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ゆーさんの「パソ街!」  作者: ケケロ脱走兵
2/10

(二)

「バロックはどうしたんや?」


わたしは娘のミコに聞いた。


「ツリーハウス」


「出来たんか?」


「出来ることはできたけど、仰山乗ったら強度が心配や言うて補強


してはる」


「ふん」


バロックというのはひょんなきっかけで知り合った青年で、何を思


ったのか、こんな人里離れた山奥に住み着いてしまった。ただ都


会で暮らす者はすぐに「何故こんなところで暮らすのか」と聞くが、


そもそも人は目的を持って生まれて来る訳ではないのだから、ど


こで暮らすかなどという理由は在って無いようなものなのだ。我々


は便所に迷い込んだ虫のようなものなのだ。つまり、何故こんな


ところに居るのかと言えば生きているからとしか言いようがない。


おお、そうじゃ!娘のことをすっかり忘れてた。一人娘のミコは生


まれた頃からひどいアレルギー体質で、ついには化学物質過敏


症と診断されて、化学物質に汚染された都会では暮らせなくなっ


てしまった。それがそもそもの理由だった。


「補強できたらお父さんを呼ぶって」


「ああ、是非見たいね」


バロックがツリーハウスを作ると言い出したのは随分前のことだが、


それなら竹で作ればいいとわたしは言ったが、まさか猫背山、ああ、


その山は猫が丸くなって寝ているように見えるとこからそう呼ばれ


ている、その山の頂上に作るとは思わなかった。山の上には竹など


生えていないので切り出して持って上がらなければならなかったか


らだ。何故そんな高いところに作るんだと聞くと「だってツリーハ


ウスやから」と言い、わたしは「なるほど」と納得した。


 バロックが「ツリーハウス」と言い出してからほぼ一年経っただ


ろうか、娘から何度となくその進み具合は聞かされていたが、遂に、


招待状が届いた。わたしはまだ五十代で畑仕事もするので山に登る


くらいは苦にならないが、娘が持って来いと注文した食料やドリン


クが多すぎて、満杯のリュックの中で上に登ろうとするわたしの背


中にへばり付いてわたしを谷底へ落とそうとした。


 山間を縫うよう伸びる山道は行く手が山陰に隠くされれて心許な


かったが、傍らを流れる谷川のせせらぎが右に寄り沿ったり、消え


たと思えば突然左に現れて淵へ流れ落ちたりと、それらは糾(あざ


な)える縄の如くに絡み合いながら山上へと導いてくれた。そして、


「猫の額」と呼ばれる「広い」平原に出ると今度は尾根伝いの急な


登りになった。息を切らしてただ足下だけを気にしながら登ってい


ると、突然、上の方からひとの声がした。


「ゆーさん!リュック持ったるわ」


驚いて見上げるとバロックだった。


「何や!何処におったん?」


「ゆーさんが登って来るの、さっきからずーっと見てたんや」


「見てた?」


「ほら、あそこから」


そう言って彼が指差す上方を見ると、大地から生える大きな幹は地


上の生き物が飛び上がっても届かない辺りで幹を左右に分け、更に


見上げるばかりの高さのところでそれぞれが競うように八方に枝を


分かつ幹元の処に、(しがら)むように竹で編まれたツリーハウス


が絡んでいた。そして、辛うじて窺える中の様子から娘のミコが大


きく手を振っているのが見えた。それは「ツリーハウス」と言うよ


りも(さなが)ら「スカイツリーハウス」と言った方がいいほど高


い処に浮かんでいた。


「ミズナラか」


「ええ」


「ようあんな木を見つけたな」


バロックの後を追って「スカイツリーハウス」の木陰に近づいた。


「ほら、ゆーさん、あそこ」


そう言って彼はツリーハウスの床下を指した。


「なるほど、うまい具合に枝が四本揃おとるな」


「せやろ、あれを見た時にこの樹やって思たんや」


猫背山の頂上にはもう上りも下りもなかった。なだらかな大地を冬


の凍てつく強風と豪雪に耐え抜いた樹木だけが初夏の陽射しを独


り占めしていた。一方、大地では朽ち果てた老木を穿(うが)つよう


にして新芽が上へ伸びようと震えていて、過酷な生存競争はすで


に繰り返されていた。


「お父さん」


娘のミコが「スカイツリーハウス」の竹梯子を恐る恐る降りてきた。


「おまえ、ようあんな高い所登れんな」


彼女は幼い頃から高い所は全くダメだった。


「練習中」


そう言って最後の片足で何度も大地を確かめながら、彼女にとって


の大きな一歩を踏みしめた。巨木に絡んだその竹梯子はゴールに辿


り着くまでに二つの踊り場を経なければならなかった。


 猫背山の頂上には、更なる昇りと降りが作られていた。

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