光を纏う
私は十二歳になった。
少し肌寒くなってきた朝の鍛練場にて。
ダグラスに手合わせしてもらうことになった。
「それでは、よろしくお願いします」
「はい、いつでもかかってきてください」
ダグラスはいつも以上に眼光鋭く、木剣といえど気を抜いたら切り捨てられそうな威圧感を放つ。
向き合い、一礼する。
私はふーーっと息を吐き、木剣を前に構えた。
身を低くして力強く地面を蹴り、ダグラスに打ちかかった。
カンッカンッと心地よい音が響き渡る。
いつものように余裕そうに受け止められながら、徐々にスピードを上げていった。
小回りの良さだけは騎士団の誰にも負けない。それを武器に向かっていく。
「くっ……!」
ダグラスの重い攻撃はどうにか全て受け流して、冷静に隙をうかがう。
何度も打ち合い、手が痺れてまともに木剣を握れなくなってきた。
それでも容赦ない大振りの一撃。どうにか横に受け流すと、ダグラスがぐらりとバランスをくずした。
(よしっ! いける。やっとだ、やっと……!)
念願の初勝利が目の前に見えた。地面を強く蹴って一気に踏み込み、腹部に一撃を────
入れようとした木剣は宙を舞う。
私の喉元には切っ先が突き付けられた。
「自分が優位に立ったと思って油断してはいけませんよ」
「……はい。いけると思って攻撃することしか頭にありませんでした」
誘い込まれただけだったようだ……くやしい。
「俺の攻撃はきれいに受け流せるようになりましたね。本気でやれる日もそう遠くないでしょう」
「ありがとうございます!」
ダグラスからお褒めの言葉をもらえた。
彼は気休めやお世辞なんてものは決して口にしない男である。
なので、褒められると本当に嬉しい。
彼は重りを沢山身に付けているし、まだまだ手加減をしてくれている。それでもようやくまとも打ち合えるようになれた。
吹き飛ばされてばかりいた頃のことを思えば、確実に強くなれている。
今の私の目標は、ダグラスに本気を出させることと、一撃をいれることだ。
さて、次は魔力操作のトレーニングだ。
私は筋力トレーニングをしていた騎士達に声をかけた。
「どなたか、私と勝負してくれませんか?」
「あっ、俺! 俺やりたいっす」
「え、オレも!」
「今日は俺の番だって!」
「俺もずっと待ってるんだぞ」
「それじゃ、いつものだな」
騎士達は決闘で決めるというので、しばし待つ。
いつもこうだ。どうしてスッと決めてくれないのだろう。
少し離れた所でスクワットや腕立て伏せなどをしながら待つこと三十分、やっと決まったようだ。
「では、よろしくお願いします」
少し距離を取って、向かい合って立つ。
「それでは、いきます」
「うっす!」
私は癒しの光の玉を両手に出して、目の前の騎士に向けて次々と放って。
彼はその玉に当たらないように避け続ける。
これは光の玉を動く対象に正確に当てるトレーニングだ。
相手に五回以上当てられたら私の勝ち。そんなルールにいつの間にかなっていた。
ばかでかい図体の騎士は、軽々とした身のこなしでヒョイヒョイと避けていく。
さっきまで激しい決闘をしていたのに、全く疲れていなさそう。
ものすごく楽しそうな笑顔がとにかくムカつく。
そして避けられた光の玉は、近くで見ている騎士達がこぞってキャッチしている。
こちらも楽しそうだ。
(うー、悔しい!)
光の玉はなかなか早いスピードで放てるようになったけれど、まだまだ。
どうにかやっと三つ当てられたところで、放つことを止めた。
「もう降参します」
魔力を三割ほど消費したところで、負けを認めた。
いつ怪我人が出るか分からないので、不測の事態に備えて力を温存しておかないといけない。
「いやったぁ!」
勝負をしていた騎士は勝ち誇った顔で拳を掲げた。
そしてピョンと跳び跳ねては片手逆立ちに宙返りと、アクロバティックに喜びを全面に出す。
子供と真剣に勝負をしてくれるのは有難いけれど、そんなに喜ばれると実に腹立たしい。
ついむくれて睨んでしまうと、ニカッと笑顔で返されてしまった。
「次は負けませんからね」
「ははは、受けてたちましょう」
「リアーナ様、だいぶ早く放てるようになりましたね!」
「さすがっす!」
「威力も上がってますよ。俺、朝折れた小指治りました!」
周りで見ていた騎士達が寄ってきて、口々に褒めだした。
「何で折れたままにしておいたのですか……これからはちゃんと折れた時に言ってくださいね」
「うっす!」
しばらく話してから、少し休憩することにした。
邪魔にならないように端の方に座って、騎士達の打ち合いを見学する。
レイヴィスも参加しているので、心の中で応援しながら見守った。
パワーもスピードもある騎士を相手に、全く引けをとっていない。
相手は手加減しているとはいえ、見事な打ち合いだ。
私がそのレベルに達するまでに、どれだけ苦労したことか。
レイヴィスはまだここに来て一年足らず。
その成長速度と才能に、いつも驚かされている。
* * *
「お嬢すごいですね!」
「マジかっけぇ」
「神々しいっす!」
「……ありがとうございます。神々しいと言われるのは嫌なので、今後禁止で」
「了解っす!」
騎士達の褒め言葉にはうんざりしながら、体の周りに癒しの光の膜を張り続ける。
彼らは私を褒めながら、軽めの魔法攻撃をぶつけてくるが、それらは私の体を傷つけることなく霧散した。
(よし、いい感じ)
まだまだ軽い攻撃しか防ぐことはできないけれど、これを極めていけば防御力はずいぶん高くなる。
しばらく続けた後は、休憩をする。
さっきまで離れた所で素振りをしていたレイヴィスの元へと行き、横に座った。
「リアーナ、キラキラしてて綺麗だったよ」
「ありがとうございます……少し恥ずかしいですが」
キラキラ輝く光の粒が体を纏うのは恥ずかしいけど、防御力を上げる為には我慢だ。
休憩を終えて立ち上がったところで、町の詰所から来た騎士が走りよってきた。
巡回していた騎士が、町外れに盗賊団の姿を確認したという伝令だ。
「偵察に行った奴からの情報によると、賊は全員で三十人程度だそうだ。団長より、不測の事態に備えて、多めに向かえとの指示が出た。誰か五人向かってくれ」
「あー、俺行きたい!」
「オレもー!」
「俺も久しぶりに暴れたいっす」
「オレもオレもー!」
十人が行きたいと名乗り出た。
この流れだと、いつもの感じになるのは目に見えている。
「皆行きたいんじゃどうしようもねぇな。決闘で決めるか」
「おっし」
「やろやろー」
やっぱり。そうなると思った。
(盗賊を捕らえに行く前に体力消耗してどうすんだよ)
脳筋どもに呆れながら、間に割って入る。
「皆さん、じゃんけんで決めましょうね。私に勝った人が行けるということで。はーい、いきますよー。じゃーんけーんー」
有無を言わさずじゃんけんをさせ、現場に向かう五人を決めさせた。
行くことになった騎士達は、その場で身に付けていた重りを外した。
ゴトン ゴトン と、重量感のある音をさせながら地面に置いていく。
「レイヴィス、これ片付け頼むな!」
「了解です」
レイヴィスは騎士見習いなので、雑用は彼の仕事である。
騎士達は、鍛練場の端に脱いで置いてあった黒い上着を羽織り、帯剣した。
いつものゆるーい表情から一転、キリッとした顔つきへと変わる。
「格好いいですね……」
ほうっと見とれながら思わず呟いた。
せっかく格好よかった表情が、またゆるく戻ってしまう。褒められ慣れていないようだ。
「そいじゃ行ってきますわ!」
「皆さんお気をつけて」
彼らを見送ってから、レイヴィスと共に重りを騎士寮まで運ぶ。
「俺の雑用なのに手伝ってもらってごめんね」
「いえ、こういう機会でもないと、この重りを触れませんからね」
「リアーナはこれを付けるのが夢なんだよね」
「はい、早く付けられる歳になりたいです」
もう少し体が成長したら、やっと身に付けられる日がくる。
早くこの銀色に光る重りを身に付けて鍛練したい。
騎士達のようにムキムキになれる日が楽しみだ。