は、騎士を目指しているので聖女にはなりません。』コミカライズ連載中です

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