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ゆーさんの「パソ街!」  作者: ケケロ脱走兵
4/10

(四)

 こどもの恋愛に親が顔を出すべきでない、と日頃から自分に言い


聞かせてきたが、いざ、娘が見知らぬ男と寄り添っているところを


眼にしたりすると、とうに娘によって切られてしまった糸でも操り


たい想いに駆られるのは、子供の自立を複雑な思いでしか見つめら


れないこの国の湿った親心なのかもしれない。実は、娘のミコがバ


ロックとの距離を随分と縮めているなと思ったからだ。あれは暑い


日に三人で田んぼの雑草を取っていた時のことだったが、ミコが持


ち歩く水筒にバロックが直接口をつけて水を喉に流し込んだ。仮に、


わたしがそんなことをすれば、恐らくミコは散々罵った後、それか


らはその水筒を使わなくなるに違いなかったが、


「もうっ!コップ使ってよ」


と、笑いながらバロックに言ったのだ、笑いながら。それは明らか


にわたしに対する(あしら)い方とは異なっていた。一瞬、バロッ


クを恨めしく思ったが、はしゃぐ娘を傷つけてはなるまいと切ない


カラ笑いで応じた。もちろん、こんな山の中で年頃の男女が、しか


も他に男を名乗るものといえば畜生くらいしかいないのだから、仕


方がないと言えば仕方がないのだが、ただ、バロックはミコよりも


ひと回以上も年が離れていた。更に親心を明かせば、彼のような青


年がどうしてこんな辺鄙な山奥に逃げ込んで来たのか、彼の口から


聞かされたことがなかったので、彼の人柄を未だ理解しているとま


では言えなかった。


 ただ、こどもの恋愛に親が顔を出すべきでない、ともう一度自分


に言い聞かせて、彼女の人生は彼女自身が決めるしかないのだから、


もちろん、彼女の一生に何時もわたしが先回りして援けることが出


来るならそうすることも厭わないが、果たしてそれで彼女が自分の


人生を生きることになるだろうか。彼女はわたしの操り人形ではな


いし、彼女自身がそんな忠告を言下に遮っただろう。


 娘「ミコ」の名前は、「卑弥呼」の「卑」しいという字を取り去


った「弥呼」と書く。「卑弥呼」とは中国の正史「三国志」の中の


所謂「魏志倭人伝」に記された謂わば当て字で、「倭」人であれ「


卑」弥呼であれ、よそ者を(さげす)む中華思想の表れである。そ


の頃、邪馬台国ブームにハマッてしまったわたしは娘が生まれたら


「卑」を取って「弥呼」とつけようと決めていた。そして、それが


原因で思春期を迎えようとする娘の反抗が始まった。


「こんなん否や!」


わたしは返すことばがなかった。その後、彼女は漢字を使わずに「


ミコ」とカタカナで書くようになり、黙って聞くばかりの父親を、


さながらサンドバックのように攻撃した。それは彼女の自立心の表


れだと良い方に解釈していたが、ついには、わたしが会社から帰っ


てくると突然表情が厳しくなってつまらぬことにでも癇癪を起こす


ようになった。それと同時に、母親によると頻繁に起る呼吸器の発


作や皮膚の炎症、時にはひどい頭痛から卒倒するまでに至って、様


子が違うことに気付いて慌てて病院に駆け込んだが確たる病名が判


明しなかった。ちょうどその頃、化学物質過敏症という症例がマス


コミにも取り上げられるようになって初めて彼女の症状と一致した。


原因が判ってしまうと、それまでのまるで人格障害かと(いぶか)


るような豹変ぶりや突然キレたりすることも、やがて、彼女自身が


克服するように努めて穏やかになった。会社での作業でわたしが被


曝した化学物質が彼女を苦しめていたことも一因であると判った。


すぐに、わたしは工場から事務への移動を申し出た。


「過敏症って自虐的になるんや」


彼女はそう言って悲惨な過去を振り返った。しかし、それからはロ


ーンを払い始めたばかりの新築の家を売り払って、まるで近代社会


から逆行するように化学物質の曝露に遭遇しない棲家を求めて転々


として、家は良くても近くに化学物質を扱う工場があったりして、


もうこの地上には娘が暮らせる場所などないのではないかと何度も


絶望を繰り返し、やがて勤めていた電機会社も辞めて、家族が共に


暮らせる場所を求めてこんな山奥の廃村まで流されてしまった。そ


れでも、ここは彼女にとって自律神経の機能を回復させ自分自身を


取り戻す唯一の場所であることがわかった。


「終の棲家っていうのかな、こう言うのん」


「ちょっとちがう」


ここに来て始めて彼女は明るさを取り戻し、生きる歓びを自らの身


体で享受することが出来た。そして、それは親としてのわたしの歓


びでもあった。

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