Ep.5 オリエンテーション合宿終了
五十嵐先輩を見つけた俺は
すぐにその肩を叩き、五十嵐先輩を引き止めた。
......引き止めたはいいが、
何を言ったらいいのかわからずお互い沈黙が続く。
「どうした?蛇沼くん」
五十嵐先輩が、俺の挙動不審な態度にしびれを切らし口火を切った。
「あの五十嵐先輩、最近猫屋敷と仲がいいですよね」
俺が必死に絞り出した言葉がこれだった。
「ん?ちょっとね鈴ちゃんは育てがいがあるというか
ほっとけない気がするんだよね」
ニコニコしながらさも当たり前のように答える五十嵐先輩。
猫屋敷の事をさらっと鈴ちゃんと呼んだ事も気になった。
しかし今はそれどころではない。
ちゃんと思っていることを言わないと、
わざわざ五十嵐先輩を引き止めた意味がない!
俺は、グッと下唇を噛み五十嵐先輩の目をしっかり見た。
「五十嵐先輩!」
「ん?」
五十嵐先輩のキリッとした目に見つめ返されると、
思わず目をそらしてしまう。
何をしてるんだと、自分自身が情けない。
ずっと人を避けてきた。
そんなコミュ力レベルがマサラタウン付近のコラッタ並みの俺が
他人に、それもこんなリア充相手に面と向かって
物申すことなんてできるわけがない...。
「蛇沼くん、なんか聞きたい事あるみたいだけど
これから、僕はヘアーショーの準備をしないとだから
後で話聞かせてくれない?」
五十嵐先輩が行ってしまう。
俺はなんのために五十嵐先輩に声をかけたのか。
ここで何も言わなかったら昔の俺のままだ。
コラッタからラッタになるのだ。
まだ一ヶ月程度しかたっていないが、
少しづつ変わっていく自分が嬉しかった。
それに誇らしかった。
ここで戦えなきゃダメだ!
五十嵐先輩は、どんどん遠くなる。
「五十嵐先輩! 猫屋敷に関わらないでください!」
俺が言いたかった言葉がそのまま口から出てきた。
五十嵐先輩は、驚いた様子で振り返った。
「え? どういう事?」
五十嵐先輩の表情がみるみる変化し、
蔑むような目で俺を見つめる。
「あー、なんだ。蛇沼くん鈴の事が好きなんだ?」
その五十嵐先輩の妙に冷たい視線に俺は思わず目線をそらした。
「いや、そういうわけではないですが...」
俺は目を合わせずに否定した。
好きとかそういうことは考えたこともなかったのだ。
ただただ目の前の困っている友達を助けたい。
そう思っての行動なのである。
「じゃあさ、僕たちの恋路の邪魔しないでくれる?
鈴も僕も、お互い好き合ってるんだ。意味わかるよね?」
五十嵐先輩が俺に近づき肩をポンと叩き耳元で囁いた。
「中途半端な勇気ほど、みっともないものはないよ」
鼻で笑う五十嵐先輩。俺は何も言い返せない。
五十嵐先輩はショーの準備に戻っていった。
部屋に戻るとみんなが自由時間を満喫していた。
俺は、さっきあった出来事がずっと頭の中にあり
自由時間を楽しむ余裕はなかた。
「蛇沼、何かあったのか?」
犬飼聖夜が俺を気遣ってくれている。
このオリキャンで犬飼聖夜の態度の変化には未だに驚くが
本当はこういう優しい奴なんだと知った。
犬飼が気付くほど俺は、暗い表情だったのだろうか。
「いや、さっき五十嵐先輩と話してて自分の情けなさに
嫌気がさしただけなんだ。」
俺は、いま作れる精一杯の苦笑いで答えた
犬飼聖夜は、何も言わずに部屋を出ようとした。
「え? 犬飼くん。どこへ行くんだ?」
犬飼聖夜からまた尋常ではない威圧感が放たれている。
「五十嵐ぶっ殺す」
なんでこんなにキレているのかわからなかったが
俺は必死に犬飼聖夜を止めた。
犬飼聖夜の謎の過保護バリアは有難いが
自分の事だし、人に頼るなと自分の中のもう一人の自分に
言われてるような気がした。
『先輩たちによるヴィジュアルアートヘアーショーが
間も無く始まります。1年生は体育館に集まってください』
放送が流れた。もうヘアーショーが始まるようだ。
俺達は、体育館に向かった。
体育館について驚いた。
最初のレイアウトとまるっきり変わっていた。
ショーというだけあって、センターに段差のあるランウェイが
設置されており、照明も体育館のそれとままるで違う。
ランウェイの先端にはスタイリングチェア(髪を切る椅子)があり、
そこでカットのパフォーマンスをするのがわかる。
学生のショーにしてはちゃんとした仕上がりになっていた。
すぐに爆音で音楽が流れ始め、4人の髪の長い女の人が壇上に現れた。
カットクロス(髪を切る為の衣服)を既に纏っていて
髪の毛もまっすぐおろし片目が隠れてる状態だ。
その一人がランウェイを歩き椅子に座る。
そして他クラスのオリスタの先輩が二人椅子に向かって歩き始める。
二人がかりで、髪の毛を必要以上に散らしながらカットしていく。
ショーなので魅せる動きをしているのだと思うが、
美容院であんなに散らして切ったら大迷惑だろ。
カットが終わるとカットクロスを取り、
ランウェイを旋回したりしながら戻っていく。
そして次の髪の長い女の人がまた、同じ事を繰り返し椅子に座る。
そこで、現れたのは五十嵐先輩と二階堂先輩だ。
作業自体はさっきと同じだが、五十嵐先輩は余裕を見せ
こっちを見てウインクしたり、派手なカットアクションを見せつけ
俺を見てくれと言わんばかりに見せつけてくる。
それを見ていた犬飼聖夜は、死んだ目で呟く。
「なにあいつ発情してんの」
言わんとしてる事は、わかる。
ただ、改めて先輩達の凄さがわかる。
大勢の目の前でこんなパフォーマンスをする。
俺にできるだろうか。
こんな人に俺はあんな事を言ったんだ...
また自信をなくしていく。
ショーの間は、各クラスの女子達がキャーキャーと騒ぎ
まるで、ハリウッド俳優の来日のようなテンションだった。
ショーの時間は、およそ一時間弱で終わり
ショーを見た1年生は、俺も私もあんな風に輝きたいと、
希望に満ちた表情で体育館から出ていく。
俺だけが、悲壮感を漂わしている。
ショーが終わり、オリキャンでのイベントは全て終了した。
兎丸は部屋で帰り支度をしていた。
俺はすごく疲れていた。
帰り支度をする前に、外の空気を吸って気持ちを整理しよう。
猫屋敷が玄関のベンチに座っていた。
目が合い、手招きされた。
猫屋敷はベンチの椅子を軽く叩き座れというジェスチャーをする。
俺はベンチに腰掛けた。
「なんか、あんた色々と頑張ろうとしてくれてたみたいね」
猫屋敷は俺の行動に気付いてくれてたみたいだ。
「あんま無理すんな。私の事だし自分でなんとかするから
人のことばっかり気にしてたらその気がなくても惚れられちゃうぞ」
その時の猫屋敷の笑顔はとびきり可愛く
普段のぶっきら棒な態度からは想像できないほど
優しい天使のような笑顔だった。
猫屋敷は立ち上がった。
「それが、言いたかっただけだから。」
猫屋敷は帰り支度のために部屋に戻っていった。
それを言う為に?
まさか、俺が落ち込んでたのを知っていて
もしかしたら、外に出てくるかもと外で待っていてくれたのか?
...そんなわけないか...。
しかし、前向きな考えが浮かんだ俺の気はかなり晴れた。
と、同時にもう一度その時が来たら五十嵐先輩と戦おうと心に決めた。
俺と兎丸は部屋を片付け、バスの停留所に向かった。
バスの停留所に全クラスの生徒とオリスタと待機していた。
まだ全員揃ってる様子ではないが、
バスはすでに到着していて先生の指示待ちというような感じだった。
俺たちのグループは既に全員揃っていて、クラスの中では真面目な方なのかな?
と、俺は思っていた。
「さぶキタ?」
その言葉が俺の背後から聞こえた。
俺は焦り、すぐ後ろを振り返った。
すると、見たこともない男が俺を見ていた。
「ごめん、違ったわ。知ってる奴になんとなく似てたから。
あいつが、こんなところにいるわけないよな。」
一瞬だけ凍りついた俺をよそにその男は話し続ける。
「ごめんな、変なこと言って。俺はA組の意宍戸 希林
お前のクラスの栗鼠と同じ高校だったんだ。よろしくな」
「あ、あぁ...よろしく」
宍戸は友達に呼ばれ、A組のバスに向かった。
俺は宍戸の言葉が気になって仕方なかった。
「さぶキタ」は俺と同じ高校の奴しかしらないあだ名。
それを知ってる宍戸は、間違いなく同じ高校の同級生ということになるだろう。
それだけでも、俺にとって絶望的ではあるが
それ以上に...
栗鼠さんと宍戸が同じ高校だと言っていた。
つまり栗鼠さんは俺と同じ高校だったということになるのでは・・・?
俺はなにがなんだかわからなくなった。
「さー! みんなお疲れ様!
B組のみんなー! バスに乗ってねー」
牛込先生がB組を誘導してバスに乗り込んだ。
猫屋敷と五十嵐先輩の事。栗鼠さんの同級生疑惑。
二つの悩みを抱えたまま俺たちのオリキャンは終わった。