聖女っぽいことはお断り
今日はレイヴィスとダグラスと三人で町に来た。
レイヴィスが宿屋のおかみさんへのプレゼントを作るための材料を調達するためだ。
もうすぐ暑い季節がやってくるので、涼しげなものはどうかと提案したら、さらっとした手触りのよい上質な生地で、ベッドカバーにクッション、枕カバーなどを作ることに決めたらしい。
お裁縫もできるだなんて、すごい。女子力が高すぎでは。
手芸用品店に向かって大通りを歩いていると、前から顔見知りの子達が歩いてきた。
初等学校で同じ教室で学んだ同級生だ。
向こうも私に気がついたようで、ぴたっと止まって両足を揃え、姿勢を正した。
「こんにちは」
「リアーナ様!こんにちはっ!」
「こっ、こんにちはっ」
二人の男の子は緊張の面持ちで答えた。
「お買い物ですかっ?」
「ええ、手芸用品店に行くところです」
「そうですか! お気をつけて」
「ではっ、失礼します!」
男の子達は一礼すると、逃げるように去ってしまった。
久しぶりに会ったのに、私とは挨拶以上の会話をしたくないようだ。
「はぁ……私、嫌われてるのでしょうか」
もう少し普通に接して欲しいのに、いつもこう。
気軽に話してくれて構わないと言ってあるのに。
「嫌われてるっていうか、緊張してるように見えたよ」
「緊張? 私、そんなに怖そうですか?」
初等学校では、誰かを威圧した覚えはないのに。
……覚えていないだけかもしれないけど。
「怖くはないけど、近寄りがたい雰囲気はあるかな。リアーナって綺麗すぎるから。それに貴族のご令嬢だから気安く接してはいけない遠い存在みたいに思っていそうかな。ダグラスさんもそう思いませんか?」
「ああ、おそらくそうだろう」
「近寄りがたい……そうですか」
容姿を褒められることは何度かあったけど、まさか近寄りがたいと思われていたなんて。
ちょっとショックだ。
でも正直、今はそこはどうでもいい。
レイヴィスの『綺麗』と言う言葉が頭の中を何度も何度も駆け巡っている。
すごく嬉しくて、恥ずかしい。
返答に困るから、本当にストレートな物言いはやめて欲しい。
「怖がられていないのなら安心しました。いつか普通に接してもらえるようになるといいのですが」
「とりあえず、威圧感のない笑顔で接していったら良いと思うよ。リアーナの笑顔はすっごくかわいいからね」
わぁ、とびっきりかわいい笑顔で『かわいい』というお言葉もいただきました。
どう考えても君の方がかわいいだろうに。
「そうですか……ありがとうございます」
(うん、他の人との距離感とかどうでもよくなってきたな)
レイヴィスの言葉に心の中で悶えることに忙しい。
果たして私は悶えていない日があるのだろうか。
手芸用品店に着くと、レイヴィスは店員に相談しながら生地を選んでいった。
私は、店の中をうろうろとする。
エヴァンズ辺境伯領は、織物の産地として名を馳せている。
魔蚕という生き物の繭から紡ぎだされる糸で作られた織物は、柔らかく上質な手触りでありながら、強靭性も持ち合わせている最高品質。
王都では高値で取引されているという。
私は裁縫は得意ではないけれど、色とりどりな布地や繊細な模様のレースを眺めるのは好きだ。
飽きることなく眺めていると、生地を決め終えたレイヴィスがやってきた。
「気になる布はある? もしよかったら何か作ってあげるよ」
(なっ……何ですと?)
思わぬ申し出に目を丸くする。
私は付いてきただけで、何にも役に立っていない。
それなのにいいのかな。でもそんなの、作って欲しいに決まっている。
「あの、実はですね……私もクッションカバーを作って欲しいなと思っていたのです。お願いしてもいいですか?」
「うん、もちろんいいよ」
恥ずかしいので俯きぎみに頼むと、悩む様子なく笑顔で了承してくれた。
「やった。もちろん生地代は自分で払いますので」
「いつもお世話になってるからプレゼントさせてよ」
「ダメです!」
そもそもレイヴィスがお世話になっているのは、辺境伯家の騎士団であって、私ではない。
ビシッと強めに言うと、レイヴィスは、残念そうにしゅんとした。
「……うん、わかった」
私は作って貰えるだけで嬉しいから良いのである。
生地を選んでと言われたので、さっきから気になっていた花柄の水色の布にした。
私も何か作ってお返しできたらいいけど、手先が不器用なので無理な話だ。
血だらけの物を貰って喜ぶ人はいないだろう。
せめてものお礼に、癒しの光をしばらく多めに注ぐことにした。
* * *
今日は教会へ行き、聖なる光の力をどの程度扱えるようになったかを報告する日だ。
ダグラスに付き添ってもらい、教会へと向かう。
司祭に報告を済ませると、ある提案をされた。
「リアーナ様、ずいぶんと魔力量も増えてきたことですし、どうでしょう、月に一度ほど、人々の怪我や病などを癒す機会を作ってはいただけないでしょうか?」
司祭はにっこりしているが、口元をひくひくさせている。
前で組んでいる手が震えていて、何かに怯えているようだ。
「月に一度ですか?」
一際低い声で冷たく言い放つと、司祭は体を大きく震わせた。
「はいっ、あっ、いえ……多いようでしたら、あの、一月半……いえ、二月に一度でもかまいません」
司祭は笑顔のまま冷や汗をかいている。何でこんなに怖がっているのだろう。
(……あ、そうか。前に私の情報を漏洩させた人と一緒に連帯責任で絞め上げたっけ)
怖がっている理由が分かりスッキリした。
それはさておき、月に一度教会で人々を癒すなんて、聖女様みたいだ。
人々が列をなして崇めてくるのだろう。
(うわぁ、嫌すぎる)
そもそも、そんなことをする必要性を感じない。
「そんな機会を作る必要がありますか? 怪我人に列をなしてこられても困るのですが」
私がそう言うと、司祭は額の汗をハンカチで拭った。
「いや、その、そんなことを仰らないで、何とか機会を作ってはいただけないでしょうか……何とぞ」
なかなか引き下がってくれない。
そもそも私、教会には属していないのに。
町の人達が困っているならもちろん協力はするけど、無駄だとしか思えない。
だって━━━━
「そんな機会を作らなくても、怪我や病気の人は直接我が家に出向いてきます。それで十分では無いですか?」
「…………はい?」
「町の診療所には伝えてありますよ、重症人はうちに来るように言ってくださいって。診療所に行かずに直接来る人もたまにいますけどね。一応癒しますが、次からは診療所経由で来てくださいねって念押ししています。何もかも全部私が癒していたら、診療所が潰れてしまいますから」
「え……?」
「軽症の人は基本的に癒しませんよ。何でもかんでも魔法で癒すのはよくなさそうなので、自然治癒した方がいいでしょう。目の前に怪我人がいたら別ですけど」
「…………」
司祭は一切反論することなく、黙りこんでしまった。
もういいだろうか。
「他にお話がないのでしたら、もう帰ってもいいですか?」
「……あ、はい。結構です」
「では、失礼します」
にっこりと威圧感たっぷりの笑みを浮かべて、教会を後にした。
(聖女様っぽいことなんて、してたまるかってんだ)